剣武を極めしTS大剣豪、散り際求めて異世界へ~早く戦場に出たいのに、周囲の人が止めてくる~

あかむらコンサイ

憧憬絶えず、彼は転生する

 ――――嗚呼、なぜ。


 これほどまでに、オレは焦がれているのに。


 ――――嗚呼、なぜ


 これほどまでに、英雄譚がこの世には存在するのに。


 ――――嗚呼、なぜ。


 …………オレは、これほどまでに剣を極めていると言うのにッッ!!




 ――――男の絶叫は、声にならない声となって、闇夜の城下街に反響する。


 それは荒狼を連想させる、血水を求める渇望の鳴き声。


 …………いまの時刻は、草木も眠る丑三つ時。

 朝日の登りもまだまだ見えぬ、月光がほのかに周囲をぼんやりと照らす……そんな時間。


 かすかに聞こえる鈴虫の鳴き声に重なるようにして、狂気を帯びた男の乾いた笑いが不規則なリズムのように、江戸の市街の通りに響いていく。


 彼の立つ付近、その足元には大きなが存在する。

 月光の照明を得た血溜まりには、男の立ち姿が反射する。――その顔は、長らく洗っていないようで浅黒い。何日も剃っていない顔には無精髭が生え、武士の誉れであった髷は切り落とされてザンバラ髪に。



「……はっ、これがオレの求めた姿とでも言うつもりか」



 自嘲気味に笑う男の呟き。

 ――――多くの英雄譚、多くの軍記物語に描かれた武士の活躍に憧れたのはいつのことであったか。もはや鮮明に思い出すことさえできぬその過日の夢想を、頭の片隅に追いやりながら男は天を朧気に見つめる。




