こちら側
「コービン様、こちらがメイクーン王からアレクサンドラ様宛の親書です」
サノーから渡された親書はノイガー王国の紋章が描かれており、正式な書簡であった。
「ありがとうございます。多分読まないと思いますが一応アレクサンドラ様にお届けします」
「この後の晩餐会には出席しますか?」
「私は出席しますがアレクサンドラ様はおそらく出ないでしょう。親書を届ける時に確認します」
「では私は準備がありますので失礼します」
「はい、よろしくお願いします」
コービンは親書を持ちアレクサンドラの下へ向かった。
アレクサンドラは書庫にいた。
ソファに横たわるアレクサンドラの周りには山の様に本が積み重なっており、読んだら戻さずそのまま放置していた。使用人達も片付けて良いのか分からず手出しが出来ていない。
そうした事情から書庫の本の山は日に日に高くなっていった。
「コービンか。今日は城が騒がしいな」
「申し訳ございません。本日、ノイガー王国から使節団が来たのでその準備に城内慌ただしくなっております」
「ああ、そういえばそんな奴等が来ると言っていたな」
「城の人間には落ち着くよう強く言っておきます」
「そうしてくれ」
「それとこちらはノイガー王国のメイクーン・ノイガー・キリリキー王からの親書でございます」
コービンが渡さそうとするがアレクサンドラは手を伸ばさない。親書に全く興味が無かった。
「内容は?」
「アレクサンドラ様宛の親書なので許可なく内容は確認しておりません」
「読んでみろ」
コービンは親書を広げた。親書は巻かれていたのでどれ程の長さか分からなかったが、封を解くとその驚くべき長さが露わになった。
これにはアレクサンドラも驚いた。
「はい、えー、天と地を支配する赤竜、アレクサンドラ陛下におかれましては、この度アレキサンドライト王国の建国を心から祝い……」
「待て」
アレクサンドラはコービンを止めた。
「はい、どういたしました?」
「随分長い紙だな。いつまで続くのだ?要約して話せ」
「はい、かしこまりました。少々お待ち下さい。えっと建国を祝う事とこれから国交を回復して国同士の交流をしようといった内容です」
コービンは急いで親書を読み、丁寧な挨拶を諸々省いて要約した。
こんなにも長く書いてくれたのメイクーン王にコービンは申し訳なくなった。
「その程度の事を描くのにそんなに長々書くのか?」
「アレクサンドラ様に失礼のないように非常に丁寧に丁寧に書いております。ノイガー王からの心遣いでございます」
「分かった」
「返事はアレクサンドラ様がお書きになりますか?」
どうせ断ると思っているがコービンは一応アレクサンドラに聞いてみた。
答えは当然――
「面倒だ、任せる」
「承知しました。それとこの後使節団と晩餐会を行うのですが参加の方は?」
「いかぬ」
これも分かりきっていた事だ。なのでコービンは至って冷静だった。仮に行くと言ったらコービンは焦っていただろう。
「そう伝えておきます。晩餐会は迎賓館で行われるので騒がしくなる事はございませんのでご安心を」
「分かった」
「それでは失礼します」
アレクサンドラに深々と頭を下げたコービンは書庫を後にした。
その後コービンはサノーと会談の打ち合わせをした。
「アレクサンドラ様は晩餐会に出られません」
「まあ、そうでしょうね」
「私は書類が片付き次第迎賓館に向かいます」
「分かりました」
「それと何か向こうから不満や要望は出ていませんか?」
コービンは心配そうにサノーに聞いた。
「今のところは何も。友好的な態度です」
「この会談が失敗すればノイガー王国と戦争になるかもしれません。どうぞお願いします。何かあれば直ぐに私が頭を下げますので」
コービンは深々とサノーに頭を下げた。上司にこうも簡単に頭を下げられてはサノーも困ってしまう。
それにこの場を使節団に見られたらサノーはなんて説明をしたらいいのか分からなかった。
「何もそこまで、戦争が起きても我が国にはアレクサンドラ様がいますよ」
「また手を貸してくださるとは限りません。人間の問題は人間で解決しなければ。長年戦争をしてきた国同士の会談です。何が起きてもおかしくありません」
過剰に心配するコービンであったが不安というものは的中するものだ。
