赤竜

入り口からしばらく歩くと大きな空間に出た。そこには真っ赤な鱗の巨大な竜が我が物顔で横たわっていた。

 竜は顔を上げてコービンを睨みつけた。コービンはそれだけで怖くて気を失いそうになる。

 コービンは震える声で竜に挨拶をした。

「偉大なる赤竜様にお目通しでき恐悦至極でございます!改めまして私、フーハイシティル王国の宰相秘書官として勤めているコービン・ヘツラウェルと申します」

「それはさっき聞いた。用件を言え」

「これは申し訳ありません。私、フーハイシティル国王からの命でこちらに参上した次第でございまして。もし宜しければ赤竜様がお持ちの財宝を少しばかり融通して頂く事は出来ないかと……」

「何故そんな事を我がしないといけない」

「それはもっともの意見でございます。私のような人間が赤竜様にお願いしようなど身の程知らずもいいとこでございます。ええ、それは十分、十分に分かっております。赤竜様の偉大さは王国中知らぬ者はおりません。その王国の人間が今、命の危機に瀕しておりまして、明日食うパンも無いのです。なので赤竜様の御慈悲で財宝を……お譲りとはまでは言いません!お借りする事は叶わないでしようか?」

 コービンは腰を低くしながら必死で竜を説得した。コービンの言葉を聞いた竜は少し黙ったが、その鋭い牙がある口を開いた。

「ふっ、良く口が回る男だ。ここに来た者は話をせずに斬りかかる愚か者か震えて口が聞けなくなった臆病者ばかりだった」

 竜が顔を向けた方には剣やら鎧やらが散乱しておりバラバラになった骨が山となっていた。

 その骨の山を見てコービンはまた震え上がった。

「私も赤竜様の圧倒的な風格に押されて足が震えております。今は立っているのがやっとでございます」

「まあ、財宝を渡す事は別に構わん。元々我には興味の無い物だからな。ただ、何もせずに渡すのはちっとつまらんな……」

 竜が何か言う前にコービンは口を挟んだ。何か悪い予感がしたからだ。コービンは何か無理難題を吹っ掛けられる前に先手を打つことにした。

「それでしたら少々お待ち下さい!私赤竜様の為に貢物を持参しました!入り口に停めてある馬車にありますので直ぐに持って参ります!」

 コービンは急いで入り口に戻り持てるだけ貢物を持って赤竜の前に戻ってきた。

 敷物を床に敷き、折り畳みのテーブルをそこに置き、貢物を並べた。

「ほう?その果実中々いい匂いがするな」

「流石赤竜様!こちらここから遥か南国から取り寄せた異国の果実でございます。寝かせて熟成させるとこの様な甘い匂いを放ち、さらに硬い皮を開けると芳醇な香りがする珍しい果実でございます。香りだけではなく、味も大変甘く後味もスッキリとした品でございます」

「ほう?どれ食べてみるか」

 そう言うと赤竜の身体の周りを突然赤い炎が包んだ。炎は次第に小さくなり、炎が消えるとそこには長身の女性が立っていた。

 真っ赤な髪は地面まで着きそうな程伸びており、黒のタイトドレスは女性のグラマラスなプロポーションを際立たせていた。瞳は竜と同じく緑色をしており、その美しさに吸い込まそうになる。

「この姿も何百年振りか」

「何とお美しい!まさか赤竜様にその様な一面があるとは私知りませんでした。凛々しく美しくこの様なお方、私生きていてお会いした事は一度もありません!」

「お世辞はいい、早く果実をよこせ」

「はい、失礼しました。こちらでございます」

 コービンは果実を皿に乗せて、匙を添えて赤竜に差し出した。赤竜は匙で果実の身を掬うとそれを食し味を堪能した。

「ふむ、中々いい味だ。他に何かないのか?」

「こちらの赤ワイン等如何でしょうか?赤竜様と比べてしまうと霞んでしまいますがこちらも綺麗な赤色をしております」

 コービンは赤竜が何か言う前に既にワインを出して準備していた。

「そちらもいい匂いだな」

「赤ワインに合わせてチーズと干し肉もあります」

「干し肉なんぞ美味いのか?」

「赤竜様のお口合うかは分かりませんがこちらも拘りの一品でございます。ただ保存食では無く、赤ワインと一緒に食す為だけに特別に作られた品でございます。気が進むようでしたどうぞ一口」

