文学少女に狙われている!?

三月ひつじ

第1話

四月某日。

春うららかなその日。

満開の桜の花ビラに祝福されながら芥川龍太郎の高校生活がはじまる――はず、だった。


ギュュュュルギュルギュル


きらきらと陽光さすクラスがある教室棟の校舎――ではなく、少し陰った特別教室の棟、その三階、最奥のトイレに龍太郎はいた。


入学式の日にトイレの個室にいたなんて知られればオレの高校生活は終わる!

小学校低学年男子よろしく、『ウンコマン』や『トイレの神様』などとつまらないあだ名でしばらくおもちゃにされた挙句、飽きられたら友達は誰もいないクラスぼっち、なんて未来が容易に想像できる!

そう、俺は隠さなければならない。うんこをしていた――事実を!!!

そもそも、うんこをすることはさほど問題ではない。俺は昔のアイドルでもなければ、不思議設定の住人でもない。当然の生理現象だ。言葉尻を面白がったり、恥ずかしさを覚えるようなことはない。

ただ、個室に籠る=うんこをした、おそらくしているであろう、その想像を小学校三年生あたりで時が停止している男子同級生諸君に抱かせることが問題なのだ。


ギュュユユユユユルギュリュ


ああああああああああ!!! こんなところで終わってたまるかああああああ!!!


龍太郎は脂汗を滲ませ、天を仰ぎながらしわがれの唇を嚙み締めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


龍太郎がようやく腹痛から解放されたときには彼の様相は枯れ木のようになっていた。


今朝の卵かけご飯か、昨晩の卵かけご飯か、どちらの卵が痛んでいたんだ……。


腹部を押さえながらいくつかの原因を挙げては探ってみるが、当然結果はひとつである。


「ねぇキミ、こんな所で何をしてるんだい?」


静かな廊下にふわりと澄んだ声が響き渡る。

龍太郎の肩は飛び上がった。


見つかった、そう思った。


「えっと、ちょっと道に迷っちゃって……」


「そうかい、そうかい、なるほど。新入生が道に迷ったらこんな所へ来てしまうんだね。クラスがある教室棟ではなく、特別教室棟のこんな奥の方まで、ね?」


振り返ると黒髪の美女がいた。

制服を着ているが少女というにはやけに大人びて見える。

白磁器のような肌に、瞳は少し切れ長、整った顔立ちは凛としている。白魚のような指で黒髪の長いストレートを耳にかけると、髪はさらりと揺れた。


彼女はいう。


「迷ったというのなら、こんな所まで来る前に誰かに会わなかったのかい?」


「会わなかったですね、今日は入学式だからみんなそっちの方へ行ってるんじゃないですか」


「そうかい、そうかもしれないね。でも、ここは最上階だ、いくら道を迷ったとはいえ階段を上へ登ったりはしないだろう?」


「せ、先輩はどうしてこんな所へ? 今日の入学式は新入生のみの登校と思っていたのですが」


「おや、キミは、ズルいなぁ」


「な、なにがです?」


「質問を質問で返すときは逸らしたい何かがあるときだ。そしてキミはそれをわかったうえでやっている、だからズルいと言ったのさ」


彼女の透き通った落ち着きのある声と詰め寄る一歩に気圧される。

龍太郎は自分の考えをすべて見透かされている心持になり、何か体裁を繕うのも言い訳を探すのも止めた。


「そーです、目的はトイレですよ。入学早々にクラスで変なあだ名なんてつけられたくなかったんです!」


「キミは恐ろしいほど正直者だ。実にいい!」


「それで、……先輩はなぜこんなところに?」


「ふむ。キミに言っておいてなんなのだけれど、先に質問をいいかい? なぜキミはわたし

のことを先輩と呼ぶんだい? まだ名前や素性など名乗ってはいないのだけれど」


「???」


龍太郎は混乱した。

同級生なわけがない。大人びて見える彼女はどうみても先輩っぽい。やや芝居がかった口調からも同級生ではないと推測できる。

ましてや新入生が入学式当日にこんな所まで来るわけがない。

前日までに校舎の構造、トイレの数、最も使われていないだろうトイレの場所を調べ上げていたのは自分以外いないという確信を龍太郎は持っていた。


「ち、違うんですか?」


「ああ、違う。私もキミと同じなのだよ」


「俺と同じ??? えっ、……まさか、――う、うんこですか????」


「き、キミねぇ!!! 女の子であるわたしに対して『うんこですか?』はないだろう!!! よしんば性別を抜きにしても初対面の人物にその言葉選びはどうかと思うのだが!!!」


「ご、ごめんなさい! 間違えました! お、大きい方でいらっしゃいましたでしょうか!?!?」


「うん、わかった。キミが相当つらい戦いをしてきたことはわかったから、一旦その小学生男児並みの思考から戻ってきてくれ」


龍太郎は混乱していた。


「それで……同じっていうのは?」


「キミと同じ、新入生って意味だ。わたしの名前は夏目こころ。――あだ名はまだ無い。よろしく、少年」


そう言い放ち翻った彼女のスカートと黒いタイツの間にはトイレットペーパーが巻き込まれていた。

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