高速! 首なしライダー!(1)

「ロースカツ弁当、美味しいニャ!」


 役満神社のベンチに座り、美味しそうに弁当を食べる猫耳小僧。大門大介はその横で、気合いと共に大木に回し蹴りを叩きこんでいる。

 今夜も、大介と猫耳小僧は待ち合わせをしていた。いつも通り、猫耳小僧が人間を怖がらせるためのトレーニングをしていたのだ。今回も、大介を怖がらせることは叶わなかった。

 その後、大介が店からもらってきた弁当を食べる。これは、猫耳小僧の日課となっていた。

 ふたりの間には、暑苦しくも微笑ましい空気が漂っていたが……不意に、その空気をかき乱す騒音が響き渡る。ブンブンブブブンというバイクのエンジン音だ。


「なんだ? この辺りにも暴走族がいるのか?」


 回し蹴りの練習を止め、辺りを見回す大介。一方、猫耳小僧は顔をしかめた。


「違うニャ。あれは、妖怪の仕業ニャよ」


「よ、妖怪だとお? いったい──」


 言葉の途中、爆音と共に現れた者がいた。

 黒いヘルメット、黒い革のツナギ、黒い大型のアメリカンなバイク……その黒ずくめライダーは、稲妻のような勢いでバイクごと神社の石段をかけ上がってくる。

 そしてバイクは、大介たちの前で止まった。


「いったい何者だ!?」


 バイクに乗った男に向かい、大介は吠えた。その巨体での咆哮は、ライオンですら怯ませられるのではないかと錯覚させる迫力があった。

 だが、ヘルメットの男は怯まない。クールな口調で言葉を返す。


「俺は……首なしライダーだ!」


「く、くびなしらいだあだとお? なんだそれは?」


 困惑する大介に、首なしライダーはガッツポーズをしてみせる。


「俺はな、ここいらじゃあ最速のバイク乗り妖怪だ! おい大介、てめえは最近、調子くれてるそうじゃねえか。だったら、俺とスピードで勝負してみねえか!?」


 あまりにも意味不明かつ強引なセリフである。常人なら、目が点になってしまうだろう。

 しかし、大介は番長である(あくまでも自称だが)。番長たる者、売られた勝負は買わなくてならないと思いこんでいる。


「んだと! 上等だぁ! なんだか知らんが、勝負してやろうじゃねえか!」


 即答する大介だったが、猫耳小僧が腕を引っ張る。


「だ、大介、あれを相手にしちゃ駄目ニャよ。あれは、暴走族が妖怪になった恐ろしい奴だニャ」


「バカ野郎! 俺は、売られた勝負から逃げたりほしないんだよ!」


 小僧に怒鳴った後、大介は首なしライダーの方を向いた。


「お前との勝負、受けてやる。いつ、どこで勝負するんだ?」


「ほう、さすが番長というだけのことはある。では明後日の深夜二時、天驚山てんきょうざんのふもとにて待つ」


「上等だあ! やってやるぜ!」


 怒鳴る大介に、首なしライダーな不敵な笑い声を返した。


「フッフッフ、面白い奴だな。ちなみに、負けた方が勝った方の言うことを聞く……それが条件だ。それでも、やるのかい?」


 首なしライダーの問いに、大介はまたしても即答する。


「当たり前じゃねえか! やってやるぜ!」


「そうかい。じゃあ、楽しみにしてるぜ」


 直後、首なしライダーは爆音と共に去って行った──


「大介……念のため聞くけど、バイクは持ってるのかニャ?」


 恐る恐る、といった様子で尋ねる猫耳小僧。だが、大介は胸を張って答える。


「もちろん持ってない!」


「えっ、えええと……じゃ、じゃあ、バイクを借りるのかニャ?」


「いいや、俺は無免許だ! だから、バイクは運転できない! 無免許運転は、悪いことだからな!」


 またしても、胸を張って即答する大介。すると、猫耳小僧が飛び上がる。


「ニャニャニャ!? だったら、どうやって勝負するニャ!?」


「決まってるだろうが。あそこにある、俺の愛車で勝負だ」


 言いながら、大介が指差したのは……いつも彼が乗っているママチャリであった。


「ニャニャニャ!? 愛車って自転車かニャ!? あ、あんなんで勝てるわけないニャ!」


