大門大介は番長である!〜泣き虫番長の一年戦争〜

板倉恭司

怪奇! 猫耳小僧!

「店長! お先に失礼します!」


 野太い声が、店内に響き渡った。

 ここは、彩佳市アヤカシの外れに位置するコンビニエンスストアだ。周囲は豊かな自然に覆われ、すぐ近くには寂れた神社もあった。野生動物も多く、道路でタヌキやキツネを見かけることも少なくない。

 そんなコンビニで、制服姿の女店長に向かい頭を下げているのは大柄な青年である。。今時リーゼントの髪型をし、身長は百八十センチを超えており、肩幅は広くガッチリしている。腕は太く、こぶのような筋肉が盛り上がっていた。胸板も分厚く、着ているシャツがはち切れそうだ。

 しかも、やたら太い眉毛を持ち、プエルトリカンのように濃く厳つい顔つきである。この大門大介ダイモン ダイスケは……一見すると、二十歳を過ぎた成人男性にしか見えない。三十歳と言っても違和感はないだろう。だが実のところ、まだ十六歳の高校生なのだ。

 しかも、このコンビニで学校帰りにバイトをしている少年なのである。


「う、うん、お疲れ様」


 顔をひきつらせながら、愛想笑いを浮かべる女性の店長。こちらは、目つきはきついが綺麗な顔立ちである。かつてヤンキーだったような雰囲気を漂わせていた。もっとも、人は良さそうだが。

 彼女の方が年齢は上なはずなのだが、外見は大介と大して変わりない年代であるように見える。


 挨拶を終えた大介は向きを変えると、大股で去って行く。

 だが、途中で何かに気付き立ち止まった。直後、物凄い勢いで戻って来る。


「店長! いつも弁当をいただき、ありがとうございます!」


「あ、うん。どうせ廃棄する物だから、別に構わないんだけどさ──」


「はい! では、これからもいただきます!」


 まるでアメリカ映画に出てくる海兵隊のようにデカイ声で礼を言うと、大介は大股で店を出ていった。

 残された店長の梅津和子ウメヅ カズコは、頭を掻きながら呟く。


「悪い子じゃないんだけどなあ。なんで今時、番長なんてやってんだろうか。番長なんて、あたしが小学生の時には既に絶滅してたのに」




 大介は、ママチャリでのんびりと田舎道を走る。既に周囲は暗くなり、空には星が出ていた。夜の道路の周りは木々が繁っており、野生動物が出て来てもおかしくない。大介はライトをつけ、慎重にママチャリを進めている。

 不意に、ガサリという音がした。同時に、道端の茂みから何かが飛び出して来る。


「ニャッハー! 俺は猫耳小僧だニャ! 恐ろしい妖怪だニャ!」


 そんなことを言いながら大介の前に現れたのは、おかっぱ頭に猫の耳を生やした男の子だった。Tシャツを着て半ズボンを履いているが、腰のあたりからは長い尻尾が生えているのも見える。年齢は小学生くらいだろうか。

