第27話 憲兵への怒り
その少年の死体は道の真ん中に転がっていた。
発見されたのは早朝。スラムの入口近い場所に転がっているのを住民が発見したらしい。
少年は背中を鋭い刃物によってバッサリと斬られていた。
これまで、殺人鬼『ナイトストーカー』によって殺害されていたのは女性……娼婦ばかり。
過去四件の事件現場からも距離が離れており、少年を殺害したのが同一犯であるのかは不明である。
〇 〇 〇
殺人現場で憲兵が現場検証をしている。
その周囲には人だかりというほどではないものの、何人かの人間が遠巻きに眺めていた。
場所がスラムであるため、憲兵に近づく人間はいない。
現場を野次馬している人間は迷惑そうな顔をしており、憲兵と子供の死体を見ながらヒソヒソと話をしている。
「まだ子供なのに、可哀そうねえ」
「例の娼婦殺しがやったのか?」
「殺されたのは男のガキだ。別人じゃないのか?」
「チッ……おかげで憲兵が入ってきやがった。迷惑な話だ」
「…………」
内緒話をしている人間の中には、一鉄の姿もあった。
いつものように市場に仕事に行く途中、孤児院からそれほど離れていない場所で騒動を聞いて、現場にやってきたのだ。
「……殺されたのか。あの子供が」
一鉄がつぶやいて、拳を握りしめた。
通り魔の殺人鬼は若い女性ばかりを狙っている。
万一、セーラが襲われるかもしれないとは懸念していたが、子供が襲われたのは予想外のことである。
「…………」
『本当にアリガト……これで父ちゃんに酒を買って帰れるよ……』
一鉄の脳裏に、少年との会話が甦ってくる。
『で、でも、父ちゃんは悪くないんだっ!』
『怪我のせいで職人仕事ができなくなっちゃって、母ちゃんも家を捨てて出ていっちゃって……だから、じぼーじきになってるだけなんだよ!』
『きっと、怪我が治ったら元の優しい父ちゃんに戻るんだ!』
『だから……父ちゃんのことを怒らないでやってくれよ!』
酒飲みの父親に虐待を受けながら、それでも父親を庇っていた親思いの少年が。
まだ十歳かそこらだというのに、クズ鉄拾いなんて仕事をしてまで父親の酒代を稼いでいた少年が。
殺された。殺されて……まるでゴミのように道に捨てられている。
「…………ざけんな」
拳を強く握りしめたことで、爪の先端が掌に突き刺さる。
血が滲み、痛みが走るが……だから、どうしたというのだ。
あの少年はもっと痛かったはず。背中を斬られて、あんなに血が流れて……痛くなかったはずがない。苦しくなかったはずがない。
「……殺す」
殺す。
絶対に……確実に殺す。
一鉄の目の前が真っ赤になる。激しい殺意に、周りに人がいるというのに叫び出してしまいそうだった。
「おい、そこのお前!」
「怪しい奴だな、話を聞かせてもらおうか!」
一鉄が放っている剣呑な気配を感じ取ったらしく、現場検証をしていた憲兵のうち二人がやってくる。憲兵の胸には、彼らの身分と立場を示す金属製のプレートが揺れていた。
面倒なことである。今回の事件には無関係であるとはいえ……一鉄はかつて城を吹っ飛ばした犯罪者。憲兵に関わって良いことなどなかった。
「黒髪……異国人か? スラムに住んでいるのか?」
「……どうでもいいだろ」
「な……待て! 逃げるな!」
一鉄が立ち去ろうとすると、憲兵が腕を掴んでくる。
「あの少年の知り合いか? やけにジロジロと見ていたな?」
「抵抗するならば力ずくで拘束するぞ! 憲兵の詰め所まで……」
「うるさい」
「「!」」
一鉄が底冷えした声でつぶやく。
怒鳴ったわけではない、叫んだわけでもない。
それなのに……声に込められた殺気にあてられて、憲兵が一鉄の腕を放す。
「お、お前……」
「あまり、苛立たせるなよ……正直、お前らも殺って殺りたい気分なんだよ」
気圧されている憲兵に向かって、淡々とした口調で告げる。
目の前にいる憲兵は直接的な加害者ではないものの……それでも、彼らがもっと迅速に仕事をしていれば、あの少年は死なずに済んだのかもしれない。
これ以上絡まれたら、鬱憤を込めてコインを投げてしまう恐れがあった。
「グッ……き、貴様……!」
呻きながら、憲兵が一歩二歩と後ずさる。
その瞬間、手から何かが地面に落ちてジャリンと音を鳴らす。
「それは……?」
憲兵が落とした物に一鉄が目を向けた。
それは何に使うかもわからない、金属の部品のような物だった。
「もしかして……アイツが、被害者が持っていたのか?」
「どうして、そんな質問に答えなくちゃ……」
「…………」
「そ、そうだっ! それがどうしたっ!?」
一鉄が睨むと、憲兵の一人があっさりと白状した。
隣にいるもう一人の憲兵も怯えた様子で、ブンブンと首を縦に振っている。
(随分と簡単に吐きやがったな……このプレートからして、もしかして新米か?)
憲兵はいずれも胸にプレートを付けており、その材質によって身分や地位がわかる。
彼らの物は銅製。新米の下っ端である証拠だった。
「おい、そこで何をしている!」
いよいよ、一鉄が【貯金箱】のスキルでコインを取り出そうとしたタイミングで、野太い声が響いた。
事件現場の方から年配の男が歩いてくる。大柄な男は立派な装飾がされた剣を腰にぶら下げていた。
彼が何者であるか、その立場は不明だが……どうやら、憲兵らの上官のようだった。
「こんなところでサボっている暇があったら、証拠でも探したらどうだ!」
「で、でも……コイツが……」
「んん? 誰だ、そいつは?」
上官らしき男性が一鉄を怪訝そうに見やる。
頭から足元まで視線を走らせ、下っ端の憲兵の頭を小突く。
「コイツがどこに凶器を持っていやがる。ただの通行人だろうが!」
「で、でも、やけに反抗的で……」
「スラムにいる連中はそんなもんだ! さっさと仕事をしろ、馬鹿野郎が!」
上官らしき男性に怒鳴られて、下っ端二人がすごすごと去っていく。
離れていく三人を見送って……一鉄もまた、踵を返してその場を後にする。
「殺す……」
些細なトラブルはあったものの……やるべきことは変わらない。
まずは情報を集めるべく、ブラッドレイ・ファミリーの本拠地に向かっていったのだった。
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限定近況ノートに続きのエピソードを投稿しています。
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