ダンジョンマスターはフェンリルくんとのスローライフをご希望です
ゆるり
もふもふダンジョンの作り方
ダンジョン公開前(1日目)
第1話 ダンジョン生活のはじまり
——魂の消滅か、ダンジョンマスターとして生きるか。
死んだと思ったすぐ後に、そんな二択を突きつけられて、魂の消滅を選ぶ人なんているのだろうか。
しかも、十カウント以内に決めなければ、消滅を選択したことにすると脅迫された状態で。
詳しい説明を求める余裕がないのだから、たいていの人は魂の消滅を避けることだろう。
——俺もそうしたんだから間違いない。
「……くっそ。神なんて名乗っちゃいたが、慈悲の心なんて欠片も持ってねーだろ、あのジジィ! 神が慈しみ深いなんて幻想だってか? 現実突きつけんなよ、クソヤロー!」
頭の中に大量の情報が注ぎ込まれて吐き気がする。ダンジョンマスターとして必要な知識なんだろうけど、外付けの記憶媒体に入れて渡してくれよ。本でもいいから。
こんなに脳が酷使されたことなんて、これまで経験したことない。頭痛がひどい。
——なんでこんなことになったのか。これまでのことを軽く振り返る。
俺——
その次の瞬間には、神と名乗るジジィによって〈魂の消滅〉か〈ダンジョンマスターになる〉かの選択を突きつけられたんだ。今改めて考えても意味がわからない。
他の世界から神直々にリクルートしなきゃいけないくらい、ダンジョンマスターのなり手が少ないのかね? 神様界隈も世知辛いな。
そんな神様の事情はさておき。
突然の状況に混乱したまま、俺は咄嗟に魂の消滅を回避した。消滅って、なんか怖いだろ。
そして今、俺はダンジョンという場所に放り込まれたわけだ。頭が壊れそうなほどの量の情報と共に。
——ここは日本がある世界とは異なる場所らしい。つまり俺は異世界転生したってことだ。
死んだ記憶をはっきりと持ってるから、転移したわけじゃないはず。俺が俺であるという認識は欠片も揺らいでないけど。
ジジィ(神?)が強制的に注ぎ込んできた情報によると、今の俺は魂をそのままに肉体を異世界仕様に再構築した感じらしい。想像するとなんかキモい。
見た感じ、体は佐伯流星の時とあんまり変わってないと思う。全身が黒いローブで覆われてる上に、視界の半分が欠けるくらい深々とフードをかぶってるという、大変怪しげな格好だけど。
なぜかこの格好がやけに落ち着く感じがするんだよなぁ。
とりあえず、後で顔を鏡で確認したい。
「……はー……受け止めきれてねーけど、俺、これからダンジョンマスターとして生きてくわけだよな?」
強制的に与えられた大量の情報で生じていた頭痛がようやく治まってきて、周囲を見渡す余裕ができた。
ここはダンジョンの初期状態らしい六畳ほどの真っ白な空間だ。
ダンジョンとは世界に無数に存在している、大量の魔物や宝を生み出している異空間のこと。
多くの人間がダンジョンを訪れ、魔物を倒し、そこにある宝を奪っているらしい。
その代わり、ダンジョンはやって来た人間から生気を奪い、それを
俺はダンジョンマスターとしてここに放り込まれ、ダンジョンを管理・発展させる役目を担わされることになった。
「今度会ったら、絶対文句言う……」
ジジィ(神?)に対して思うことはいろいろあるけど、ダンジョンマスターになってしまったからには、努力して生き抜くしかない。与えられた情報によれば、この世界はなかなか物騒な環境のようだから。
「ただの会社員にすげーことを求められても困るんだけどなぁ」
俺に与えられた使命は、ダンジョンを上手く運用することだ。
人間の敵になっても、味方になっても、どっちでも構わないらしい。
他のダンジョンは、人間の命を喰らい人間の国と完全に敵対している場所もあれば、人間の生活を支えるように宝として食料などを提供して友好的な関係を築いている場所もあるようだ。
どう発展させても良い、ダンジョンマスターにとって自由な場所。それがダンジョン。
でも、逃れられない制約がいくつかある。その一つは、ダンジョンマスターはダンジョンの外には出られない、ということ。
「こんなとこに一生引きこもり? 精神ヤバくなる予感しかしないんだけど」
病的なほどに白い空間を見て、頬が引き攣るのを感じる。
——早いとこ環境を変えよう。
そう強く決意して、早速作業を始めることにした。
ダンジョンマスターになることを選んでしまったからには、いつまでもウダウダと悩んで立ち止まっているわけにはいかない。
というのも、どうやら三日後には強制的に俺のダンジョンが世界に公開されてしまうようなのだ。
こんな小さな空間に攻め込まれたら、俺は即座に殺されてしまうだろう。
この世界、ダンジョンを消すためにダンジョンマスターを殺す人間がうじゃうじゃといるらしいのだ。殺伐とした世界だな、くそったれ。
ダンジョンとダンジョンマスターの命が一蓮托生ってのも最悪!