 その片手に握っているのは、鮮血のこびりついた日本刀。


 良く入念に手入れされた刀身は透き通っていて、頭上に輝く月の光をかすかに反射させる。


 ……きらり。月光でほの明るく輝いて見える刃先からは、ぬめりとした鮮血の血なまぐさい匂いが周囲に充満している。

 それは、先程この男が武士のもの。


 鮮血の主は、狂い気味に笑う男の足元で地に伏している……その胴は、大きな袈裟斬りで負傷しており、もはや息は長くない。


「お館様の御点前流―――柳生新陰流の師範代でさえこの程度。……ったく、失望させてくれるじゃあねぇか」



 そう言って、失望まじりの侮蔑を足元に投げかける男。

 足元の男は息も絶え絶えに。彼の手元に転がる刀は、激しい抵抗の痕跡が少し前にあったことを示唆している。



「―――貴様っ……貴様は、例の…………」


「”辻斬り”――――だとッ、貴様ッ!」



 ……ぴくん。

 ”辻斬り”。そのワードを聞いた瞬間、薄汚い男は反応し、更に狂い出す。



「オレ、をぉッ!!愚弄っ。するかぁあああああっ!!」



 激昂し、発狂し。その叫びに合わせて、足元の雑巾のようになった死にていの男へと追い打ちをかける。


 ざしゅん。ざしゅん。ざしゅん。


 その乱暴な剣閃が伏した男の体を傷つけるたびに。

 痛ましいとすら形容するに足りない悲痛なうめき声が、伏した男の口から漏れ出る。


 しかし、男は誉れ高き柳生の門を預かる師範代。

 こうして辻斬りに敗れたといえど、その語る「剣」の誇りは最期まで消えるものではなく、”辻斬り”に忠告混じりの遺言を残す。


「や、柳生の、無刀はっ、人を活かすっ………活人剣―――貴様のような狂人の、殺人剣など、正しい剣の道にはないッ………!」


「あぁ゛??何をほざきやがるッ!!!」



「―――刀ってのは人殺しの兵器いくさうつわだ!それの使い道なんざ唯一つ―――戰場いくさばでの誉れある死への手段に他ならねえ」


 ザンっ。


 そして、最期の一撃は、無常にも脳天に突きつけられた刀が貫通して終わる。


「しかし、お前さんのは一切の誉れも価値も無い、くだらない犬死にだったな」




 ・・・・




 犯行現場を離れ、あてもなく周囲をうろつく薄汚い男。


 その足取りは重く、その目にも生気はなく。

 先ほどまでの狂気すらなく、ただただ「生きる意味」も見いだせずにさまよい歩く亡霊のような立ち姿。



 ここは江戸市街の中とはいえど、中心からは遠く離れた寂れた地域。

 静けさのなかを、刀を握ったまま歩き続ける男の姿は誰にも観測されることなく……そのまま、人気のない竹林の近くへと向かっていく。


 しばらく、竹林の中を進んだところで。――男はある物体を発見し、その瞬間に目に再度、闇のような明かりが灯る。



「―――戰神いくさがみのお社たぁ……まぁた興が削がれる」



 その目に宿った感情は、今度は憤怒と失意。


 そう、男が求めた夢想の非実現。彼がこれほどまでに剣の道を極めるに至り、"辻斬り"なんてモノを始めるにさえ至ったその大本の原因。



 それは、この世界が……この江戸が。今となってはことにある。






 ・・・



 江戸における徳川の治世が長く続き、太平の世と言われ、既に幾年、幾十年も経過した頃。


 男、「カゲマサ」は高名な武士の家に生まれ、嫡子としての義務に則るように――父親から、そして剣を指南しに来る剣術教師から剣の手ほどきを受ける。


 カゲマサはそれをたいそう好んだ。人の命を奪う、あるいは人の命運を決めてしまう……生殺与奪を握る「武器」という存在と、それを芸術的に人の体系立った「技術」へと昇華させた剣術の存在。



 加えて、彼には天賦の剣の才が備わっていたことも起因して。


 ――――かくして、カゲマサは青年の頃には江戸でも有数の剣士となり、その名を少なからず江戸の市井へと広めていく。



 ただし、唯一つだけ。彼は予期していなかった誤算の存在を見落としていた。


 鍛錬の末、訓練の果てに、既に極めつつあった剣の術。



 ……しかし、彼は知らなかった。

 彼が憧れた全ての武士、特に高名な軍記物語に登場する日ノ本の英傑たち―――鬼退治伝説の残る源頼光、そして彼の四天王。加えて俵藤太、源義経に木曽義仲などなど……伝説的活躍の残る英雄たち。

 それに、かつての戦国の世で覇権を巡り争いあった武将たちや高名な剣豪たち。



 …………彼ら全てに機会が存在したと言える、「」がこの世ではもう存在しないことに。



 拾八の歳を迎えるころ、カゲマサはこの事実と、この世界太平に失望し、実親を切り捨てる。その時が始めて、実剣で生きた人間を刺し殺した時であったが――不思議と、一切の緊張もなく。其れまで抱いていた生殺与奪への畏怖もなく。ただ淡々と、シンプルに……生き物の命の巡りをせき止めた。