部屋の扉が叩かれる音がして振り向くとアイビーが焦った表情をして扉を開けていた。
「失礼します」
「どうしました?」
「食材を乗せた馬車が襲われました。おそらく会談を失敗させたいフーハイシティルの者かと」
アイビーの報告にコービンは膝から崩れ落ちた。そして額からおびただしい汗が流れ落ちている。
「そんな……」コービンは掠れるような声を出した。
放心状態のコービンを放っておいてサノーが状況確認をする。
「それで被害は?」
「隣村から届けられる筈だった野菜です。妨害する目的なのでその場で積荷が壊されました」
「ああ!新鮮な野菜を出そうとしたのが仇となってしまった!」
コービンは頭を抱えて絶望している。
「どうしますか?今からだと野菜の準備は間に合いません」
「晩餐会で出す品目を変える他ないだろう」
アイビーの質問にサノーが答えるとコービンがむくりと立ち上がった。
「私が直接村に行って新しい野菜を貰いに行きます」
「本気ですか、コービン様!晩餐会は?」
サノーが驚くのも無理はない。コービンの案はあまりにも常識はずれであった。
「私がいなくても問題ないでしょう。とにかく事を荒立てずに使節団に悟られないよう穏便にお願いします。それと使節団の方が好んで食べていた物を記録しておいてください!」
コービンはそれだけ指示して急いで出て行った。
正直この解決方法以外にもなんとかなるだろうがテンパった時に思いついた事などこんなものである。
召喚竜に乗り隣村までかっ飛ばして野菜を届けたコービンは心身の疲れからヘトヘトになって休んでいた。
「コービン様、お疲れ様でした」
「晩餐会はどうなりました?」
「何事もなく無事に終わりました」
「そうでした。それなら会談も成功しそうですね」
コービンは大きく息を吐き緊張から解き放たれた。少ない時間で召喚竜で飛び回った甲斐があった。
「それとコービン様から言われた通り使節団が好んで食べていた物を記録しております」
「ありがとうございます」
「ここまでやる必要はあるのですか?」
「とにかくこの国はお金がないので高価な贈り物は用意出来ません。その点食べ物ならそこまで値は張りません」
「処世術って奴ですか?」
「そんな所です、とにかく向こうの機嫌をとらなくては。帰国の前に準備しなければ」
「会談と言うより接待だな、これは」
サノーは呆れながらポツリと呟いた。
「使節団からコービン様宛にと贈答品を預かっております」
「何で私に!」
コービンは自分への贈り物は想定外であった。
生まれてこの方贈り物を贈った事はあるが貰った事などほとんどなかったからだ。
「この国ではアレクサンドラに次いで権力を持っていますからね」
サノーは淡々と答えたがコービンは慌てて頭に入ってこない。
「これではこちらからの贈り物と価値が釣り合わなくなります。こちらからも他に何か贈らなければ……そうだ!ノイガー陛下は書物を好んで集めていると聞きます。こちらからは書物を献上しましょう」
「この国にそんな価値のある本があるのですか?」
「竜の宝物殿に本がありました。ヘツラウェル商会でも査定済みです」
「宝物殿の財宝を渡していいのですか!」
「アレクサンドラは好きにしろと言っていました。それにこの国は本よりまず食糧が必要です」
「流石に学術的に問題では?」
「それなら写本は済んでいます。今この国に戦争をしている余裕は無いのでとにかくご機嫌をとって友好関係を築きましょう」
「……分かりました」
コービンの勢いに圧倒されたサノーはもう何も言えなかった。
「直ぐに持ってきます」
この様な雑務は部下がやるものだがコービンは自ら動いた。
コービンは厳重に管理されている宝物庫を開けて、幾つかの本を手に取り贈る物を選んだ。
そしてその中で古臭い書物を一つ選んだ。
「この歴史書にしよう。これを渡せば二つの国は元は一つ、争わず仲良く出来ると伝えられる筈だ!」
コービンは自身が接待された事が一度もなかったので相手の意図が全く分からなかった。
そして自身がどの様に見られているのかを全く理解していなかった。
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