潮騒のサラリウム

雑貨屋の店主はプランターでささやかな家庭菜園かていさいえんを楽しんでいた。


それが呼びよせたのか、今回は畑の依頼だった。


麦わら帽子ぼうしをかぶったシエリアと同年代の娘がやってきた。


「私、マリエって言います。あなたのことを聞いてきて。畑のお野菜で困ってるの」


シエリアは農業の専門家ではないものの、農機具のうきぐを取り扱っている都合上つごうじょう、それなりに知識があった。


「そのですね、お野菜、いえ、果物まですごくしょっぱくなってしまうんです」


あまり聞かないケースである。


とりあえず、現場を見てみないと始まらない。


シエリアはマリエの農園に向かった。


小ぶりではあるが、手塩てしおにかけて育てられたのがわかる畑だ。


そこには不機嫌ふきげんそうな老婆ろうばむえをついていた。


「なんだい。この小娘こむすめは? こんなちんちくりんに頼るほどモウロクしちゃいないよ!!」


「まぁまぁ、ニッキおばあちゃん、そんなこといわないの」


やりとりからするに血のつながった祖母そぼまごのようだ。


トラブル・ブレイカーをやっている以上、たまにこういう当たりの強い依頼人クライアントは居る。


だが、そんな人達を満足させるのもシエリアにとっては仕事のかてだったりするのだ。


雑貨屋少女ざっかやしょうじょはまず畑をながめたが、これといって異常は見られない。


「う〜ん、野菜や果物を味見してもいいですか?」


マリエは不安そうにうなづき、ニッキはそっぽをむいた。


「では、まず、このバニラ・コーンを……」


シエリアは初手しょてから激甘品種げきあまひんしゅのトウモロコシを選んだ。


くきからもぎって皮をき、がぶりとかじった。


「うッ!!」


まるで海の水をモロに飲んだ時のようなが走った。


「うっ、うぇッ……失敬しっけい……」


しょっぱいとかいうレベルではない。尋常じんじょうでない塩分濃度えんぶんのうどだ。


その後、他の作物さくもつを食べてみたがどれも壊滅的かいめつてきな味である。


とてもではないが、売り物にはならない。


これは困って依頼を出すのも無理はなかった。


無言むごんやぶってニッキが声を荒げた。


「見てみぃ!! この畑にはな、怨念おんねんが取り付いておる!! 不吉ふきつじゃからやめとけいうたんよ!!」


聞き捨てならないワードが出てきた。


思わずシエリアは聞き返した。


怨念おんねん?」


なぜだか孫のマリエはその言葉をさえぎった。


「もう!! おばあちゃん!! 怨念おんねんなんていないって言ってるでしょ!!」


なんだか事情がありそうだ。


ニッキは夜中、畑に異変いへんが起こるというが、マリエはそんなもの一度も見たことがないという。


それどころか誰が見に行ってもそれらしいものは見かけられず、老婆ろうばのモウロクあつかいとなっているようだった。


試しに張り込みをしてみようと言うことで、シエリアと祖母そぼまごのつきっきりで畑を観察してみた。


だが、まったくそれらしい怪奇現象かいきげんしょうは起こらなかった。


ニッキが全くのデタラメを言っているとは思いたくなかったし、それしか手がかりがなかった。


シエリアがにっちもさっちもいかなくなって、カウンターで頬杖ほおづえをついていると怪しげな商人がやってきた。


「ヘヘッ!! 毎度まいど霊媒園れいばいえんでござい。シエリアさん、景気けいきはいかかですか?」


彼は怪しげな霊媒れいばいグッズを売っている商人である。


こういったたぐいのものも需要があるので、詐欺さぎまがいのものははじいて入荷にゅうかすることもある。


「売れすじとかありますか?」


そういいながら商人はかばんの中身を広げだした。


「ヒッヒッヒ。最近は除霊じょれいグッズが流行はやってまして。このおきよめの塩なんて怨念おんねんはらうってウリでしてね。っていっても元はただの塩ですからね。いやそりゃもうバカもうけ……」


