Chapter 2 - 2 それから
摘夜の節 十月十二日
「もうソドムはいないんや! なにもそんな――――」
「触るなッ!」
ジニアはタォファの手を払いのけた。その眼には怯えの色が滲んでおり、身体は恐怖で震えていた。心は過去の惨劇のなかに置き去りにされたままだった。どのような言葉の薬理を
「触らないでくれ……」
おおくの狩人が行きつけとしている宿舎のなか、ジニアは寝床の上で頭を抱えて、二人に対して背を向けていた。窓からは斜陽の光。日没どき。これから夜になろうとしていた。アリサは、教会出立の時分から現在に至るまで一睡もしていない。疲労は甚大であった。
過去の話をしよう。
ディアが意識を失くしはじめた、
ディアがギガースを討滅させた
時分、夜明け時。
アリサの法衣はギガースによって引き裂かれており、使い物にならなかった。そのためアリサは自分の背嚢から雨避けの外套をだして、
城郭都市での救急対応は医療教会の業務である。アリサとタォファはそこへと向かった。途中、受付嬢グレーテと
アリサは迷わず、ディアをかかえて薬師のところへと向かうことにした。街は傾斜でないから引きずればどうにか運搬することができた。そうしてアリサは、大聖堂近隣の邸宅街に足をふみいれ、薬師の住居に行き着いた。それでいて、
状況を素早くを呑み込んだ
アリサの尽くせる事はここまでだった。そうしてアリサはディアと別れた。きっと、どうにかしてくれるだろう。信じるしかなかった。アリサはいそぎ、医療教会へと駆けていった。
医療教会治療施設、病床の上ではジニアが伏せており、祈禱の奇跡により治癒は成されていた。ソドムに穢されたことを秘匿しての治癒である。そしてアリサ合流の
そうして宿舎に戻るのだが、ジニアの胸に根ざしている恐怖は薄れることを知らず、
「この身にソドムが宿っているんだ……そのうち私も、ソドムになる……マザーのような母体になって、おまえたちを、ケガシはじめるんだ……」
ジニアが言った。
そんなことない。大丈夫だ。そのような
ジニアの哀哭は夕暮れ時までつづいていた。夕焼けは沈みゆき、夜の帳がおろされた。やがてジニアは精根尽き果て、夜の頃には崩れていた。銀の月が街の相貌を輝かせていた。
「なんでなんや……ジニアはなにも、悪いこと、してないやんか……」
昏睡状態にある
その寝姿をみながら、タォファはこぼすのだった。
「なんでこんな目……遭わにゃならんねゃ、おかしいやろ……」
「なにか、方法があるはずです。ケガレを除ける方法が」
「そんなもん、あるわけないやろ……一度ケガレに侵されれば、だれでもひとしくソドムになる……だから、そうなる前に、殺さないとダメなんや。それがせめてもの、ジニアの為なら……」
そう、タォファが言った。ジニアの顔を見つめながら。
ソドムに侵食されたものは
「いけません、友をその手で殺めるなんて、そんな……」
「じゃあ、どないすんねん、ウチらもケガレろって言うんか! それこそ、この子の望むことやないやろ! 殺さなきゃダメなんや……街のなかで変わり果てる前に、ウチが……」
タォファの目の下には深刻的な
「とにかく、いまは休みましょう。休むべきです」
そうして、二人は眠りについた。
§
それから、しばらく
ジニアはしずかに目を醒ました。
そしてひとり、部屋を出ようとした。
「ジニア……」
それに気づいたタォファ。
ひと声かけて、ひきとめた。
「どこいくん」
「……便所だ。起こして、すまない」
「……ほんまに便所なん?」
「本当だ」
「じゃあ……なんで、刀、ぶら下げとんねん。必要ないやろ」
「……心配だからだ。いつ、誰に襲われるか、わかったもんじゃない」
「じ、じゃあ、ウチも、いっしょに付いてく」
「必要ない。便所に行くだけだ、すぐ戻る」
「せやけど……」
「なあ」
タォファは、ジニアに近づこうとした。
けれども、月の光が斜めにさす部屋のなか、ジニアの眼の光がぎらりと映り、そこにやどされた憎悪の敵視が、タォファの動きをとどまらせた。
「――――ひとりにさせてくれ」
そうしてジニアは背をむけて、部屋から出ていった。扉のとざされる音とともに、二人の距離が断たれたかのようであった。木の扉の隔たりは薄い。
そして、それからしばらく
「アリサ、アリサ!」
アリサは、何者かに揺さぶられて起こされた。月の光が
「ジニアが……ジニアがいないんや……!」
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