石野山西小学校ガイコツ探偵団の愉怪な夜

九戯諒

真夜中の会議室

 石野山西小学校会議室。夜間、誰もいないはずのこの部屋で、カチッ、カチッ———という硬い物同士をぶつけたような音が良く響いていた。カチッ、カチッ———カチッ、カチッ———カチッ、カチッ———規則的に鳴り続けるその音は、夜の小学校を支配する不気味な静寂に終わりを告げる。

 「さて、皆さん、本日もお集まりいただき、誠にありがとうございます!」

 張りのある紳士的な声が、暗い会議室内に良く響く。当然、明かりはついていない。暗順応していなければ、シルエットさえ分からない暗さである。

 雲間から満月が顔を出した。月明かりに照らされ、会議室内の全貌が露になる。

 「おや、今日は満月ですか。美しさが骨に沁みるようです……おっと、皆さんに告白をしているわけではありませんよ、念のため」

 理科室の人体骨格模型、通称ガイコツ先生(一部では骨助ほねすけとも呼ばれている)はカチカチと音を鳴らしながら、軽口を叩いた。そうして出席者を一通り見まわしてから満足そうに頷くと、ガイコツ探偵団夜の定例会議の開催を高らかに宣言する。


 ここで、一部有識者の皆さんは、不思議に思われるかもしれない。

 『人体骨格模型って、声帯ないよね? え、どうやって声出してるの?』と。

 だが、それは愚問である。特別の霊力を有している我々は、人知をとうに超越しているのだ。また、石野山西小学校で起きている数々の夜の珍事を一度でも目にしたらば、声帯の無い人体骨格模型がどうやって声を出しているのかなどということは、途端に重箱の隅に追いやられてしまうに違いない。


 ガイコツ先生は、ガイコツ探偵団の団長である。これには、いくつかの理由がある。

 第一に、ガイコツ先生が石野山西小学校の一番の古株であるということ。

 第二に、理科室の数多ある骨格模型をすべからく統率しているということ。

 第三に、極めて紳士的であり、他の団員の支持がとても厚いということ。


 「さて、埴輪先生、先ずは昨晩の報告をお願いします」

 「はい~」

 机の上に乗っていた古墳時代の埴輪の模型、通称埴輪先生がふわりと宙に浮き上がった。埴輪先生は一見すると変なポーズをしていて、顔も面白く、愛嬌もあり、石野山西小学校の児童たちの人気者であるのだが、。児童も、教師も、用務員も、教頭も、校長も、長年にわたり誰もが模型だと思い続けている埴輪は、実は模型ではない。

 江戸に徳川家康が幕府を開くより、室町に足利尊氏が幕府を開くより、鎌倉に源頼朝が幕府を開くよりも、さらにずっとずーっと大昔、埴輪先生は古墳時代に誕生した。本人も正確な年齢は分からないらしいが、だいたい1500歳くらいだろう。そのため、埴輪先生の霊力はもはや尋常ではなく、ひとたび埴輪先生が本気を出せば、たぶん夏に雪を降らせるくらいのことは朝飯前である。


 「昨日は、飼育小屋の白兎が脱走していたので、小屋に戻しておきました~。あと、中庭の池の排水口に枯れ葉が溜まって、流れが悪くなっていたので、ドグー君と一緒に掃除しておきました~」

 縄文時代の土偶の模型、通称ドグー君もふわりと浮き上がった。ちなみに、ドグー君は元々はただの模型であったが、同族だと勘違いした埴輪先生が自らの霊力を分け与えたことで、こうして浮き上がることができる。だが、人間の言葉を話せるほどの霊力は無いため、いつも埴輪先生の後に付いて行動を共にしている。

 「おお、それはそれは! 埴輪先生、ドグー君、ありがとうございました」

 「いえいえ~」

 埴輪先生が机の上に乗ると、ドグー君もそれに倣った。

 「さて、それでは、他に何か報告のある方はいらっしゃいますか?」

 私は、そっと挙手をした。

 「おや? 金さん、何かありましたか?」

 私は金さんと呼ばれている、玄関前の二宮金次郎像である。石の薪を背負っているため基本的に校内の見回りに参加することは無く、書記として会議室と台座前を行き来するばかりであるが、この日は珍しく挙手をした。そのため、ガイコツ先生も意外に思ったのだろう。

 「五年二組の三島春斗君のことなんですが、彼、このところひどく元気がないんです」

 「いつも元気に走り回っている彼が……そうですか、それは気になりますね」

 ガイコツ先生は末節骨まっせつこつから基節骨きせつこつ(手指の先から根元まで)の骨を曲げると、オトガイ隆起(下あごの先当たり)にコツンとぶつけた。そうしてしばしの間、黙りこくる。ガイコツ先生は、昔から大英帝国の探偵に深く心酔していた。

 「……ふむ、ジンタイ君、君はどう思いますか?」

 ガイコツ先生の呼びかけに、理科室の人体模型、通称ジンタイ君が重い腰を上げた。

 「どう思うも何も、全く情報が無いじゃないか。安易に無責任な推理をするより、ここは一つ、三島君の情報を徹底的に集めるべきだね」

 「……な、なるほど! 流石は、ジンタイ君です!」

 悲しいことに、ガイコツ先生には、たった1グラムの脳みそさえ無い。だから、ガイコツ先生が探偵らしく振舞ったところで、実際は脳みそがタップリあって、色々と物事を深く考えることのできるジンタイ君がいつも主導権を握る。ガイコツ先生はジンタイ君を助手と思っている節があるが、ジンタイ君を含め、誰も何も言わない。皆、ガイコツ先生のことが好きだからだ。


 そうして、この日のガイコツ探偵団の任務が決まった。

 『五年二組の三島春斗の情報を集め、彼がひどく落ち込んでいる真相を究明する!』

 ガイコツ先生が高らかに宣言すると、隊員たちはさっそく校内に散っていった。心なしか、埴輪先生もやる気十分のようだった。

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