倍返しだあああァァァーーーッ!!

人はだれしもイメージとはことなった特技とくぎなどを持っていたりするものである。


シエリアもれいれず、難題請負人なんだいうけおいにんとは別にある能力を持ち合わせていた。


もっともそれは能力と言うよりは趣味趣向しゅみしゅこうに近いものなのだが。


今日も深刻しんこくなやみを抱えた依頼人クライアントがやってきた。


「シエリアちゃん!! 助けてくれ!! ″酒蔵荒さかぐらあらし″……″バーハンター″が出たんだよ!! なんとかしてくれよォ!!」


バーハンターとは酒蔵さかぐらやバーをねらってやってきて、酒類さけるいかたぱしから飲みくす悪質な客の事だ。


律儀りちぎ代金だいきんはらっていくので、犯罪者はんざいしゃではないのだが酒店さけてんとしては営業妨害以外えいぎょうぼうがいいがい何者なにものでもない。


酒店さけてんどころか、市街しがいへの供給もとどこおることになる。


法にひっかかるギリギリのところをいてくるところがまた厄介極やっかいきわまりない。


その″バーハンター″がセポールにもやってきたらしい。


今頃いまごろ、アルコールをあつかう店はみな戦々恐々せんせんきょうきょうとしていることだろう。


とりあえず雑貨屋少女ざっかやしょうじょは問題の人物に会いに行ってみることにした。


″バー・マノス″


シエリアと呼びに来た男性が酒場さかばに入ると、とんでもない惨状さんじょうが目に入った。


いつぶれた人達がバーのゆかにところせましとたおんでいたのだ。


「ひどい……」


そんな中、堂々どうどう椅子いすに座って酒をちびちびやっている大男おおおとこがいた。


褐色かっしょくはだでその体格たいかく見合みあい、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうである。


フサフサの黒いドレッドヘアの隙間すきまからするど視線しせんのごいた。


「なんだこの小娘こむすめは。ここは酒場バーだぞ? ミルクでも飲んで帰りな」


男は親指おやゆびでピンとコインをはじいてシエリアにわたした。


雑貨屋少女ざっかやしょうじょはそれをキャッチして受け取ると大男おおおとこを見つめた。


「あなた、名前は?」


漆黒しっこくのドレッドヘアをゆらして彼はつぶやくように言った。


「ミバワウだ……もっとも本名ほんみょうなんかとうに忘れたがな」


シエリアは彼をにらむように見つめるとビシッと相手あいてゆびさした。


酒飲さけのみ対決、私が受けます!!」


バーハンターはどこかに所属しょぞくしているわけではないが、ケジメというか暗黙あんもくおきてがあった。


飲み合いに負けた場合は3年のバーハントご法度はっとらしい。


ミバワウはロックのこおりをカラカラとらした。


冗談じょうだん大概たいがいにしろよ。俺にゃあ小娘こむすめの相手をしてるヒマはねぇ。そろそろおいとまするとするぜ……」


まった相手あいてにされていない。


このままではみすみす逃げられてしまうと思ったシエリアは大男おおおとこあおった。


「はは〜ん。さては私に負けるのがこわいんですねぇ?

こう見えて、私、一応いちおん17さいなんですよねぇ。結構けっこう、飲めるクチなんですけどねぇ?」


クランドール王国の飲酒解禁いんしゅかいきんは15歳であるからして、シエリアが酒を飲むにはなんら問題はない。


するとミバワウがピクリと動いた。


「おもしれぇ。そこまで言うなら飲み合いしようや。ただし、酒がけるまでは休ませてもらう。獅子ししはウサギをるのにもなんたらっていうからな」


ドレッドヘアはどっしりと重厚感じゅうこうかんのある体躯たいくを引きずるようにして酒場を出ていった。


翌日、広いバーであるマノスにてサシの飲み決闘けっとうが開かれることになった。


一般家庭いっぱんかていも含めて街中まちじゅうから残った酒類が集められた。


シエリアとミバワウは対面たいめん座席ざせきすわるとグラスをらして乾杯かんぱいした。


そして酒宴しゅえんは始まった。司会が解説かいせつを始めた。


「まずはランダムに街中まちじゅうの酒を選びました。弱いものが多いと思いますが、中には強烈きょうれつなのも混じってると思います。先に潰れたほうが負け!! では〜、ファイッ!!」


2人はちびちびとやりはじめた。


流石さすがに最初から一気飲いっきのみするような無茶むちゃはやらない。


かなり飲んだところでバーハンターはさとった。


(コイツ……目元めもと口元くちもとゆるみ、ほお紅潮こうちょうがみられねぇ。普通、これだけ飲んだら少なからず反応はんのうがあるはず!! ナメてかかるとられる!!)


