世界を管理する神様が流行りの異世界(下界)転生してみたら?

飯屋クウ

神界じゃよ

「うむぅ〜ふむふーむ」


ゴッド・ハーレ・エムは、どう切り出そうか迷っていた。


「どうされましたか、エム様?」


エムの従者である、天使ラプラスは主に問う。


「先日の案件じゃが…」

「それは却下しましたよね?」

「うむぅ〜まだ内容を言っておらんじゃろうに」

「分かりますよ、貴方の考えていることくらい」


エムのいう案件とは、神が下界に降りて異世界ライフを満喫する、つまりは本人、神としての仕事を放棄して自分だけ遊び尽くすという勝手極まりない提案である。

このやり取りは連日行われており、毎回ラプラスにより棄却されている。


神の仕事は多岐にわたる。

人間の管理だけではない。

星そのものから微生物一匹まで、全ての情報は最終的に神のもとへと伝わる。

膨大な量である。

他の者にはできない。

神という器だからこそ可能にする所業。

放棄するのは世界崩壊と同義であり、それをされてはラプラスも職を失う、つまりはニートになってしまうのである。


ここ神界には、エムの他に神はいない。

ゴッド・ハーレ・エムが一人君臨し、5つの世界(星)を管理している。

各世界(星)には、それぞれ天界と魔界がある。

天使ラプラスは、その一つの天界出身。

通常であれば、生を受けた場所で職務を全うすることになるのだが、彼女はここ神界でエムの従者をしている。

彼女の能力は他にないほど優れている。

仕事もバリバリこなすキャリアウーマンといったところ。

おまけに、容姿も端麗。

しかし、エムの側付きとなった経緯はそれらの理由からではない。

毎度のように職場から拒絶されるからである。

仕事が出来すぎるから、ではない。

彼女の欠点は、コミュニケーション不足、ただ一点。

上司にも平然と毒を吐く、所謂毒舌家。

組織を鑑みず、愛想はなく、付き合いも悪い。

そのため、どこの職場も受け入れることはなく、5つの天界を転々とし、最終的にエムに拾われたのである。

ただその結果として、毒を吐く従者を雇うことによって、元々仕えていた他の者達は辞め、エムの従者はラプラスのみ。

仕事能力的には、彼女一人で補うことは可能ではあるが、神が居なくなるのは論外。

ラプラスが承諾しないのは、そういう理由からによる。


「大丈夫じゃ、ワシとて神の仕事の重要さはよぉ〜く理解しておる。たまには戻る。じゃからいいじゃろう?」

「承諾しかねます」

「うむぅ、ラプちゃんは相変わらず厳しいのぉ」

「ちゃん付けしないでください。気持ち悪いですよ」

「そんなんじゃ、嫁の貰い手もおらんかもしれんぞ」

「大丈夫です」

「いっその事どうじゃ、ワシとか?」

「キモい、死ね」

「大ダメージじゃぞ」

「………ちっ」


ラプラスは淡々と毒を吐く。

エムが手放さないというのもあるが、それに耐えうる上司を少なからず尊敬していたラプラスは、人生初めてのご機嫌取りに挑戦した。


「はぁ、では週2でお願いします。週5はこちらで休まず働いてください」

「週5下界、週2神界で頼む」

「却下」

「週4下界、週3神界でどうじゃ?」

「はあ?」

「すまん、週3下界、週4神界じゃ!な!いいじゃろ?」

「……はぁ、いいですよ。それなら承諾します。但し、普段の業務に支障が出た場合は即刻中止させてもらいます。いいですね?」

「もちろんじゃ」

「それとついでに、そうなった場合、私は長期有給休暇をもらいます」

「お、おう。分かったのじゃ」


ラプラスは心中喜んでいた。

案件を長引かせたのも作戦の内。

週3下界、週4神界で落ち着かせるのが目標だった。

長期有給休暇の言質も取った。

彼女の計算上、週4での業務遂行は至難と考えている。

支障が出れば、自分の判断に間違いはなかったと証明されるし、神を顎で使う日も起こり得るかもしれない。

もちろん、そういう気は全くないのだが、恩を売る手段や口実として、今回の案件が失敗に終わることを彼女は望んでいる。


「よし、そうと決まれば、まずはキャラ設定じゃな!」


──コネコネコネ

──ムニムニムニ

──ムキッ

──ゴキッ

──シュバッ


「よし、出来たのじゃ!」

「むさ苦しさ満点ですね」

「勇ましさ満点の間違いじゃろ」

「………ちっ」


自身の顔や身体を捏ねてキャラを作り出す。

エムが今回考えたのは歴戦の戦士。

小麦色肌の白髪に、大剣を背負った重戦士風。


「そもそも死なないと異世界転生と言わないのでは?」

「そうじゃな、では刺すかの」


空間に出した短剣で心臓を刺すエム。

死んだ、といえるかどうかは些か無謀ではあるが、転生の儀式、通過儀礼として毎回するよう決めたのである。


「じゃあ行って来るぞい。お留守番頼むぞ、ラプちゃん♡」

「クソ爺!さっさと逝ね!着地失敗しろ!」


遠回しの『いってらっしゃい、気をつけてね♡』を感じ取ったエムは、意気揚々と下界へと降りたのだった。




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