すっぱみそ腐ったニシン星人の誕生

雑貨屋少女はカウンターにお茶セットを並べて飲んでいた。


彼女はしばしばこうやってお茶をしばきながら店 番をしていたりする。


何の変哲もないティータイム。


そんな時、ふくよかでリッチそうなマダムがやってきた。


「ほほっ。あなたがウワサのシエリアさん? まぁ、可愛いらしいお嬢さんだこと。わたくし、モッチモチと言いますの。今、お時間よろしくて?」


店主は慌ててお茶セットをかたした。


「それで、今度、私の誕生日たんじょうびにホームパーティーがありますの。そこで感謝かんしゃの気持をこめて、皆さんに″エルヴン・ティーとクッキーを用意よういしたいんですの。材料ざいりょう用意出来よういできて?」


これらの食材しょくざいはエルヴン・トレントというエルフを守護しゅごするからしか採れない。


そもそもトレントのえるエルフのさとさえどこにあるかわからないのである。


シエリアがうつむいているとマダムは語りだした。


「あら、無理ならしょうがないわ。別の茶葉ちゃばとお菓子かしにしましょ。大事なのは真心まごころだものね」


リッチメンの道楽どうらくかと思いきや、モッチモチ婦人ふじんの人のさがあらわれた。


「やります!! 私、エルフのお茶会ちゃかい用意よういしてきます!!」


シエリアは人情にんじょうにやられて反射的はんしゃてきにそう答えた。


無理とは言うものの、雑貨屋少女ざっかやしょうじょにはわずかながらがかりがあった。


少量しょうりょうだが、エルヴン・トレントのを持っていたのである。


だが、いざ確認かくにんするとどちらもお茶会ちゃかいを開くにはりょうが少なすぎた。


「うわわあぁぁ!! エルフのさとを探すなんて無理だよぉ!! どれだけ探検隊たんけんたいが探しても見つからなかったのに!! 期間きかんみじかいし、間に合うわけ無いって〜〜〜!!」


そんな時、彼女はあるウワサを思い出した。


エルフは同胞どうほうくさにおいに敏感びんかんらしいと。


「エルフ……エルフの森風もりふう!!」


すぐに彼女はキッチンへ走った。


そして、冷蔵庫れいぞうこから大好物だいこうぶつ高級氷菓こうきゅうひょうか″エリキシーゼ″を取り出してきた。


限定品げんていひんの″エルフの森風もりふう″フレーバーだ。


小さななべにアイスとエルフの素材そざいほうんで、これらをくつくつ煮込にこんだのだ。


すると若草色わかくさいろに光る不思議不思議なシロップが出来た。


次の瞬間しゅんかん雑貨屋ざっかやかいがわかべにひずみのようなものが出現しゅつげんしていた。


「これ、もしかして……シロップにつられて? エルフの森につながってるの!?」


彼女は勇気ゆうきを出してかべに手をんだが、はじかれてしまった。


多分たぶんにおい″がたりないんだ!!」


彼女は″くさや″を持ち、再びんだが、またもやきっかえされた。


おくの手とばかりにシエリアはシュールストレミングを取り出してきた。


滅茶苦茶めちゃくちゃくさいニシンの缶詰かんづめだ。


それでもクランドールではそれなりに人気があったりする。


おくでシエリアはまれた先でかんを開けた。


気づくと彼女は見たこともない不思議ふしぎな森にまよんでいた。


あたりを見回みまわすと男女混だんじょまじったわかいエルフにかこまれていた。


「お前くさすぎるだろ」


においに敏感びんかんつったってやりすぎだナー」


「まぁあの缶詰かんづめは悪くなかったけどね〜」


もっとも若いのは容姿ようしだけで、彼らの実年齢じつねんれいは全くわからなかったが。


そしておくから長いヒゲを生やして、いかにも長老ちょうろうと言った感じののエルフがやってきた。


彼は落ち着いた口調くちょうかたりだした。


「ようこそわかき人の子よ。目的はわかっておる。おんしら、エルフの食材しょくざいがほしいんじゃな?」


シエリアはコクリとうなづいた。すべてお見通みとおしというわけである。


「それはワシらも同じでの。人間界にんげんかい食材しょくざいしいと常日頃つねひごろ、おもっておるのじゃ。どうじゃ、ここはひとつ、トレードといかんかね?」


一体、何を要求ようきゅうされるのだろうか、少女が不安に思っていると意外いがいこたえが帰ってきた。


「……お味噌ミソじゃ。これは我々われわれ逆立さかだちしても作ることは出来んのじゃよ。あ、あと梅干うめぼしもわけてくれい」


そのたのみにこたえて、シエリアは店から取ってきた味噌みそ梅干うめぼしをわたした。


意外いがいとエルフってしっぶいんだなぁ……)


