占い苦手な喫茶の店長、占い師といっしょに働かなきゃいけなくなる
月見里つづり
第1話 オーナーそれはいったいどういうことですか
その男がこの店に来たのは、六月の梅雨真っ盛りの時期なのに、まるでその事がなかったのように晴れた日だった。蒸し暑い空気で、ドアが開くたびに、不快な熱気が流れ込む。店に来る、どんなお客も、汗をかき、アイスコーヒーと声を揃えて注文するような日だった。
喫茶【トキノネ】は駅前にある喫茶店だ。
再開発が進んだ街の中で、時を重ねた木のぬくもり感ある外観が特徴的な店だ。オーナー曰くログハウスに入ったような印象の店にしたかったらしく、そのナチュラルさがSNSでとりあげられることもあった。
内装は大きなテーブル席がいくつもあり、商談に使いやすい、主婦たちの憩いの場になっている。小さな花瓶が置かれたカウンターは静かに過ごしたり、また店長の陽介に話しかけたがる常連の人気席で、他に席があるのに、カウンターに座るお客もしばしばいた。
今日はとにかく暑い、息するのも苦しいということもあってか。お客達の顔は、冷房の空気にほっとしつつも、辛いねぇとため息をつく人も多かった。
そんな中、喫茶【トキノネ】に入った男は、驚くくらいに涼やかな顔だった。
こんな暑い時期に長袖のゆったりとした服を着て、耳には華やかな三日月のピアスをつけている。傍目、なんの職業をしているのかさっぱりわからない風貌だった。
長い髪を一つにまとめて垂らしているので、動き一つで、馬の尾のようにひらりと動く。 一瞬、店中の視線がその男に集まっていた。ひと目見て、誰もが振り向くという美人に対しての賛美はあるが、あれが実際にあるんだと、陽介は初めて知った。
そのお客は店中を見回すと、小首を傾げる。何かを見つけられないような顔だ。そのきょとんと不思議そうな様子が、美人な顔にしてはあどけなさがあり、陽介からすると恐ろしいものを感じさせた。
コーヒー豆の補充をしていた陽介の隣で、紙ナプキンをいれる作業に勤しんでいた、バイトの由紀も、あっけにとられている。心なしか、頬がうっすら赤い。惚れっぽい性格を自認しているくらいに、魅力的なものに弱いタイプであるが、ここまでの反応をしているのは初めて見た。
「うわぁ……いい……」
かすかに聞こえる由紀の感嘆の声。
完全に声が浮ついている。なんでこんなにときめいてますと言わんばかりの顔なんだと思って、思案して気がついた。
このお客の顔は、由紀がハマっているというゲームのキャラに似ているのだ。もう、このキャラのために課金が止まらないんですーと言ってて、呆れ果てたこともあったので、覚えていた。だが……事情はわかっているとしても、これはこれでよくないと感じる。
「あのな……」
陽介は注意をしようと声をかけた。
その時だ。男の客から声をかけてきた。
「すいません、オーナーの片桐さんはいらっしゃますか」
柔らかで優しい、包容感のある声だった。声までいいのかと、陽介はドン引きしそうになった。
しかし仮にも客の外見や声の良さにドン引きしているなんて、おくびにも出せるわけがない。失礼のない程度、とはいえどこか、棒読みな声で言った。
「奥の席にいますよ。何のご用事でしょうか」
「今日会う約束をしてまして。失礼ですが、あなたは店長の……安積さんですか?」
「はあ、そうですが……」
なぜ、このお客は自分の名前を知っているんだと頭をひねりそうになる。自覚するほどに顔の表情筋が固くなる。露骨に訝しげな顔をしてしまったのだろう。お客は自分の顔を見て苦笑してきた。
「あの、私が今日来ることを、片桐さんから聞きませんでした?」
「え、それ、どういう……」
思わず男の言葉に聞き返したとき、杖のついたオーナーが、陽介たちのいるカウンターに近づいてきた。
「おー、来てくれたんだねぇ。紫月さん、待っていましたよ」
オーナーは人の良さそうな笑顔を浮かべて、ぽんぽんと紫月と呼んだ男の肩を叩く。
陽介はオーナーに、できるだけ平静を装いながら聞いた。
「オーナー、ちょっとどういうことなのか、教えてくれませんか? この方と今日会うことになってたんですか?」
オーナーは鷹揚に頷いた。
「そうだよ、明日から、ここに来てもらう人だからね」
「明日から? ここに?」
何も聞いてない、あまりに急な話を聞いて陽介は、動揺を隠しきれなかった。いったい、何で、この人は来ることにと思ったのだ。
陽介の様子を見て、マスターは眉根を一つ動かさない。それどころか、どこか楽しそうな声の調子で言った。
「紫月さんはねぇ、占い師さんなんだ。明日からこの店を一角を貸して、占いをしてもらおうと思ってね」
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