一階の殺人(仮)

庭一

一階の殺人(仮)

 屋敷の背景は、雨や雪が降っていないとはいえ、気が滅入ってしょうがないような寒々とした鈍色の空。

 ぼくはメトロ嬢とともにその屋敷へと足を踏み入れ、現場である客間を訪れた。

 死体はすでになかったが、床には被害者がそのように倒れていたであろうかたちに白いテープが張り巡らしてあった。

「お集まりのみなさん」と、ぼくはお集まりのみなさんを振り返る。そして、

「ぼくの推理はこうです」と言って、ぼくの推理を語りはじめる。

「最初、被害者である宇田垣庭一さんの死は、事故死として片づけられようとしていました。当時、この客間はドアと窓に内側から鍵がかけられた状態。同居人はアトリエで作業中で、近くの空港の航空機の音もあり、物音などには気づかなかったとのこと。庭一さんは頭部の打撲により死亡。現場に落ちていた隕石っぽい石と、死体周辺の焦げ跡と、客間の上部や屋根がめちゃめちゃになっていることなどから、隕石落下による死亡事故とされたのです」

 ぼくたちは客間の天井を見上げた。大きな穴が開いていて、鈍色の空が見える。ぼくは続けた。

「ぼくは事件の記事や当時の気象条件、庭一さんのツイッターアカウントで公開されていた図などを見ながら、これはなんだかおかしいぞと思ったのです。そして今日、この現場を目にして、ある推理がひらめきました」

 そこまで話すと、ぼくはリュックからペットボトル入りのレモネードを取り出して何口か飲んだ。探偵たちはのどがかわいたとき何を飲むものなのだろうか。ぼくは続けた。

「つまりこれは、事故ではなくて殺人事件なのです。事件当日、犯人は庭一さんが客間に入ったのを確認すると、駅前の重機工場からパワーショベルを借りてきて屋敷の隣の空地にとめ、客間めがけてショベルを振りおろして庭一さんを殺害し、そのあとに隕石っぽい石と火種を現場に放りこみ、隕石による事故に見せかけたのです。犯人はあなたですね、庭二さん」

 ぼくは、お集まりのみなさんである総勢二人のうち、メトロ嬢ではないほうの人物を向いた。こういうときは人差し指をつきつけたりするのかもしれないが、失礼な気がしてできなかった。

 宇田垣庭二はしくしく泣きながら話しはじめた。

「そのとおりです。わたしが庭一を殺しました。長いあいだ庭一と組んで創作活動をしてきましたが、あいつが勝手に申し込んだイベントの売り子を押し付けられたりして、限界でした」

 庭二は四歳の女の子のようにわっと泣き出した。

 ぼくはちょっとびっくりしながら、

「庭二さん、あなたは事件を起こす何ヶ月か前、庭一さんと共通のアカウントに、この屋敷の図を載せてトリックを募集しましたね。あれは、庭一さんを殺す方法を探っていたのですか」

「いいえ。そのときすでに、庭一を殺そうと決めていたのはたしかです。庭一が死ねばプロット担当がいなくなるから、応募してきた人のなかから新しいプロット担当を見つけようとしたんです」

 庭二は力なくうつむいた。

 ぼくたち三人は屋敷を出ると駅前の交番に行き、庭二は自首をした。

 ぼくとメトロ嬢が新幹線に乗ると、雪が降ってきた。メトロ嬢はスマホの画面を見ながらにまにま笑っている。

「超おいしそうな海鮮丼のお店、予約取れましたよ。この感じだと明日は雪の兼六園が見られますね。金沢城公園に寄ってから21世紀美術館とひがし茶屋街を回って、あとはシネモンドと近江町市場、謎屋珈琲店にも行ってみたいなー」

 ぼくは隕石の落下で人が死ぬことについて考えていた。星に殺されると言い換えると、なんだかロマンチックだ。庭二はどうしてそんな偽装を思いついたのだろう。

 まもなく新幹線はいつまでも静かに降り続きそうな大粒の雪のなかを出発した。


(終)

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