あっという間に少女と大男は街中まちじゅうからセレクトした酒を飲み終わった。


その飲みっぷりを見てギャラリーは目を白黒しろくろさせた。司会しかいもだ。



次に運ばれてきた酒は先程さきほどの混ざったボトルではない。


出てきた酒は明らかに度数どすうね上がっている。


そして強烈きょうれつかおりが鼻につく。


「プルッシェ・ティッシエ。国内でトップに度数どすうが高いとされる通称″ヘヴンズ・アルコール″です。さすがにこれで飲み合いをしたら決着けっちゃくがつくでしょう」


褐色かっしょく大男おおおとこはニタリと笑った。


小娘こむすめとバカにしたのは悪かったな。だが、この勝負しょうぶ、もらった!!」


一方の少女はだまりこくったままである。


その直後、シエリアが再び飲み始めた。


「あはは。やっぱお酒って美味おいしいですね。楽しくなってきちゃったな」


バーハンターは勝利を確信した。


感情かんじょう高揚こうようしだした。ここからわら上戸じょうこ、または上戸じょうこ意識混濁いしきこんだくつながっていく。もらった!!)


ミバワウはペースをくずさずに着実たゃくじつにグラスを積んでいく。


見た目に反して彼はかなり計算高けいさんだかい男だった。


一方のシエリアはかなりのハイペースでんでいる。


「はーい!! おかわりくださ〜い!!」


だんだんグラスの数に差が開き始めた。


「あ、追加で。美味おいしいお酒だなぁ!!」


そうこうするうちにシエリアが1杯半ぱいはんくらいリードし始めたのである。


これには流石のバーハンターも焦燥感しょうそうかんおそわれてきた。


(このむすめ、もしかしてほとんどってないのか!? こいつぁおそろしく酒に強く、楽しんで飲み続けるやつだ!! とんでもねぇ″うわばみ″じゃねぇか!!)


そう。シエリアの意外いがい特技とくぎ、それは大酒飲おおざけのみだったのである。


普段は店の運営うんえいひびくのであまり飲まないが、無類むるいの酒好きである。


正直しょうじきなところ、今日は酒が飲めるからやってきたフシもある。


ただ、本人には酒が強いという自覚じかくまったく無かった。


そのため、今回の依頼いらいは達成できるかあやしいところだったが、思わぬ特技とくぎがここで生きてきた。


彼女をたよった酒蔵さかぐら人達ひとたちの見る目も勝利をたすけることになった。


気づくとミバワウにグラス3杯分はいぶんの差をつけてシエリアは圧勝あっしょうしていた。


ミバワウが弱いのではない、少女が強すぎるのだ。


「ふぐぅッ!!」


必死に追撃ついげきしようとした大男おおおとこはつぶれてたおれ込んだ。


そのかたわらに立ったシエリアは親指おやゆびで受け取ったコインをはじいて彼に突き返した。


「はい。ミルク倍返しです!!」


そう言う彼女のひとみはシラフのそれだった。


こうしてバーハンターの騒動そうどう無事ぶじ一件落着いっけんらくちゃくした。


今回こんかい無事ぶじ難題なんだいを達成できたとシエリアは達成感たっせいかんに浸っていた。


やがて店先みせさきにぎやかになった。子どもたちがやってきたのである。


彼ら彼女らはコインをはじきながら何やらさわいでいた。


「ミルクでも飲んで帰りな!!」


「ミルク倍返ばいがえしです!!」


彼ら彼女らはそう言いながら走り回るとシエリアにもコインをはじいてきた。


どこから伝わったのか、子どもの間でこのコインはじきが流行はやっているという。


「ミルクでも飲んで帰りな!!」


そうこうするうちに彼の母親がやってきた。


「こら、失礼でしょ!!」


頭をはたかれる少年を見てシエリアは思わず苦笑にがわらいするのだった。



ミバワウさんはとてつもない酒豪しゅごうで、かすには大変な相手でした。


皆は圧勝だったと言うんですが、そんなことはなかったと思います。


それはそうとミルク倍返ばいがえしはちょっとずかしいかなぁ……というお話でした。

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