「確かにこのワインと合うな。チーズも中々の代物だ。それに杯のガラス細工も気に入った」

「流石赤竜様、お目が高い。そちらの杯は今は亡き名工が作った世界に数える程しかない傑作でございます。それを一目で見抜くとは恐れ入りました」

「口が上手いな、中々乗してくれるじゃないか?コービンとやら」

「乗せるなんてそんな、品々の説明は全て嘘偽りありませ。そして私の言葉は本心でございます」

「今はそういう事にしておこう」

 その後もコービンの過剰な胡麻擦りは続いた。コービンは生きるのに必死であった。

「中々楽しませてもらったぞ」

「それはなによりでございます」

「今日はもう無いのか?」

「ええ、不徳の致すところ。馬車に積んできた貢物はそれらで全てでございます。ただこちらの商品目録をお持ちしました。何か気になる品があれば気兼ねなく仰って下さい」

「お前は本当に準備がいいな」

「赤竜様の事を思えばこれくらい当然でございます」

 赤竜はパラパラと目録をめくっていく。

「今日の酒はどれも美味であった。ただ量が少ない。更にもってこい」

「心得ました。ではその酒に合うつまみもこちらでご用意します」

「うむ、任せたぞ。それとこの詩集とやらも持ってこい」

「詩も嗜まられるのですね。そちらの詩人チューヤラの全集をご用意します」

「他の物はまた後で決める。今はそれらを楽しみにしよう」

 赤竜の注文が一通り終わると遂にコービンは本題に切り込もうとした。コービンは恐る恐る赤竜に尋ねた。

「それでですね?あのー赤竜様……」

「そんな心配そうな顔をするな。財宝の事だろ?ここまでやらせて知らぬふりをする程小物ではないわ。ただもう少し我を楽しませてからだ。それと今日の代金を払おう」

「いえいえ、今日の品々は私からの貢物であります。代金は頂けません」

「ならさっき頼んだ物の代金を払おう。それらは我からの注文だからな」

 奥からフワフワと古代の金貨が飛んできた。それも注文の品より価値のある金貨である。

「赤竜様!これでは多すぎます」

「なに、我からのほんの気持ちだ。遠慮せず受け取れ」

 そう言われるとコービンはあっさり引き下がった。何度も固辞するのは逆に失礼にあたるからだ。

「ありがとうございます」

 この日、何とかコービンの命は助かった。最初から最後まで気の抜けない胡麻擦りであったが中々好感触でこの日を終えた。

 しかし赤竜の一言にコービンは焦った。

「明日も楽しみにしているぞ」

「はい!……明日?明日と言われましたか?」

「そうだが?」

「あの、ご注文の品を届ける為には一度王都に戻って用意しなければなりません。私達人間共は赤竜様の様な立派な翼を持たず、ここから馬を飛ばしても王都には三日程かかります。往復すると六日かかり、どうやっても明日中に参上する事は叶わないのです」

「ほう?」

 コービンは赤竜に土下座をした。誠心誠意謝ってこの場を収めるしかないと身体が勝手に動いたのだ。

「申し訳ありません!隣村まで商隊を組んで待機しておけばこの様な失態をしなかったのですが、全ては私の責任でございます。ですから何卒お命だけは」

「そう震え上がるな。翼がないのだな?ならこれをくれてやる」

 赤竜の指先が光ると地面に魔法陣が現れた。そしてその中から小型の竜が突如出現した。小形と言っても赤竜と比べてでおり、コービンよりだいぶ大きかった。

「それは我の魔法で生み出した召喚竜だ。お前が連れて行け。力も強く荷物運びには最適な奴だ」

 召喚竜が光ると小さな光の球になり、コービンの人差し指にくっついた。その光の球はコービンの人差し指で小さな指輪になった。

「これは……指輪ですか?」

「これでお前が願うといつでも召喚竜が出てくる。決して外すんじゃないぞ?」

「勿論でございます!赤竜様から直接賜った指輪を外すなどする訳がありません!明日必ず商品をお届けに上がります」

 最後までコービンは頭を下げて低姿勢のまま去って行った。

「面白い奴が来たな……遊び甲斐がある」

 一人になった宝物殿で赤竜は不敵にほくそ笑んだ。

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