ガーランドテーゼ // やがて死にゆく騎士の償い

蘆花 紀

Chapter 0 ー 長く生きて ー

Chapter 0 - 1    父と娘










    カーファル黎星教紀歴 四三三年  享年三十四歳


『 これは ディア・デュランダルが亡くなるまでの 償いの物語 』













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カーファル黎星教紀歴 四二三年 ―――― 摘夜の節 十月十一日





「ソドムあるいはスライム。それは最も醜悪な、不定形の模倣生物だ」


鉄の重みのある声。男が言った。

ディア・デュランダル――――彼の名だ。


「その身は脆く、力を持たない。だが、獣は獣。人を害するに変わりなく、なればそれは絶たねばならない。相手が最弱の魔物だからと、けっして侮ってはいけないよ」


銅のような褐色の肌。死灰のような色の短髪。声は鉄性であった。

なれども気配は優しげであり、まさしくそれは父なる者の風格だった。


「でも、あたしくらいでも、スライムは倒せちゃうんでしょ? ヒノキの棒でも事足りるって、カーヴィルおじさん言ってたし」


娘であるイレーネが言った。少女も父とおなじく褐色の肌をしており、灰の長癖毛を肩下にまで垂らしていた。声はおさなくあどけないが、言葉は光のごとくに真ッ直ぐとしており知性が感じられた。悪知恵が働くかのような機知に富んだ知性である。


「悪知恵だな。たしかに、世に出るソドムは赤子も同然。ソドム目撃そのほとんどは、群れから逸れた「はぐれスライム」――母体から離れて衰弱しており、なにより武具を持たない素寒貧すかんぴん。もとより動きが鈍いのだから、素人手でも片がつく。だが、相手が武装をし健常であるならどうなるか。さあ、もう一度、それを手にしてかかってきなさい」


そう言ってディアは、イレーネの膝もとに一瞥いちべつをくれた。

そこには、訓練用の木剣がおかれていた。

場は城郭都市内部、ディアの家。

ふたりは敷地の裏庭で稽古をしていた。


秋。昼下がりの頃、ディアは木剣を前に構えた。剣の先には娘のイレーネ。彼女はいま、芝生のうえで腰をおろしていた。彼女の額には大粒の汗。布服はしとどに濡れており、稽古の激甚なるを物語っていた。


わたしをソドムと思いなさい。侮りがたいと思うだろう?」

挑発的にディアが言った。ものやわらかな声だった。


「無理ぃー、何回やっても、お父さんには勝てないってー」

しかし、冗談めかしにイレーネが言った。

無邪気に両足をはたはたと動かしながら。


「勝つために戦うんじゃない、戦うべくして戦うんだ。終わりを見ようとするんじゃない。それではソドムに負けてしまう」


そう言われ、イレーネはふくれっ面になり、すくっと立ち上がった。

プライドが許さなかったのである。

そうして剣先をディアに向けて構えはじめた。


カンッ――カンッ――カンッ――…………

木剣同士がぶつかり合わさる音が散った。


「ところで、ソドムって、どんな魔物なの?」


カンッ――カンッ――カンッ――…………

木剣同士がぶつかり合わさる音が散った。


「ソドムは粘液状の魔物であり、沼や洞などの湿地を好む。その身は影に類似しており、それゆえ暗闇こそが、奴らの領域だ」


カンッ――カンッ――カンッ――…………

木剣同士がぶつかり合わさる音が散った。

それとともに汗が舞った。日照りに触れて飛沫はぎらついた。


「また、相手は単体ではあらず、群を成して襲いかかる。あたかも暗夜の津波のように、ハンターは数に負かされ、侵食されてしまう」


そこでイレーネは動きを止めて、剣先をおろした。

街からの人声が聞き取れるほどに、その数瞬は静かであった。


「はぁ、ハぁ……侵食……被穢体ゴモラに……なるってこと?」

息を切らしながらイレーネが言った。


「そうだ。体内に粘液を受けた被穢体ひわいたいは、しだいにソドムと化してゆく。男の場合は養分となるが、女の場合はソドムをみちびく母体マザーとなる。もっともあってはならない結末、それがソドム侵食による母体マザー化だ。母体ぼたいが生まれればソドムが生まれ、だからこそソドムは母体ぼたいを欲する。わたしは心配している。けっしてソドムを侮ってはいけない」


ディアの表情は穏やかなるものだった。けれども、言葉それ自体は厳重としており父親としての切実さがあった。


「でも、征伐任務にはお父さんも同行してくれるんでしょ? なら大丈夫だよ。お父さん、強いんだもん」


どこか得意げな声で、イレーネが言った。


「そうは言ってられん。おまえもいつかは独り立ちをするんだ、わたし頼りでは困ってしまう」


言って、彼はかすかな切なさを覚えるのだった。

彼女は成長しつづけ、いつかは親から離れてしまう。

巣立ちを迎える親の気持ちが、哀愁という形で引き出されたのだった。


「大丈夫だよ。優秀なハンターになれるって、アーシラさん言ってたもん。お父さんも来てくれるなら、スライムくらい問題ないよ」


けれども娘は父の哀愁など知りもせずに、腰の帯にかれた三本の短剣そのすべてを手にして、次いで背後、振り向きざまに短剣を投擲……たんっ、たんっ、たんっ――――と小気味よい音をならして、短剣三本は人の頭ほどのおおきさをした的に当たるのだった。的とイレーネ、その距離はおよそ25ftフィート。そうして木の枝にぶら下げられていた的は、命中した衝撃によって後方へと激しく跳ねあがり、短剣をおもりとして、ぶらんぶらんと揺れ動くのだった。


「ね?」と、イレーネが言った。

無邪気で眩い笑顔であった。


彼女の技量は確かなるものだった。さきほどの御業みわざは大道芸のために習得させたものではない。大道芸術は決められた一芸を繰り返し、その度重たびかさなる修練により精度を上げて型とするもの。だが、状況場面に差異が生じれば、型は崩され瓦解する。けれども彼女の才腕はいかなる場面、いかなる状況でも精確に標的を捉えるために修練された妙技。たとえ彼女が足をくじき、また暴風吹き荒れていようとも、25ft先にある遠方の的を三撃連続して命中させられるだけの精密精度が認められた。だからこそ、教えの親であるディアは認めなければならなかった。


「――――そうだな」


ソドム程度なら問題ない。他に注視すべき魔物が他にもいるはずだ。

そう、ディアは思うのだった。

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