第7話 『1589年のオランダで可能な錬金術』

 1590年1月14日 オランダ デン・ハーグ <フレドリック・ヘンドリック>


 もうオレのチート能力を使うしかない、と思った。


 いや、言い過ぎた。


 ごめん、そこまで天才じゃない。


 チートかどうかわからんが、大学で理工学を専攻していたんだ。なにか役に立つ商品を作って売って、ボロもうけできないだろうか。


 アムステルダムとデン・ハーグを行き来して、この1か月間そればかりを考えてきた。


 5歳のオレが怪しまれず、偶然を装ってできたことを兄貴に話して大々的にやってもらう?


 それともいきなりオレが現在の科学知識を持ち出して?


 なんて説明するんだ?


 いや、説明は後から考えよう。まずは21世紀の理工学の知識を使って、16世紀のネーデルランドで作れる物。


 これを販売して、元手にして設備投資を拡大していく。


 大学への投資はもちろん、小中高の教育制度も改革しよう。ポルトガルや肥前国から技術者を招いて一刻も早く産業革命時の技術力を持つ肥前国に追いつかないと。


 何があるだろうか?


 まずは可能性のあるものをあげていこう。


 とりあえず高値で取引されているものか、高くて手が出ないが流通すればバカ売れするもの……。



 


 塩……食品保存に不可欠だからな。貴重品で高価。実際にいくらで売られているかは市場で確かめないとな。


 砂糖……これも貴重品。熱帯地域からしか手に入らないからぜいたく品だ。富豪の象徴。ん? 砂糖って確か、テンサイとかでもできなかったかな? いや、この時代にテンサイはヨーロッパにあるのか?


 香辛料……コショウ・クローブ・ナツメグ・シナモンなどのスパイス。ザ・大航海時代だな。超高価。これは産地じゃないから無理。オランダでの栽培は温室とかいろんな技術がないと無理だろうな。


 紙・インク・ガラス……どれもこれも高そうだな。しかし工業化できればヨーロッパ市場を席巻するぞ。


 ろうそく……これも、どうだろう。値段次第だな。普及価格までできるか?


 石けん……なんでもそうだけど、手作りは高いよね。大量生産ができれば、これも席巻するぞ!


 暖炉……寒いから欲しい! 一家にひとつストーブが売れないかな? 持ち運びできるし、暖炉みたいに高くはならないかも……。


 布・衣類・工具・本・鏡……全部工業製品だけど、職人さんの手作り工房だからな。これも工業化か……。





 さて……。


 どれがいいかな?


 香辛料はとれないから却下だな。紙・インク・ガラス……布・衣類・工具・本・鏡なんかの工業品は手間暇と金がかかりそうだ。とりあえず、市場で値段をしらべてみよう。


 ストーブ作れないかな。小学校の教室にあった気がする。





 ■デン・ハーグ 市場


「おっちゃん、塩っていくらするの?」


 ああ? 子供が何言ってんだ……。


 いかにもいぶかしそうな顔で食料品屋の主人はオレを見る。


 しかしすぐに後ろに控えている従者と護衛をみて愛想が良くなった。


「へ、へえ坊ちゃま、塩ですかい?」


 オレはデルフトで生まれたが、理由はわからんがアムステルダムに引っ越していた。記憶があるのはアムステルダムからだ。とりあえず物価を知っておこう。


 ジャガイモがないと気づくまえに市場に行ってから以来だ。


「フランスのブルーヌフ産が1ポンドで1スタイバー、リューネブルク産の塩が3スタイバーですぜ。ポルトガル産の塩もフランス産と変わりません」


「ふうん……でもどう見てもリューネブルクの方が近いよね? なんで高いの? それに色も違うみたいだけど」


 オレは一応聞いてみた。


 不純物と言えば聞こえが悪いが、天然のミネラル成分を含んでいる。しっかりとろ過精製すれば抜群に売れるはずだ。今と同じ値段でも売れまくるぞ。


「リューネブルクの塩は塩っ気の多い温泉水や井戸水を、大きな釜で煮詰めて作ってるんでさあ。海のない山でも、天日で塩が作れなくてもできるのが利点なんですが、燃料がいるんで金がかかるんですよ」


 なるほど!


 じゃあ3スタイバー出さないと得られない貴重な高級塩を、大量生産で売り出せば独占販売でウハウハだな!


「ありがとうおっちゃん! 砂糖はいくら?」


 店主は不思議な顔をする。いままで貴族でそんな事を聞いてくるヤツなんかいなかったんだろう。


 それに5歳の子供だからな。オレ。


 店主は驚いて周囲を見回している。


 デン・ハーグの市場には、砂糖を扱う商人はほとんどいない。砂糖は貴重品であり、一般の人々が日常的に口にするものではないからだ。


「坊ちゃん、砂糖ですと? そりゃあ、めったに見かけませんよ。ポルトガルの商人がごくまれに持ってくるくらいで……」


 ああ、やっぱり砂糖は超超貴重品なんだな。


 コショウも貴重品だが、これも相当貴重品だ。なんせ熱帯地域で作られて、長い航海を経てヨーロッパにもたらされる高級品だからな。その価格は塩の比じゃない。


「いくらなの?」


 オレの質問に、店主は首をかしげる。


「そうですねえ……。最後に見たときは……1ポンドで11ギルダーぐらいだったかな。普通の人には手が出ませんよ」


 11ギルダー。


 オレの頭の中で計算が始まる。1ギルダーは20スタイバーだから、砂糖1ポンドは塩の220ポンド分に相当する。


 よし! キタコレ!


 ただ、問題はテンサイってこの時代、なんて呼ばれているかだよな……。


 確か砂糖になるのは茎? 根っこ? それを煮詰めて……ショ糖ができるはずだ。


「ありがとう、おっちゃん。とても参考になったよ」


 オレが挨拶をして、今度は雑貨屋にいって石けんの値段を聞こうとしていたときだった。


「ああそうだ! これは噂なんだけどね」





「なに?」


「ポルトガルやフランスの一部では砂糖がこれまでの三分の一くらい安くなっているらしいよ。なんでもアメリカの南のブラジルで大量生産に成功したようで。まあ、あくまで噂ですがね。本当なら入ってくるかも」





 な! なんだってえ!





 次回予告 第8話 『砂糖と塩と石けんとロウソク、寒いから暖炉も』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る