 その不思議な男の子は、可愛らしい顔に似合わぬ怖い表情を浮かべ、大介を睨みつけている。

 恐ろしく奇妙な状況ではあるが、大介には怯む気配がない。悠然とした態度でママチャリを止めると、動き回る男の子をじっと見つめている。

 一方、男の子は威嚇するかのような動作を続けていた。今度はゾンビのように両手を挙げ、口を大きく開ける。


「フシャー! どうだニャ! 怖いニャ!」


 だが、大介は首を横に振る。


「まだまだだな、猫耳小僧。はっきり言って、ぜんぜん怖くない」


 その言葉を聞いたとたん、猫耳小僧の両手が下がった。残念そうな表情を浮かべる。


「そ、そうかニャ……まだ、駄目かニャ」


「ああ、まだ駄目だ。しかし、少しずつ怖くなってはきているぞ。その調子で、もっともっと修行していこう。俺も付き合うぞ」


 そう言いながら、大介はママチャリのカゴに入っている袋を手にした。

 中から弁当を取り出し、猫耳小僧に差し出す。


「なあ、シャケ弁当食べるか?」


「ニャニャ! いいのかニャ!」


 目を輝かせる猫耳小僧に、大介はニッコリ笑ってみせた。


「ああ、いいよ。どんどん食べて、大きく強くなれ」




 この猫耳小僧なる妖怪の少年と大介が出会ったのは、三日ほど前のことである。その日も、大介はママチャリに乗っていたのだ。

 ママチャリを漕ぎ神社の前を通りかかった時、不意に現れた者がいた。小学生くらいの年齢の、可愛らしい顔をした少年だ。黄色いTシャツを着て、黒い半ズボンを履いている。

 ただし、そのおかっぱ頭には猫のような耳が生えていたのだが。


「フシャー! 俺は妖怪の猫耳小僧だニャ! 怖いかニャ!」


 あまりに意味不明の状況に、呆気に取られてママチャリを止める大介。一方、猫耳小僧は彼の周りをピョンピョン飛び跳ねる。その様は、威嚇する仔猫のようであった。


「どうだ、怖いかニャ!」


「いや、ぜんぜん怖くない。むしろ可愛いんだが……それより、お前は妖怪なのか? その耳と尻尾は、本物なのか?」


「ニャ……そ、そうだニャ。俺は、妖怪の猫耳小僧だニャ」


「う、うわ! すげえ! 妖怪って、本当にいたんだな! 俺、本物の妖怪なんか初めて見たぞ!」


 思わず興奮し、叫ぶ大介。だが、対照的に猫耳小僧のテンションは下がっていった。


「あーあ……どうせ、こうなると思ってたニャ。やってられないニャよ。もう、やめだニャ」


 投げやりな口調で言った後、猫耳小僧は自嘲の笑みを浮かべながらしゃがみこんだ。

 大きなため息を吐きながら、下を向く。

 猫耳小僧のそんな姿を見たとたん、大介のテンションも一気に下がっていった。


「お、おい。お前、どうしたんだ?」


 心配そうに語りかける大介。しかし、猫耳小僧は首を振るばかりだ。


「いいニャいいニャ。どうせ俺なんか、落ちこぼれ妖怪だニャ。みんなも、そう言ってるニャよ」


「何を言ってるんだよ。お前は落ちこぼれなんかじゃない。俺で良かったら、話を聞かせてくれよ。人に話せば、少しは気分が楽になるかもしれないぜ」


 そう言って、大介は猫耳小僧の肩を叩く。すると猫耳小僧は顔を上げ、大介をちらりと見つめる。

 だが、すぐに目線を下げる。彼は、下を向いたまま語り出した。


「お前で、百九人になるニャ」


「百九人? いったい何のことだ?」


「今までに、脅かした人間の数だニャ。正確に言うと、脅かすのに失敗した人間の数だニャ」


「お、脅かすのに失敗したあ?」


 思わず繰り返す大介に、猫耳小僧はくすりと笑った。


「そうだニャ。今まで、百九人の前に出て行ったニャ。けど、怖がった人間はゼロだったニャ。俺を笑う奴もいたし、バカにする奴もいたニャよ。妖怪からも、人間からもバカにされたニャ」


 猫耳小僧の言葉は冷めきっている。大介は何も言えず、じっと彼の横顔を見つめるだけだった。


「百九回も挑戦したのに、結果はゼロ。こんなバカバカしい話は無いニャ。もう、怖がらせるのはやめだニャ。どうせ俺なんか、落ちこぼれ妖怪なんだからニャ」


 そこで、猫耳小僧はヘラヘラ笑い出した。どこか引きつった、嫌な笑顔である。彼の瞳は虚ろであった。


「つまらない話を聞かせて悪かったニャ。もう行っていいニャよ」


 その時、猫耳小僧は異変に気付いた。大介の大きな体が、プルプル震えているのだ。まるで、何かをこらえているかのように。


「お前、どうかしたのかニャ?」


「この、バカヤローがあぁ!」


 叫ぶと同時に、大介は凄い勢いで立ち上がった。その顔は、怒りで真っ赤になっている。

 突然の出来事に、猫耳小僧は唖然となっていた。狼狽えながら、それでも何があったのか尋ねる。


「ニャニャニャ? ど、どうしたのかニャ?」


「俺は今、猛烈に怒っている! 今の俺なら、神をも打ち倒せる……と思えるくらいに怒っているんだ!」


「な、なんで? なんで、お前が怒るのかニャ?」


「はあ! お前、俺が何で怒っているのか分からんのかぁ! だったら教えてやる……それはなあ、お前の生きる姿勢だ! お前が、どうでもいいと勝負を投げてるからだ!」


「しょ、勝負かニャ?」


 あまりの剣幕に、猫耳小僧は怯えたように呟く。すると、大介は大きく頷いた。


「そうだ! これはなあ、妖怪と人間の勝負なんだよ! 妖怪が勝つか、人間が勝つかのな! 俺が、なぜ怒ったかわかるか! それは、お前が勝負をナメてるからだ! 妖怪としての生き方をバカにしてるからだ! 今、お前がしていることに真剣に取り組まないで、いつ真剣になるんだ! お前、それでも妖怪なのか!」


 顔を真っ赤にしながら、大介は怒鳴り続ける。

 いつの間にか、彼の目から涙が流れていた。涙を流し、両手をブンブン振りながら大介は吠えていた。

 そんな姿を見た猫耳小僧は、何も言えなくなり下を向く。

 しかし、その猫耳がプルプル震えていた。さっきまでは、だらんと垂れ下がっていた尻尾にも、いつの間にか力がみなぎってきている……。

 そんな猫耳小僧に向かい、大介は泣きながら熱く語り続けた。


「百九人がなんだって言うんだ! たった……たったひとりでいい! 最後にそのひとりを怖がらせることが出来れば、そいつの心の中では、お前は怖い妖怪として永遠に残るんだ! だがな、今のままだとゼロだぞ! お前はゼロなのか! ゼロの妖怪なのかぁ! ゼロで満足なのかぁ!」