シエリアは身を乗り出した。


「この塩、全部ください!!」


そしてその夜、畑には雑貨屋少女ざっかやしょうじょ依頼者クライアントが集まった。


「おばあさん、あなた、怨念おんねんはらう時に塩をきましたね?」


ニッキは不機嫌ふきげんそうだ。


「あぁそうだよ!! でも一向に消えないからヤケになってさ!!」


するとシエリアは手に持った塩をパサリと畑にいた。


「当たり前ですけど、このくらいでは野菜はしょっぱくなりませんからね? ほっ!!」


さらに粉をくと畑中から青白あおじろい火の玉のようなものが無数に浮き出してきた。


「うひゃあ!! 出たね!! 消えな!! 消えな!!」


必死に老婆ろうばはおきよめの塩をぶつけまくった。


「待ってください!! この子たち、おばあさんのこと、好きみたいですよ。私達の前では現れなかったですし」


人魂ひとだまはふわふわとあたりをただよった。


「この子達は″サラリウム″っていう妖精フェアリーなんです。海がないと生きていけなくて塩が大好きなんです。もしかして、最初はこんなにいっぱい居なかったんじゃないですか?」


老婆ろうばまゆをしかめた。


「畑にふわふわと小さな鬼火おにびが見えたから追い払ってやろうと……」


シエリアはニッコリと笑った。


「おばあさんのおかけで命を繋いだんですよ。他の人の前ではこわがってでてこれなかったみたいで。ちなみに塩に海のエキスを加えると活性化かっせいかするので今は見えてるんです」


しお妖精フェアリーたちは美しくキラリキラリと輝いた。


とてもうれしそうにふわふわと上下している。


「あんたら……。悪かったねぇ。怨念おんねんなんて言って。すまんかったよぉ。知らんばかりになぁ。もっと優しくしてやってよかったんにな」


ニッキはいとおしげに妖精フェアリーを見つめたが、シエリアは腕を出してそれを止めた。


「今回は素敵すてきなめぐり合わせの結果で、誰が悪かったというわけではありません。ただ、どうしてもその場は塩の属性ぞくせいが強くなってしまいます。このままではお互いに良い影響がないですからね。海にかえしてあげましょう」


するとシエリアは信号弾しんごうだんを打ち上げた。


それは波打なみうぎわの音をひびかせながら潮風しおさいを求めて遠くへと飛んでいった。


気づくと妖精フェアリーはそれにみちびかれて海へとかえっていった。


こうして依頼人クライアントの畑の異常は解消され、元通り本来の作物さくもつの味を取り戻した。


孫のマリエも祖母のニッキにも笑顔が戻った。


散々な言われようだった老婆ろうば誤解ごかいが解けて別人のようににこやかになった。


「あんたにゃ、悪かったよ。小娘こむすめなんてあなどってさ。さすがのナンデモ屋さんさね!!」


トラブル・ブレイカーは微笑ほほえみを返してあたたかく握手あくしゅを交わした。


それ以降、味をしめた霊媒商人れいばいしょうにんがよく顔を出すようになった。


実際、売り物の8割くらいは弾いているのだが、この間のきよめの塩でだいぶ荒稼あらかせぎしたらしい。


そのほとんどをシエリアが買い占めてしまった形になる。


流石さすがにおはらいグッズを食用の塩として売るわけにもいかず、少女はこれを持てあましていた。


霊媒れいばいグッズを買って、除霊じょれいの依頼でもやろうかと思った。


が、きっと望んでいなくてもそれはやってくるのでくさいものにはふたをした。



無事に畑の問題を解決することが出来ました。


″サラリウム″なんて久しぶりに見ましたよ。


それにしても夢中だったとはいえ、なんであんなに大量の塩を買ってしまったんでしょうか?


きっと塩の怨念おんねんがおんねん……というお話でした。

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