8話 商店と古巣と捕縛

 2度目の宿屋での朝、薄明りを感じて目を覚ます。

 リルは起きていたのかスゥッと浮き上がるが、シルクはまだのようでへちゃりとしている。シルクをベッドの上に残したまま、そっと起き上がってシーツを被せる。


 ベッドから立ち上がって、窓から外を見ると本日は晴天。これなら孤児院に顔を見せてみよう。

 外出のために身だしなみを整えて、おみやげの候補を考える。午前は品数の多い商店で、色々買おうとメモを書きだす。


 そうしているとシルクがふわりと浮き上がり、いつもの位置に来て覆いかぶさる。メモ書きを見ていたリルも、スゥッと横に寄ってくる。リルを腰に佩くと準備完了。

 それでは朝食にしようと、受付に寄って酒場で受け取る。


「おはようさん、ほら食券だ」


「よろこんでー、またどうぞー」


 食べ終わって宿屋の外に出ると、眩い朝日のきらめきが輝いて見える。

 予定通りにおみやげを求めて、メインストリートを通り過ぎる。確か商店はここのはず、記憶を辿って着いたお店に入る。


「いぃらっしゃあ~い」


 少しハスキーな響く。にこにこ笑顔のお姉さんがカウンターに座っている。

 店内はまるで何でも屋。手前から小物、雑貨。奥に向かっていくと、靴、鞄、服などなど。奥に進むとどんどんと変わるスケールと、パステルカラーの店内に明るい雰囲気になる。


 その中を、まずは商品を見ようと売り場に向かう。シルクとリルも興味深げに、フリフリゆらゆらと辺りを見回している。

 これはある、これもある、それがない、やっぱりあったとカゴに入れていく。折角の機会だし、自分の物も買っておこうと探して集める。


 おおよそ必要な物を探し終わると、会計のために店員さんのもとへ移動する。


「あんらぁ~、これはすんごくいっぱいねぇ。それじゃ、計算するから少し待っててねぇ」

「わかりました。お願いします」


 店員さんは綺麗だけど少しお化粧が濃い目のお姉さん。派手なドレスを着ている。


「おっまたせぇ~。お値段はこちらになるわよぉ」

「はい、どうぞ」

「お~つ~り~はっ。はいっ、これでぇ」

「ありがとうございます」


 さて、おみやげは揃った。孤児院はここから少し遠めだったなと、変わった所と変わらない所を見比べながらゆっくり歩いていく。しばらく進むと、懐かしい建物に目を細める。


 少し小さめの白い建物。壁には子供が描いた絵があって、周囲を花壇に囲まれている。

 その建物裏手にまわって、深呼吸してからドアノッカーをカンカンと叩く。


「はーい。どなたー?」

「おはようございます。施設長」

「あらエルちゃんじゃないの、久しぶりね、外に出たんじゃなかったの?最近どうしてたの?いいお茶があるのよ、飲んでいかない?それとも先生たちに顔を見せる?皆あなたのことを心配していたのよ!あとね、あれから芸人さん達があなたはいないのか聞きに来たのよ、挨拶にきたって言ってたけど行き先とかは言わなかったらしいじゃない、もうどこか抜けてるんだから!」「これ、おみやげを持ってきたので、皆さんでどうぞ」


 そういえばこんな方だったなと思い出す。キリの良いところを見つけないと、日が暮れるまで話しかねない。失念していた、もはや避けては通れぬと覚悟を決める。


「気にしなくてもいいのに、あらこれ向こうのお店のやつじゃない、少しお値段張るけど美味しいのよね、やっぱりお茶しないかしら、丁度合うお茶があるから中で食べましょうよ、いいのよ気にしなくて、あなたは昔からわがまま言わないし大人しいから遠慮してるんでしょ!」「あ!大丈夫です!気にしないでください。おみやげ、皆に渡してください」


 上品なマダムから放たれる速射砲のような言葉の弾丸を遮って、おみやげを皆に配るよう伝える。

 このモードの施設長には誰も近づかない。私が顔を見せたといっても、即座に退散するだろう。


「そう?ならもう少し話していかない?向こうではどうしていたの?周りと仲良くできてたの?ちゃんとご飯食べれてる?あなたは自分の事に無頓着なんだから気を付けないとダメよ!」「ごめんなさい!そろそろ戻るのでこれで!」


 ちょっと強引だったかな、ごめんなさいと思いながら来た道を戻る。心なしかシルクはへにょり、リルはグンニョリとくたびれた気がする。


 気持ちを落ち着けて中央広場に戻ってくると、少し離れたところから叫び声が聞こえてきた。


「ドロボー!ひったくり!捕まえてー!」


 私の少し先を、目立たない恰好の男が走っている。「鞘から抜けないで」と小声で告げて、リルを鞘ごと持って前に踏み出す。チャキッと鳴る音と共に、鞘が真っ直ぐに伸びる。


「――退きやがれぃ!」


 怒鳴る男に無言で向かって、突きを放つが避けられる。

 笑いながら横を通り過ぎていく男の足に、ついっと足を突き出して引っ掛ける。

 ゴロゴロと転んだひったくりの男が立ち上がろうとすると、近くの男に掴まれて身動きができなくなった。


「この泥棒!返しなさいよ!返して!」


 鞄をひったくられた女性が駆け寄って、泥棒男を叩いている。

 すると抑え込んでいる男性が、こちらを向いて声をかけてくる。


「よう、お手柄だな!」

「足止めしただけです。今、抑えているのは貴方ですし」

「謙遜すんなよ。こんなの転がってんのを潰してるだけだ」

「そーよ、もー。助かったわー」


 ひとしきり男を叩いた女性も交じって、通報を受けた兵士が来るまで待つ。泥棒男は私を睨み続けている。


「盗人はこいつか?」

「そーよ、私の鞄ひったくったの!」

「んで、そこのわけーのが足引っ掛けて、俺が抑えてるってワケだ」

「了解。後は任せてくれ。お前は詰所に来てもらおうか」


 手足を縄で縛られて、ひったくりの男は連れられて行った。


「それじゃ、私もこれで」


 そう伝えて、興奮しながら話をしている男女からさっと離れる。

 リルを腰に佩きなおし「よくやったね」と褒めると、何のことかと疑問を感じるようにクイッと傾いた。鞘から自由に抜けないだけでもありがたいのだけれど。

 とんだ騒ぎだったなと宿屋に戻る。


「おかえり、ほら鍵だよ」

「よろこんでー、またどうぞー」


 さて、今日も疲れたねと、お風呂に入りシルクを洗う。リルも手入れはいるかと確認するけど必要は無かった。2匹とも気疲れしたのか、反応が鈍い気がする。


 意識しないようにしていたけれど、もう勇者が誕生している頃のはず。それと村への魔物の襲撃は、勇者に対して行われたものだった。私が村にいなければ、祝福を受けなければ、何事も起きていないはずなのだ。


 明日は門番さんに話を聞きに行こうかと、情報収集の予定を立てる。


 私の不安、心配が伝わったのか、いつもより仲間の距離が近く感じる。

 リルは私の腕の中、シルクは私の背面に、ぴったりくっつきシーツを被る。



「……んぅ、おやすみ」



 上手く予想通りになっていればいいなと心配しながら、意識は徐々に闇の中に沈んでいく。





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