 ………そしてそのまま、十年余。彼は、彼の望む「死に場所」を求めて日本中を渡り歩くこととなる。



 近江では、伊吹山に籠もり修行をしていた剣士を屠った。周辺では一番の神剣使いとの噂だったが、二間の間合いを詰める間に斬り伏せた。

 陸奥では、戦国の世から生きている剣術家を屠った。多数の弟子に囲まれてちやほやされていたが、いざ相対してみればただの老いぼれだった。

 薩摩には、見慣れぬ南蛮の武器を扱う剛士がいた。彼も命のやり取りを求めていたようだったが、いざ止めを刺そうとした時には情けなく抵抗してきた。そのまま突き殺した。


 京では、出雲では、伊賀では、加賀では、蝦夷地では、長崎では………



 そして遂にもう一度、生まれ育った江戸の街へ。

 ここに残る今世最期の兵士つわものたちを屠らんと、町中におびき出し、鯉口を鳴らし誘う―――そんな逢瀬を重ねていたが、それも無駄足。



 ……当代最強と名高かった柳生の師範代でさえ、彼の相手ではなかったのだ。



 そんな男、カゲマサ。

 平和な時代に生まれ、戰場に死に場所を求める偏狂の剣鬼。


 そんな彼が「戰神」を祀る社を見たとなれば、必然。それに対しての感情は、自らを満足させぬ神に対するどうしようもない苛立ち、となるだろう。


「戰神とは、これまた恐れ多い。………なにせ、今代では供養する武士の魂もない無駄飯くらいの腐れ神。そんな屑を祀りたてる社など、存在していい訳がねェっ!!」


 カゲマサは怒号とともに、竹林にひっそりと建てられた石社を蹴り飛ばす。


 大きな音を立てて、土埃をあげながら崩れ落ちていく石社。その周辺にささやかながらも供えられた酒瓶や花をぐちゃぐちゃに潰しながら、竹林に転がる瓦礫の山と化していく。



 ――――もはや、そこにかつての御社の姿はない。

 倒壊した石造りの社を見て満足したカゲマサは、そのままくるりと翻ると何事もなかったかのように元きた道を戻り始める。


 その目は再び生気を失い、足取りも覚束ない。



「――――本当に戰神がいるってんなら、オレにこんな思いをさせることもないだろうに」



 ……そう、ある種本心からまろびでた言葉。

 ただ生まれる時代、あるいは抱く夢を屈折し、間違えてしまっただけの男の慟哭。


 そんな言葉を聞いたのか、はたまた単なる偶然か。


 先ほど倒したはずの背後の社から、不思議な声が響き渡る。





「妾の社を破壊したのはどんな不届き者かと思えば、いやはや心中覗いて見れば争いを求めるただの小僧っ子――――本来であれば妾の庇護に置くはずの存在であるか、これもまた難儀よのぉ」


 唐突な声の発生に、瞬時に警戒を発し背後を振り向くカゲマサ。

 振り返ると同時に手は腰元の刀に向かっており、いつでも対象を「斬る」準備はできている。


何奴なにやつっ」


 背後を振り返ったカゲマサの目に映ったのは、不思議な容貌の少女。

 まるで巫女のような服装を纏っている、齢も低く見える少女の姿であったが――纏うその雰囲気は常人外れており、またどこか神秘的な雰囲気にすら思われる。


 そして実際に、物理的にどこかほのかに紫に……ほんのり輝いて見えるような、現実離れした少女だった。



「近頃の若者は神への敬いが足らんな……とはいっても、こうして小さな社にしか宿れない妾の方も、かつてほどの力がないのは確かだが」


「貴様は何者だと、聞いている―――返答次第では、この刀で」


「物騒な男じゃ。―――先ほどから言っておるだろう?妾は神。今しがた貴様が蹴り倒した社に祀られていた戰御神、フツノミタマじゃ」


「戦御神、だと―――?」



 と。

 カゲマサに少女が告げた内容とは、彼女が「戰神」そのものである、というにわかには信じがたい事実。


 しかしそれは狂気の男カゲマサ。くははっと乾いた笑いを大きく発しながら、再度、まるで自分自身を嘲るようにして、神を名乗る少女に臆することなく相対する。


「戦御神たぁこいつは僥倖だ!このオレの燻り消えぬ戰場への渇望、その原因は貴様の不行き届きにあるものであろう!―――いい機会だ、貴様が神というならば、オレの剣……神の首にすら届きうるか、今ココでっ――――」


「阿呆か貴様は、やめておけ。……そも物理的な攻撃なぞ、妾に通りはせんわ」



「問答無用ッ!」


 勢いづけ、そのまま少女へときりかかるカゲマサ。

 鋭い一閃は少女の胴体を真っ二つに切った―――と思いきや、その感触はまるで宙空を切ったように


 

 という感触のもと、カゲマサは困惑まじりに少女の顔を見る。


「妾は神じゃ。実体などありゃあせん。――気が済むまで無駄に剣を振るいたいというなら、とめはせんがの」


「……その言い分。どうやら本当らしいな」


 はぁ、と息を吐き刀を鞘に納めるカゲマサ。

 緊張がほぐれると、すぐさま先程のように生気のない顔つきへと戻る――そう、それはまるで生きている意味を見いだせない絶望の表情そのものであった。


「少しばかり、貴様の心中を見せてもらったぞ……その類稀なる剣才と殺し合いへの執着。生まれた時代が時代であれば、天下に名を轟かせる天下無双の大剣豪になったであろうに……実に勿体ない」


