異世界における論文集
よりどり緑
回復魔術という"異教の鋤"が土壌に与える影響と作物への影響 -修道院長メルケネルケによる全荘園領主への訓戒-
蛇獅子の月第二週太陽の日、我らが誇る王立魔術協会の門前へと、この論文が釘を用いて打ち付けられていた。
概略としては、昨今魔術協会によって推し進めている、荘園における収量向上制作の一環として行われている「回復魔術を用いた『治癒農法』」への反論として記載された根も葉も無い中傷文である。
治癒農法に関しては現在、その影響を慎重に調査しつつも、彼ら修道院が誇る祈祷術とは比較にならないほどの収量向上を果たしていると言うのが事実である。
それらを踏まえたうえで、彼ら修道院が如何に頑迷であり、己の宗教観でしかものごとを語ることの出来ない愚かな排外主義的思想に染まっているかを各々で確認いただきたい。
以下は、その論文内における趣旨を抜粋したものである。
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――以上のことから、早天にクロニやラキュといった根菜類に対して回復魔術を行使することにより、作物の発達や早期収穫を見込める事は事実である。
しかしながら、これらはあくまでも短期的に見た場合の収穫率向上という浅はかな想定であり、大地の恵みを歪に搾取しているという観点についての見識が欠如していると言わざるを得ない。
現に、回復魔術を用いて収穫されたラキュは、通常のものと異なり、髭根が異常とも言えるほど長大かつ広範囲に発達する傾向がある。
これは魔種の使用する「吸精の枝」により呼び出される、触れた対象の魔力を奪い取る邪術と酷似した様態をしており、あからさまに大地の実りを異形に歪めていることは明白な事実であろう。
ともすれば、この行為は大地の実りを「収奪」することに繋がり、それは則ち食したものから生命力や魔力を「収奪」する邪悪な作物となることは幼子でも想像できうるものである。
魔術教会は「農奴を用いた長期実食により、彼らの調子が飛躍的に改善した」だのと宣わっているが、あくまでも一例を過大に持ち上げているにすぎない。
農奴というものは大抵に於いて魔種との混ざりものであったり、瘴気による過酷な住環境から逃げ去って来た難民などが殆どである。
則ち、既に魔種の影響を受けそれに少なからず適合しているものが食すことで生命力を作物から奪い取るというのは当然起こるべくして起こるものであり、王都の人民と比較になろうはずもないということは言葉にせずとも理解できて当然のことであろう。
また、地母神アエーリアの恵みの最たる作物であるはずのアリア麦に対して収量の向上が一切見込めないことを鑑みても、この"異教の鋤"が持つ邪術性を表していることに他ならない。
そもそもの問題として、神の祝福を受けた大地を回復魔術などという体系もまともに整わぬ魔種の技術を流用すること自体、魔術協会の傲慢からくる土壌汚染行為極まりないものである。
少量の魔力のみを用いて裂傷や創傷を加速度的に治癒するなどというのは、不自然な術式形態であると言わざるを得ない。
その点、我らが教会における祈祷術は、どのような作物に対してであろうとも分け隔てなく効果を発揮することから鑑みても、回復魔術という神学的に間違った形態を持つ歪なものとは一線を画すものである。
神の恵みというものは元来、もたらされる奇蹟と釣り合うだけの対価・供物(豊穣の祈祷術であれば、事前にカロメの葉ごと鋤き込んだ畑に防塵結界を施し、毎週土の日に祈祷を捧げた上で収穫量の十分の一を地母神アエーリアに捧げる事を約束する)ことが当然として必要であり、それらを簡略化・ないしは果たされなかった場合、奇蹟の不履行として次年度以降の収穫が著しく低下するというのは領主諸兄らも知るところであろう。
それにより代々守られてきた土壌を棄て、魔種が使う邪悪な術などに頼るなどという愚行を犯すのであれば、一時は収穫が増えようとも数年、数十年の後に土地に呪いが根ざし作物の育たぬ不毛の荒野が生まれることなど子供でも理解できることだ。
反論点はまだ存在する。回復魔術の影響を受けた人間が次に取る行動がどのようなものであるか。最早書き記す必要も無いほど周知の事実ではあるが、あえて此処に記載する。
回復魔術による治癒を受けた人間は急速なほどに空腹感を訴え、まるで豚鬼の如き形相で食事を掻き込むという人としての尊厳を失った見苦しいことこの上ない姿を取ることとなるのだ。
これは魔術によって再建された邪悪な肉体が、神の奇蹟によって産み出された清浄な肉体を"喰らう"為であり、それを防ぐため、肉体は別の"対価"となる食物で代替を計ろうとするものであるのだ。
このような危険且つ神学的に道理の通らない術式を、まさか先祖代々より護り継がれてきた荘園に使用するなど地母神アエーリアに対する冒涜であり、祖霊達が築き上げてきたこの大地を瘴気で穢すような愚かしき行為にほかならない。
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……等々、その"論文"とやらには我々魔術教会へ不当なレッテル貼りを行う内容が大半を占めており、歯牙にも掛ける必要のない内容となっている。
しかしながら現在の魔術教会は、漸く聖王様より正式な活動を釈されたばかりの新参であることには違いない。
ともすれば。此処で正式な手続を用いた反論を用意しなければ、あれら権威主義に染まりきった修道院の豚共は、それを理由に我々の活動を制限すべく議会へと働きかけてくるだろう。
日々回復魔術の効率化・高速詠唱化に勤しむ諸君の手を煩わせるのは大変心苦しい話では有るが、四週太陽の日までに、この駄文に対して非の打ち所のない反論文を提出して頂きたい。
王立魔術協会副会長 - セルマ・ミュールス
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