Chapter 1 - 2    宗教都市ドラコニア


教会にて薫育を得た孤児にとって、十四歳の成人期は生涯の分岐を指していた。


道は二つに分かたれており、ひとつは俗界とのかかわりを捨てさり宗教儀式にて威徳の伝道または戒律を守り、祈りと労働の職務遂行を教会にておくる道。もうひとつが生まれ故郷を離れて在野ざいやにくだり民間にむけて信仰の導き手を説く、あるいは苦しむものを救済する救い手の道があった。ふたつの道は一貫して信仰の教導にあるが、前者は窮屈であり後者は心任せでゆとりがあった。しかれども自由には畢竟ひっきょう責任がともない、外の世界は危険がはびこり一歩踏みこみ命を落とすことなど、もはや通途事あたりまえとされていた。それゆえたいがいの者は荏苒じんぜんとして故郷にとどまり教導と福祉に専心する。死しては信仰もままならないのだから。さりとて信仰の導き手なれば、より多くに教えを伝え、救いの手を差し伸べるべきだと思案することは当然のことわりであり、なれば故郷を離れて各地遍歴の説法をおこない宗教の流布を執り行うが道理である。


されども多くはそうしない。あまりに外が危険だからだ。

ところが少女の胸にはある言葉が根ざしていた。

 



〈狭き門より入れ、ほろびにいたる門は大きく、その道はひろく、これより入る者おほし。生命にいたる門は狭く、そのみちは細く、之を見出す者すくなし〉




廃村から少女を救った牧師の言葉であり、死生神しせいしんの教えの一節。

おさなくして得たその教えに、少女は力強さを感じていた。

希望と呼ばれる力強さである。

そうなんだ。きっとそうなんだ。


少女はその教えから「苦難に立ち向かってこそのまことの道」だと心得た。


なれば少女の選択はひとつしかなかった。

それ以外に、みちなどなかった。




               §




獣車けものぐるまに揺られて行く旅は、新鮮さの清々しさよりも恐怖のほうが勝っていた。孤独の情が悪魔のようにして常にまとわり、荷台に余っている無の空間が不気味に思えてならなかった。カタカタ、カラカラ、寂寞じゃくまくたる思いを象徴するかのごとくに空の木箱がかわいた音を鳴らしていた。数刻前には友が居た。いまではかたわらに空白があるのみだった。それはとても心もとなく孤独とはこういうものかと、そのつめたさ、その無機的、その気味の悪き粘性を久方ひさかたぶりにして思い起こされ、心の空白を埋め合わすかのようにして薄暗い未来に対する想念がとめどない濁流のようにして想起された。


これからわたしは、どうなるのだろう。

これから、うまくやっていけるのだろうか。


思えば思うほどに思われる、重たき懸念とつづく苦悩……けれども、それら煩悶のなんと無駄なことか。連なり続けて積み重ねても、そこには苦渋が残るのみ。不安から汲まれた濁りの水では心の鏡は洗えない。かえって、くすますだけであった。


だから……やめよう。考えることは、もうやめよう。

少女は心に決めて、思いの口に蓋をした。

なるようにしてなる。いや、なるようにしなくちゃいけないんだ。

そうして自分を鼓舞しながら、不安の紛らわしのため、少女は歌を口ずさんだ。





巡る夜の 深き空へ 芽吹く白の はてなき影のつよさよ

微笑む風の手に旅人はいざなわれ 穂を揺らす鐘の音に 日は昇り 旅立つ

空へ 空へ 翔ける鳥よ おまえは母の目に届かざる空を背に

嘆かずにうつりゆく銀翼ぎんよくのつめたさに

陽をあびて迷わずに永久とわを翔けてゆくのか

沈黙の道標みちしるべあてもなく地図は燃え 空白と切望にいろどられ

風と踊り続け 空に消えゆく

 




それは、どこで覚えたのか記憶にない、不思議な歌。

はるか昔の伝え歌でもなければ、知る人もない無銘の歌。

されども、あたかも因果な様に、不思議な親しみをおぼえていた。


「嬢ちゃん、見えてきたよ」


ところで、村から離れて数刻後。壮年の御者ぎょしゃが、そう言った。

幌獣車の前方、景色を見やると石の城塞じょうさいがそびえていた。

幾条いくじょうものわだち収斂しゅうれんされ、旅人たびびとや行商人がつどいき交い、嬉々として挨拶を交わし合いながら、鉄や皮の千態万状せんたいばんじょう響音ひびきねを擦り鳴らして跳ね橋を渡っていた。

奥の広場からは吟遊詩人の歌声うたごえ

弦楽器や木管楽器、太鼓など振作しんさく

食欲のそそる脂の濃厚な匂いや小麦や砂糖が焼き上げられた芳醇な香り。

子供の駆けずる黄色い声から大人の無遠慮な笑い声。

旅人たちを歓迎する花びらが風に舞い、音や香りや色などが歓喜として踊っていた。

まるで、そこでは祭りが開かれているかのようだった。

されど、そここそ大聖の街。



カーファルKaphar大陸最高峰の宗教都市『ドラコニア』



草の香りをのせた、青々とした風が吹いた。

頬をなぞり、髪をたばねるリボンが揺れ、少女の心はぐのだった。

これから大きく何かが変わってゆく。

すべてここから始まってゆく。


心は緊張や恐怖ではなく、かすか感動と期待で躍っていた。

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