「おぉそうか、流石は戰神……わかってくれるか、オレのこの渇望を!」



 そう、思わず叫ぶカゲマサ。彼の執着、彼の渇望。叶わぬ夢を眼の前にぶら下げられた、悲しきロバの慟哭を。


 その姿を見つめ、ひどく楽しそうに笑う少女。

 少女は妖艶な含みのある声音で笑いかけると、カゲマサにある誘いを持ちかける。



「あぁ。だからな……この妾、戰神が直々にお前を導いてやろうと思うのだ。貴様の求める、闘争と殺し合いの耐えぬ、世界に」


「………そ、それはまことか!?」


 驚きのあまり、食いつくようにして返事をするカゲマサ。

 少女が言うには、この太平の世江戸ではない……戦乱の収まらぬ過酷な世界に、自分を連れて行ってくれる、と。


「ほ、本当に可能なのか!?それはどこだ、戦国の世か?それとも源平の戦乱の時代か?はたまた足利の統治の世か?国造りの伝説の時代でも大和の生まれた時でも、オレはどこでも構わない!戦いが、そこに戦いがあるのならばッ!!」


 おぉ、と目で少女を見つめるカゲマサ。

 自分の長らく望んだ夢想の実現、生涯かけても届くと思わなかった夢の果てへと、眼の前の少女は連れて行ってくれると、そう誘いを持ちかけている。


「そうじゃ、その目つきじゃ………ああそうとも、連れて行ってやるとも。……貴様がただ一言、妾を受け入れると念ずれば。すぐさま連れて行ってやると申しておる」


「ああ………なんだっていい、なんでもする!オレを戰場に連れて行ってくれるのならば、如何様にもオレはお前を受け入れるッッ!」




 ……その言葉を、待ち望んでいたようで。

 神秘的な雰囲気をまとわせる少女は、怒りや恨み……そういった感情を裏に秘めた、してやったり。とでも言うような悪しき笑みをその顔に大きく広げて、こう告げる。


「――――相分かった」



 次の瞬間、カゲマサの周囲は大きく発光する。

 様々な呪印が施された御札がどこからともなく飛来して、魔法陣のようにカゲマサを取り囲む。


 徐々に発光の勢いは増していく。

 少女は祈祷のような詠唱を始め、それに呼応するようにして魔法陣の勢いは増していく。


「これから貴様を送る世界は戦乱の耐えぬ……過酷な世界。人々が互いに争うだけでなく、異形の怪物が民草を襲うこともある、危険極まりない世界……きっと、貴様の求める戰場も多数存在するであろう」


「ああ、そういう世界だ。そういう世の中を、オレは望んでいたのだ!―――鍛えに鍛えた刀を満足に振るう機会を与えてくれること、まことに!まことに感謝するッ!!」



「なぁに、礼には及ばん。なにせ―――――」




 と。

 カゲマサが最大限の謝辞を述べたその時。……少女は、こらえていたような嘲笑と共にカゲマサへと最期の真実を告げる。

 それは、彼の目的は結果として果たされぬことの証明。

 悲しき運命を引きずり続ける、苦しみの永続。



「―――貴様の求める誉れある剣の死は、これから行く世界には存在などしないのだからなッ!!」


「なっ―――――!?」





「これから貴様が向かう世界は魔術や幻術の類が蔓延る!!

 加えて貴様の次世の肉体は貧弱極まりないの姿ッ!!それで『剣での殺し合い』がしたいというのであれば、存分に楽しむが良い―――」


「貴様、オレを騙すのかっ!?―――おい、ならば速く、ここから出しやがれッ!」



 力任せに魔法陣の結界を叩くカゲマサ。

 しかし、既に詠唱は大半が済んでいるようで、その神秘的な術はどう足掻いても破壊することができない。



「出すわけ無いだろう、愚かな小僧っ子よ。――――我のもとを参拝していた民草を斬り殺し、あまつさえ妾の社を蹴り倒したその罪……次の人生、貧弱な乙女の体にその醜悪な魂をやつし、せいぜい悔いるがいい」



「ゆ、許さぬ―――オレは許さぬぞ、戰御神、フツノミタマぁぁあぁぁぁっ!!!!」




 絶叫とともに、白光の中に吸い込まれていくカゲマサ。

 しばしの魔法陣の収縮ののち、最後に一気に畳み込まれた魔法陣はカゲマサを跡形もなく、世界の彼方へと消し去った。



 ――――こうして、戰場への憧憬を抱いたままその意識を燻らせた剣豪……カゲマサは、魔法の世界へと転生を果たす。怒れる戰神、フツノミタマの策略により、その魂を乙女の姿に宿しながら。

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