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家の前につくと、父は私に、ひとりで入りなさい、と言った。お父さんは仕事に戻るから、と。私は頷いて、父が開けてくれた玄関のドアをくぐった。本当ならまだ、学校にいるはずの時間だった。私はこっそり二階の自分の部屋に上がって、学校が終わる時間までそこに隠れていることにした。母は、一階で掃除かなにかをしているみたいだった。父には、学校をさぼったことやアサヒさんと会ったことを母に黙っているようになんて言われなかったし、学校が終わるまで隠れていろとももちろん言われなかった。私は自分の意思で、そうしたのだ。もしかしたら父は、私の口から、アサヒさんと会っていることが母に知られることを望んでいたのかもしれないけれど。
私は勉強机の下に隠してある、チョコレートが入っていた赤い缶を開けた。それは私の宝箱で、中にはポストカードが束になって入っていた。
いつも、楽しくなんかなかった。
ポストカードを一枚一枚めくりながら、私はそんなことを思った。
父も母も、義務みたいに私をいろんなところに連れて行ってくれたけれど、私も含めた三人の誰も、楽しんではいなかったと思う。いつも、そそくさと観光をすませ、家に帰って来ては、父は書斎にこもり、母は台所に立ち、私は自分の部屋に引っ込んだ。
全然、楽しくなんかなかった。
私は口に出してそう呟いた。そして、ポストカードを缶の中に戻した。
アサヒさんに会いたい、と思った。父がいないところで二人で会ったら、もっといろんな話ができる。それは、家族の話なんかが。アサヒさんは、どんな顔で私の話を聞いてくれるだろうか。今日と同じ笑顔? それともまとわりついていた、あの寂しげな顔で?
私はその日以来、観光地でポストカードを集めるのをやめた。父も母も、それについてなにも言わなかった。気が付いていないのかもしれなかったし、気が付いていても口に出すほどの意味を感じなかったのかもしれない。
アサヒさんは、いつから手紙を待つのをやめたのだろうか。やめたときに、あの寂しげな印象をまとうようになったような、そんな気がした。もしも次に会えることがあったら、訊いてみよう。そう思ったのは一瞬のことで、私はすぐに、そんなことはできない、と思い直した。だって、手紙の話をしたときのアサヒさんは、あまりにも寂しそうだったから。
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