古代竜の至宝(短編)

粒安堂菜津

#1


――黒竜の巣ダンジョン・最深部


 ダンジョンの最奥にある巨大な空洞は、支配者の魔力の影響か、仄暗い明かりに照らされていた。輝きを放つのは、山と積まれた金銀財宝や稀少な魔道具、魔剣――そしてそれらの所有者である “黒き竜” と対峙する “人間の男” の姿。


 漆黒の鱗に包まれた竜が、わずかに身じろぎ、低く唸り声をあげる。黒竜がひとたび咆哮をすれば、弱い者はそれだけで正気を失うという。その唸り声一つでも、その場を圧する威圧感があった。


 灼熱の溶岩を思わせる深紅の瞳が、己よりはるかに小さな敵を見据え、縦長の瞳孔を細める。


【魔竜ヴァラヌーク】――このダンジョンの支配者にして、この世界の最強種である竜種の頂点、古代竜。


 その最強の一角が、人類を凌駕する圧倒的な存在が、傷つき、血に濡れ、荒い息を吐きながら、満身創痍の姿をさらしていた。

 膨大な年月を照らし続けた命の灯火が、燃え尽きる寸前と思えるほどに。


 曲がりくねった2本の雄々しき角は、かの黒竜を知る者たちが真っ先に思い起こす禍々しさと力の象徴であった。それが今や1本はひび割れ、もう1本は根元から断たれおびただしい血が流れ落ちていた。


 そして危機的状況はヴァラヌークだけに予想されることではなかった。

 この大空洞もまた激しい戦闘の余波により崩壊の可能性があった。


 古代竜と激闘を繰り広げた相手が、たった一人の人間だったとは、ヴァラヌーク自身も信じ難いことであった。しかし、これは紛れもない事実である。ヴァラヌークの前に立つ、若い男一人がこの状況を作り出したのだ。


 竜の息吹ブレスを受けきり、鉤爪による猛攻をしのぎ、竜種特有の魔法を防いだばかりではなく、それを超える反撃をこの男はしてみせたのだった。


 黒髪の若い男の足元には血だまりが広がっている。

 それが男の血なのか、竜の血なのかは、もはや判別がつかない。

 双方の血が混じり合った大きな血だまり。

 その中心に立つ男は、片腕を失い、片足も不自然な方向に曲がっており、もはや歩くことさえ叶わない。

 それでも、残った片腕に力を込め、ヴァラヌークへ渾身の魔法を放つために手をかざした。


 だが、そこで男は力尽きた。血だまりの中心で大の字に倒れる。


 ヴァラヌークもまた、震える四肢に力を込め、よろよろと男に近寄る。自分をここまで追い詰めた者の命を刈り取るために。

 見下ろすヴァラヌークを見て、男の口元が歪んだ。


 ほんの刹那、ヴァラヌークはひるんだ。

 この男は笑ったのだ。この状況で、死を目前にして、満面の笑みを見せた。

 そして、黒竜は――終焉をもたら燼滅じんめつの魔竜ヴァラヌークは自分が怯んだと、たかが人間に恐怖したと知ってしまった。

 湧き上がる感情が理解できず混乱したヴァラヌークは思った。


【混乱の原因を取り除かなければ】――と。


 振り上げた鉤爪が男に届かんとしたその時、男は咳きこみながらも声を出す。


「美しい……はは……美しい、な」


 残された腕をあげ、ヴァラヌークを撫でるように動かすが、それも直ぐ血だまりに沈む。

 振り下ろそうとした鉤爪は止まったまま、呆然としたようにヴァラヌークは固まる。


『ク、クハ……クハハ、クハハハッ』


 ヴァラヌークも笑った。互いの目を見つめ、大口を開け笑い合う。



 そして、震える鉤爪を振り下ろした。

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