 叫ぶと同時に、大介は猫耳小僧を睨みつけた。しかし、妖怪の少年(?)は何も言い返さない。小さな体を震わせ、ずっと下を向いている。

 そんな妖怪らしからぬ姿を見て、大介の勢いはさらにヒートアップする。


「俺は……俺は悔しいぞ! お前が百九回もトライしたと聞いて、心の底から凄いと思ったんだ! なのに、なぜヘラヘラ笑えるんだ! 自分の努力を、自分で笑うなあぁ!」


 大介は、そこでいったん言葉を止めた。流れる涙を拭く。


「お前は、妖怪でありながら、人間なんかにバカにされて悔しくないのか! どうなんだぁ! 何か言ってみろ──」


「ぐやじいニャ!」


 叫ぶと同時に、猫耳小僧が顔を上げた。その目には、いつの間にか涙が溢れている……。


「今までは、笑ってごまかしてたニャ。仕方ないと思ってたニャ。でも今は、とっても悔しいニャ! 悔しくて……とにかく悔しいニャ!」


 叫ぶと同時に、猫耳小僧はその場に崩れ落ちた。

 そして、地面をグーで殴り始める。


「ぢぐじょー! ぐやじいニャ! ぐやじいニャ!」


 その姿を見ていた大介の胸に、強い感動が込み上げてきていた。幼い妖怪の中に、ここまで熱い想いが眠っていたとは、全く予想外である。さっきまでの、ヘラヘラ笑っていた無気力な姿が嘘のようだ。

 大介は番長である。少なくとも、自分を番長だと思っている。番長である以上、目の前にいる少年(?)の熱い想いには、応えてあげなくてはならない。それが番長の務めである(と大介は思い込んでいる)。


「今、悔しいと言ったな! だがな、そう思うだけなら誰でも出来るんだよ! 肝心なのは、そこからだ……お前は、これからどうしたいんだ!? 何をしたいのか、大きな声で言ってみろ!」


「こ、怖がらせてやりたいニャ! 人間を、めいっぱい怖がらせてやりたいニャ! 俺をバカにした妖怪たちを見返してやりたいニャ! 俺を笑った人間たち全員を、恐怖のドン底に叩き落としてやりたいニャ!」


 その言葉を聞き、大介は力強く頷いた。この願い、自分が必ず叶えてみせる。

 今の大介の頭からは、自分もまた恐怖のドン底に叩き落とされる側の一員であるという事実は、綺麗さっぱり消えていた。


「だったら、俺が練習相手になってやる! これからは毎晩、俺と一対一で練習するんだ!」


「れ、練習かニャ?」


「そうだ、練習だ! どうすれば人間を怖がらせられるのか、よく考えて実行するんだ。俺が、キッチリ教えてやる! だが、その前に……」


 大介は、猫耳小僧のそばにしゃがみこんだ。

 直後に、真剣な表情でとんでもないことを口にする。


「俺は今から、お前をモフる! 歯を食いしばれ!」


「モ、モフる? な、何でだニャ!?」


 唖然となる猫耳小僧。しかし、大介はお構い無しで話し続ける。


「そうだ! モフるんだ! モフられた感触は三日もあれば消える。だがな、モフられた気持ちは忘れるな! 人間ごときにモフられる、という屈辱感……それをバネにして、明日から修行に励むんだ! 分かったか!」


 言うと同時に、大介は猫耳小僧をモフり始める。これは大介にとって、猫耳小僧との絆を深めたいとの純粋な想いから生まれた行動であった。

 これをセクハラだと曲解する者がいれば、出るところに出ても構わない……大介は、そう思っていた。


「うらあ! 猫耳モフモフじゃあ!」


「ニャニャニャー!」


 ・・・


 そして今、大介と猫耳小僧は役満神社にいる。コンビニと大介の家の、ちょうど中間地点にある小さな神社だ。ベンチや水飲み場やトイレなども完備されている。

 猫耳小僧はそこのベンチに座り、シャケ弁当に舌鼓を打っていた。大介はその横で、気合いの声と共に正拳突きをしている。


「シャケ弁当、美味しいニャ!」


 猫耳小僧の言葉に、大介は嬉しそうに頷いた。


「そうか! 廃棄する弁当があったら、また持って来てやるからな!」


「本当かニャ! ありがとうニャ!」


 ふたりは仲良く語り合い、楽しそうに笑い合っている。

 そんな両者の姿を、遠くから見ている者がいた。赤いコートを着た美女であり、グラマラスなスタイルの持ち主であるのはコートの上からでも窺える。ただし、口元を大きなマスクで覆っていた。

 女は大木の陰に身を隠し、忌々いまいましそうな表情で舌打ちした。


「ヘタレの猫耳小僧め、あんな人間に懐きやがって。本当に、だらしのない奴だねえ。妖怪の風上にも置けないよ」


 吐き捨てるように言った後、女は大介を睨みつける。


「大門大介、とかいったね。上等だよ。あたしが、お前を死ぬほどビビらせてやる。小便もらして、泣きながら逃げる様が楽しみだねえ」








 



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