第9話 夜道の逃走劇
「待て!」
「捕まえろ!」
黒ずくめが一鉄を捕まえようと走り出す。
忍者のような格好をした黒ずくめは外見の通り機敏だった。
肉食獣が平原を駆けるようなスピードで一鉄の背中を追いかけてくる。
「でも……俺の方が速そうだな」
「クッ……アイツ、速いぞ!」
「何だ、あの速度は!? まるで追いつけない!」
だが……一鉄の速度は黒ずくめを大きく上回っていた。
殺し屋か暗殺者かは知らないが、荒事のプロであるはずの黒ずくめが少しも一鉄との距離を詰めることができていない。
(すごいな……俺ってば、ムチャクチャ速くなってるじゃないか!)
一方で、一鉄もまた自分の速度に驚いていた。
一鉄は陸上競技をはじめとしたスポーツの経験はない。
高校に入ってからはアルバイト漬けで体力と根性には自信があるが、100m走などのタイムは平均よりも少し上という程度だったはず。
それなのに……レベルが上がった一鉄は黒ずくめを少しも近寄らせることなく、スラムの中を走っていた。
まだまだ全力疾走しているわけでもないというのに。
(最高速度を出せば、余裕で撒くことはできそうだけど……そういうわけにもいかないか)
黒ずくめをやり過ごすことは簡単だが……彼らは孤児院の前で一鉄を待ち伏せしていた。
もしも一鉄が彼らの手から逃れたのであれば、孤児院に対して何らかのアプローチを仕掛けてくる可能性がある。
一鉄をおびき出すための囮にするか、一鉄の居場所を聞き出すために尋問をするか……どちらにしても、ただ親切にしてくれただけのセーラや子供達に不幸が降りそそぐ可能性が高い。
(孤児院のみんなを巻き込むわけにはいかない……! コイツらとはここで決着をつける……!)
全員、倒す。
殺すとまで断言できない。まだそこまで割り切ることはできなかった。
それでも……一鉄は確実に黒ずくめ達を倒すという覚悟を決めて、前方にあった十字路を直角に曲がった。
「こっちだ……フブッ!?」
「ふんっ!」
追手も十字路を曲がってくるが、そこで待ち構えていた一鉄が先頭の黒ずくめにラリアットを叩きこんだ。
予想外の一撃を喰らって、黒ずくめの一人が背中から地面に倒れる。
「この野郎……やる気か!」
「抑え込め! 生け捕りにしろ!」
「やる気満々だな! かかってきやがれ!」
他の黒ずくめが一鉄を捕まえようと飛びかかってきた。
一鉄は拳を握りしめて、左右から迫りくる黒ずくめを迎撃する。
「フッ!」
「グッ……!」
「コイツ……大人しくしやがれ!」
黒ずくめの手をかわしては殴り、かわしては蹴る。
幸いなことに、スピードは一鉄の方がはるかに上である。
相手は最初に殴り倒した相手も含めて五人いたが、彼らに掴まることなく立ち回ることができていた。
もう一つ幸いだったのは、黒ずくめに一鉄を殺すつもりがなかったこと。一鉄を捕まえようとするだけで武器らしき物は持っていない。
戦いは一鉄が優位に進んでいたが……すぐに状況は変わることになった。
「おい、コイツとんでもなく弱いぞ!」
「全然パンチに威力がねえ! ただのモヤシ野郎じゃねえか!」
一鉄がいくら殴っても蹴っても、黒ずくめはいっこうに倒れる様子がないのだ。
最初に不意打ちで倒したはずの黒ずくめも起き上がっており、一鉄を捕まえる魔の手に加わっている。
「ああ、もう。ちっとも効かないじゃないか! どんだけ俺は貧弱なんだよ!」
何発殴っても倒れることのない敵に一鉄は涙目になって叫んだ。
武道や格闘技を習っているわけでもない一鉄の打撃は、明らかに腰が入っていない素人のものである。
だが……動き以前に、まるでパワーが足りていない。
目に見えない未知の力が働いているかのように、黒ずくめに攻撃が通っているような気がしないのだ。
――――――――――――――――――――
銭形一鉄
ギフト:金使いの勇者 Lv57
【体力】137/570
【魔力】0/0
【攻撃】1
【防御】570
【敏捷】570
【知力】1
スキル
・ステータスボード
・投げ銭
・小銭拾い
・両替え
・貯金箱
――――――――――――――――――――
一鉄は城を破壊した際のレベルアップにより、大幅に能力が上昇していた。
しかし、その成長はパワーの恩恵を与えていない。攻撃力は『1』のままである。
「攻撃『1』ってそういうことかよ! まったく通じねえ!」
「コイツの攻撃は無視していい! とにかく、身体を掴んで抑え込め!」
黒ずくめが一鉄を少しずつ路地に追い詰め、周囲を取り囲んでいく。
高い敏捷によって逃げることができているが、このままではいずれ身体に組み付かれてしまうだろう。
複数人に抑え込まれると、力の弱い一鉄に逃れる方法はない。そのまま囚われの身となってしまうはず。
「武器……そうだ、コインがあれば戦えるんだけど……!」
一鉄は『金使いの勇者』。攻撃手段となるのはコインを投げることだけである。
けれど、今の一鉄は無一文だ。マルティーナ王女から受け取ったなけなしの金貨もすでに投げてしまっており、手元には1Wzすら残ってはいなかった。
「金……金……どこかに金……俺に金をくれ!」
金の亡者のダメ男のように叫ぶが、無い袖は振れぬものである。
いくらポケットを探しても小銭の一枚すら出てこなかった。
「そうだ! スキルを使えば、もしかして……!」
一鉄は思い出した。
今の一鉄が所有しているスキルは【ステータスボード】と【投げ銭】だけではない。レベルアップにより、新しいスキルを覚えていたはず。
(【両替え】はたぶん意味ないよな。【貯金箱】もこの状況では絶対使えない。そうなると……!)
「【小銭拾い】!」
黒ずくめに追い詰められる絶体絶命の状況の中、一鉄はそのスキルを発動させた。
すると……無数の光の粒が一鉄の右手に凝集していく。光のほとんどは鈍色だったが、赤銅色も混じっている。
数種類の光が手の中に吸い込まれていき……次の瞬間、ズシッとした頼もしい重みが右手にかかる。
「よし……来た!」
光の粒子が消えると、右手に大量のコインが握られていた。
ほとんどは価値の低い銭貨ばかりだが、銅貨や大銅貨も混じっている。
予想通り。【小銭拾い】は何らかの方法によってコインを集めるというスキルだったようだ。
集めたコインはほとんどが価値の低い銭貨や銅貨なので、道に落ちている貨幣を集める能力なのかもしれない。
「喰らいやがれ!」
そして、【投げ銭】を発動。
一鉄は無我夢中で、右手に集まっている大量のコインを一気に投げつける。
大量の小銭が閃光へと姿を変え、ショットガンから放たれた散弾のように五人の黒ずくめの全身を打ちつけた。
「「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」」」」
黒ずくめの悲鳴がスラムの夜闇に上がり、彼らの身体が派手に吹き飛ばされて道に倒れた。
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