その代わりにエルヴン・トレントの食材しょくざいもらうことができた。


だが、長老はしぶい顔をした。


「人の子よ。我々はたがいの均衡きんこう維持いじするため過干渉かかんしょうを良しとしない。もうわけないが、すぐに元の場所へ戻ってほしい」


気づくと彼女は店の前に立ちくしていた。


くとかべのひずみは消えていた。


今まで体験したことはまるでゆめのようだった。


だが、手には確かにトレントの食材しょくざいの入ったバゲットがにぎらされていた。


ともかく無事に目当ての物を手に入れた少女は依頼人クライアント材料ざいりょうとどけることに成功した。


っぱは普通の茶葉ちゃばと同じに。こまかくきざんでドライフルーツにしてからクッキーの生地きじぜて焼いてください」


婦人ふじんはそれらを受け取ると、ふくりげににっこりと笑った。


「さすが。エルヴン食材の入手をやってのけるなんて。ウワサどおり一流いちりゅう腕前うでまえね……」


めずらしくべためされた。それだけエルブ関連かんれん依頼いらいむずかしいのだ。


そのぶん、報酬ほうしゅうはかなりはずんだ。


他の依頼いらいの3倍くらいの価値のあるコインを手渡てわたしてくれたのである。


やはり価値が分かる人には分かるのだ。


流石さすがにシエリアもこれにはかれざるを得なかった。


「ふんふふ〜ん♪ ディナーはな〜にをたのもかな〜♪」


こうしてシエリアはかえりがけに大衆食堂たいしゅうしょくどう釜亭がまていった。


そして奮発ふんぱつして豪華ごうか海鮮かいせんパスタ、ノーブル・ペスカトーレに舌鼓したづつみをうってから帰宅かたくした。


次の日の朝、なにやら通りが騒々そうぞうしくなった。


公園にエルヴン・トレントが現れたというのだ。


おそらく巻き込まれてこちらまで来てしまったのだろう。


あたりには探検隊が集まってきていた。


「な、なんだこれは……」


樹には茶色いリンゴほどの実と、さくらんぼくらいの実がつづなりになっていたのだ。


探検隊が実を採取しておそるおそる口にした。


「味噌のような味、風味!! そして、こっちは……すっぱ!! 梅干しじゃないか!! し、新発見!! 新発見だぞォ!!」


野次馬たちはざわざわとざわめいた。


その時だった。物凄ものすご悪臭あくしゅうを放ち始めた。


それはまさに死ぬほど臭い腐ったニシン、あの缶詰そのものだった。


これをいだ野次馬やじうまたちは一目散に逃げ出した。


シエリアははなをつまみながらトレントに声をかけた。


「ふぅ。きっと町外れまで行ければ長老さんがひろってくれるよ。もう迷わないでね」


雑貨屋少女が樹の幹をなでるとトレントは葉をザザザっと鳴らした。


同時にもよす″香り″をらしていった、


翌日よくじつの朝、シエリアは新聞を見ていてブラシをき出した。


「エルフはトレントの葉と実から構成されると考えられていた。だが、昨日、味噌と梅干しをつけたトレントが発見された。さらにシュールストレミングの臭いも確認された。つまるところエルフとは実はくさったニシンと味噌みそ梅干うめぼしで出来ているのだ――セポール大学 エルフ研究室 フィリップス名誉教授――」


こうして人々の間にこの説はガッチリ定着ていちゃくしてしまったのだった。




ゆめみたいでしたが、エルフさんとれ合えたのは良かったです。


うんが良ければきっとまた会えるんじゃないですかね。そんな気がします。


でも、どうしましょう。


エルフさんがすっぱみそ腐ったニシン星人せいじんになってしまいました!!


え? いくらなんでもボロクソ言い過ぎですか?


……というお話でした。

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