「大丈夫だ。必ず最後に俺は勝つ!」


 自信満々な表情で言ってのけた大介に、猫耳小僧は溜息を吐いた。


「お前は、本当に凄い奴だニャ。その自信は、どこから生まれるのかニャ……」




 いよいよ勝負の日が来た。大介は愛車のママチャリで天驚山のふもとへと向かう。

 深夜二時の少し前、彼は到着したのだが── 


「お、お前は首がなかったのかあ!?」


 大介は叫んでいた。

 前回に会った時、首なしライダーはヘルメットらしきものを着けていたのだが……今は違う。本来なら頭のある位置には何もなく、首から下は普通の人間と同じ体が動いている。


「いや、だから首なしライダーだって名乗ったニャよ……」


 猫耳小僧は、呆れたような口調で言った。この少年妖怪も、大介のことが心配で来ていたのだ。


「い、いや……クビナシが名字で、名前がライダーのクビナシ・ライダーかと思ったんだよ」


 真顔で、そう返した大介。その時、一匹の犬がどこからともなく現れた。子牛ほどの大きさで、全身が白い毛に覆われている。

 その犬はとことこ歩いて来たかと思うと、大介と首なしライダーのちょうど間にて立ち止まった。


「な、なんだこいつは?」


 尋ねる大介に、犬はすました表情で答える。


「僕は送り犬なんだワン。今日は、この勝負の立会犬として来たワン。ところで……」


 送り犬はそこで言葉を止め、まじまじと自転車を見つめた。


「お前、本当に自転車で勝負する気かワン?」


「あ、当たり前だ!」


「そうかワン……さすが番長、大した奴だワン」


 感心したように、送り犬は呟いた。だが、首なしライダーは人差し指を軽く振って見せる。


「悪いけどな、俺はチャリンコ相手でも容赦しねえぞ。全力でブッチ切ってやるからな」


 さらに送り犬が、すました表情で語る。


「この峠道を四十キロくらい行くと、満貫神社という寂れた小さな神社があるんだワン。先にそちらに着いた方の勝ちだワン」


 そう言うと、送り犬は二人を交互に見つめる。


「用意は、いいかワン?」


「もちろんだ!」


「ああ!」


 同時に答える二人。送り犬は頷いた。


「では、用意……」


 その言葉と同時に、大介はママチャリのペダルを踏む。


「スタートだワン!」


 その声とほぼ同時に、首なしライダーのバイクがブッ飛んで行く。遅れて、大介のママチャリも走って行った──




 大介は、凄まじい勢いでママチャリを漕いでいく。常人には有り得ない脚力、そして持久力だ。その速度は、時速にして四十キロは出ていただろう。

 だが、その脚力の強さが災いした。途中、ブチンと音が鳴ったのだ。と同時に、大介は異変を感じママチャリを止める。

 直後、大介は叫んだ。


「な、なんじゃこりゃ!」


 なんと、大介の乗ったママチャリのチェーンが切れていたのだ。チェーンは目の前でぼろりと落ち、大介は唖然とした表情で立ち止まる。

 その時、送り犬が猛スピードで走って来た。その上には、猫耳小僧がおぶさっている。

 チェーンの切れたママチャリを見た猫耳小僧は、半ば安心したような様子で大介に言う。


「大介、これじゃレースにならないニャ。仕方ないから、今日の勝負は負けということで──」


「バ、バカ野郎! まだ勝負は終わってねえ!」


 怒鳴ると同時に、大介はママチャリを軽々と持ち上げる。

 しかも、ぶっ壊れたママチャリを担ぎ上げたまま走り出したのだ──


「お、お前は何を考えてるニャ! もう勝負はついてるニャ! お前の負けだニャ! だったら、無駄なことはやめるニャ! ケガしたらどうするニャ!」


 叫ぶ猫耳小僧。さらに、送り犬までもが心配そうに声をかける。


「もう無理だワン。首なしライダーは、時速二百キロで峠を走破できるんだワン。お前がどんなに頑張っても、追いつけないんだワン」






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