「あー、まずは空間をいくつか作り足そう。すぐに俺のとこまで来られたら困る」
幸いなことに、ダンジョンをある程度作り変えるDPは、最初から保有しているようだ。
これをジジィ(神?)の慈悲だなんて言うつもりはないぞ。あって当然の配慮だ。
頭の中でジジィ(神?)への文句を連ねながら、いつの間にか覚え込まされていたスキルを発動する。
「【ダンジョンクリエイト】」
俺がいる空間の他に、五つの空間を作った。それぞれが順に転移魔法陣によって繋がってる。俺がいる場所が最奥だ。
空間を切り離して独立させることはできない。入り口から最後の空間まで、必ず行き着けるようにしていなければならないらしい。
「くそったれなルールだよな……」
ジジィ(神?)は絶対的な安全地帯で寛いでるっていうのに、俺は必死に自分の命を守らなきゃならないのだ。
でも、ここで文句を言ったって状況は変わらない。気分を仕事モードに切り替えて、目の前にあるモニターに視線を向ける。
これはダンジョンマスター用の管理システムらしい。監視カメラのモニターのようなものだ。各空間を映し出している。
今はどこも初期状態の真っ白な空間だ。
「とりあえず、洞窟迷宮を設定しておこう。——【環境構築】」
入り口から一・二階層にあたる空間を洞窟に変える。この環境が一番DPの消費が少ないんだ。迷路もランダムに作成されてるから、俺が考えなくていいし。
「置く魔物は……後で考えよう。まずは相棒だな」
危険な外の世界から少し離れられたと思ったら、精神的な余裕が生まれた気がする。
ホッと息をついて、最奥の空間から一つ手前の空間へ転移魔法陣を使って向かった。
広々とした空間は、このダンジョンの最終ボスのために用意した場所。
最終ボスとは、ダンジョンマスターが運命を共にする相棒の魔物だ。
基本的に最終ボスはダンジョン内で最も強い魔物になる。最終ボスが殺されること=ダンジョンマスターの死と考えて、ほぼ間違ってない。それくらい重要な魔物なのだ。
どんな魔物が相棒になるかはわからない。
与えられた情報によれば、相棒はダンジョンマスターの性質に合わせて誕生するそうだ。半分くらい運が関与してるらしいけど。
「これが〈ボスの卵〉か」
いつの間にかポケットに入っていた卵を目の前に掲げる。
大きさは手におさまるほど。色は赤。
この卵に魔力を注ぐと魔物が誕生するのだ。
魔力の使い方は、大量の情報と共に覚え込まされている。だから、あとは卵を孵すだけ。
「んー……できたら、もふもふした子がいいな」
無意識の内に願望が漏れていた。
魔物の種類は多い。見た目も性質も千差万別だ。
最も強いのは
恐ろしすぎるだろ、この世界。普通の人間として転生しなくて良かった。
それはともかく、たいていの魔物はごつかったり、強面だったり、強そうな見た目だ。
でも、俺はもふもふで可愛い相棒がほしい。
俺、日本じゃ猫カフェの常連だったんだよ。もふもふは最高の癒やし!
本意じゃないダンジョンマスターをがんばるんだから、癒やされる相棒を望んだっていいだろ。ご褒美がほしい!
「もふもふーもふもふー……来い、もふもふ!」
呪文のように願望を呟き、卵に魔力を注ぐ。
どんな魔物が誕生しても大丈夫なように、この場はできるだけ広い空間にしてるけど、できたらあんまり大きすぎない方がいいなぁ。撫でやすいサイズ希望。
卵がふわりと浮き上がり、空間の中央へと移動した。そして、次第に大きくなっていく。
これは、それなりに大きな魔物が生まれそうだな……?
——ピシッ!
卵の殻にヒビが入る音がした。
次の瞬間には、強烈な光が放たれる。
「っ!?」
咄嗟に腕で光を遮り、目を瞑った。
光は十秒ほど辺りを照らしたかと思うと、唐突に消える。
恐る恐る目を開けて卵の状態を確認すると——
「……犬?」
赤みを帯びた白い毛の犬のような魔物がいた。
ちょっと間抜けなサモエドっぽい顔立ちで愛嬌がある。体高は俺の身長と同じくらい。
ダンジョンマスターの能力で鑑定してみると、
「——って、
イメージだけど、名前に神とついてるくらいだから間違ってないはず。
これほど強そうな魔物が相棒になるなんて、ドラゴンを引き当てるのと同じくらいラッキーだと思う。
『ピアチェーレ、カロ・パドローネ!』
「なんて??」
明るい声でなんか言われたけど、全く理解できなかった。なんか言語が違う気がするぞ?
しばらく
きょとんと首を傾げてるのが可愛い。
とりあえず……希望通りに可愛いもふもふを引き当てられたのは、ラッキーってことでいいよな……?(現実逃避)
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