第9話

「昨日、うちまで送ってもらったことはありがとう。


 さぁ、帰って、早く帰って。


 もちろん、テレビも持っていってよ。


 そもそもテレビを持ちこむっておかしくない? 


 居座る気満々でしょう。


 昨日、初めて会った、しかも女性一人暮らしの家に。


 普通は夜、女性を送った後に帰るだろうし、


 三歩譲って朝には一緒に家を出るだろうし、


 私が朝起こさなかったと言うのならば、百歩譲って私が帰ってくるまでには家を出るのが礼儀じゃない?」



「ここにいていいって、言ったさぁ」



 デブの目が私にむけられている。


 デブの目は澄んでいる。


 場違いなほど。



「誰が言ったの? 私?」



 うなずくデブ。


 二重あごの線が濃くなる。



「言ってない、と思うけれど……」



 昨晩、家に帰ってきたとき。


 私は、鞄に手を突っ込んで探していた。


 家の鍵がなかった。


 そうだ。タクシーで帰ってきて玄関まで来たのに鍵がなく、居酒屋へ戻ってデブが見つけてくれて、もう一回タクシーで帰ってきたんだ。


 うちに入って、なんかその後、デブが言っていたような……。



「昨日は酔っていたから。


 でも、知らない女性の家に勝手に居座るって非常識すぎるでしょう。


 さあ帰って、早く帰って」



「どこに帰るば?」



 デブがちょこんと首をかしげる。



「知らない。居酒屋から家は近いんでしょ」



「だっからさぁ」



 デブがテレビ画面に顔を戻そうとした。

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