第11話 騎士団



 ミイネ団長はすぐに地面の水に毒を逃がしたことで、解毒が間に合った。負傷した兵士の回復を待って、エイギス王子率いる騎士団は王国へと戻る。


 戦死した兵士の遺体は村の外れで焼かれることになった。その炎が消えるまで、騎士団は祈り続けた。遺灰は家族のもとへ届けられるという。残った敵兵の遺灰は戦地となったラグナ草原に撒かれた。風に乗り彼らは空に帰っていった。


 動けるようになったミイネ騎士団は再度、砦の建設に取り掛かる。今回の戦果の褒賞の為、僕とミルは王城へ戻るよう言われた。ミイネ団長とリンバル隊長は砦建設の指揮を執る必要があるとして残ることになった。夜通し走り続ければ、明日の朝には到着すると言われ、寝台の付いた馬車が与えられた。


 どちらが先に手綱を握るかで少し揉める。最終的に、分神石を持つ首級を上げたミルが先、という結論に落ち着いた。これで僕は夜に眠ることは叶わなくなった。


 荷台に乗り込み、前方に座る。ちょうど手綱を握るミルと、木の板を挟んで背中合わせの状態になる。


「今回は本当にお疲れさま」


「夜の為に寝とかなくていいのか」


「眠られるわけないだろ。こんな揺れていて」


「ほう。道の整備がなっていないと。これは上に報告だな」


「操縦のせいだよ」


「じゃあおれが音を消してやろうか」


「目より口を閉じた方がよく眠れるかもしれないね」


「はいはい。それより、その指輪の力はまだ使えないのか」


「うん。癒しの力ということは分かっているんだけどね。負傷兵に使おうとしてみたけど、だめだった」


 僕は指輪に目を向ける。夢に見た時よりも広範囲に力が及んでいたこともそうだが、夢で見た女性は疲労の色が濃かった。おそらく誓いのせいだろう。その誓いの作用が僕には無かった。そもそも自由に力を使うことが出来ない。この指輪は分からないことだらけだ。


「あまり無暗に力を使おうとするなよ。おまえも兄貴みたいなるかもしれないだろ」


「そうだね。何も体に変化はないんだけど。力を使おうとするのは危険かもしれないね」


「そうなると、他にそれを使うことが出来る人がいるってことだよな。まあゆっくり探していくしかないか」


 僕たちはその後も他愛もない会話を繰り返しながら、王城へ向かった。夜になりミルと交代すると、彼女はあっという間に眠ってしまった。僕は馬の扱いが上手なのかもしれない。そんなことを考えながら馬を走らせた。


 日が昇った頃、王城が見えてきた。僕は馬車を街の裏手へ走らせ、そこで兵士に引き渡した。


 通路を進み、王城へ続く階段を上がる。兵士の案内のもと、王子が待つという部屋へ向かった。部屋の中は煌びやかな装飾が施されていて、王子の自室であることが窺い知れた。


「座ってくれ」


 ちょうど二つ用意された椅子へ、僕たちは座る。


「先日はご苦労であった。君たちの活躍もあり、王国は領土を失わずに済んだ。感謝する」


「いえ、僕たちは何も」


「君たちの働きはすでに国王へ報告済みだ。それにあたって国王からの褒賞と、申し渡しが出た。今から伝えさせてもらう」


 そう言うと王子は書面を確認して、言葉を続けた。


「まずはミル。首級を上げた褒美として、金と騎士の称号を与える。そしてセキ。ノライト教団の兵を防いだ活躍に、同じく金と騎士の称号を。それにあたり、セキを団長としたセキ騎士団の設立を申し渡す。団員についてはすでに城下の民へ募っている。集まり次第入団試験を行ってくれ。詳しくはまた追って伝える。それと二人の住居も街に用意した。これが地図だ」


 僕は地図を受け取った。王城から出て西へ少し行ったところにある商業区画の端。地図上では住みやすそうな場所だった。王子が外に待機していた兵士に指示を出し、僕たちは褒賞の金を受け取った。


 城を出た僕たちは、地図を頼りに与えられた住居へ向かう。道中、食べ物屋や家具屋が立ち並んでいた。


「これかな」


「地図を見るにはこれだね。随分と大きすぎないか」


 二階建ての立派な住居。二人で顔を見合わせる。すると扉が開き、中から女性が現れた。


「お帰りなさいませ」


「あなたは誰ですか」


 女性は深く下げた頭を上げると、顔にかかった赤い前髪を軽く払い、口を開いた。


「私はターナと申します。王城で侍女をしていたのですが、この度お二人の生活のお手伝いをするよう仰せつかりました。給金は王国から出ていますのでご心配なく」


「そうなんですか。トーキ・セキです、よろしくお願いします」


「セキ様。これからよろしくお願いします」


 何故だかターナさんの顔を見て不思議な感情を抱く。会ったことは無いはずだが、どこかまとう空気が懐かしい。


「ミルだ。一緒に住んでくれるのかい」


 ミルが無邪気な声を上げる。 


「いえ、王城地下に一応自室はありますので、夕食の準備が終わり次第、戻らせていただきます。片付けはお願いしますね」


「部屋が勿体ないし、ここに住んだらどうだ。それと片付けはしたくない」


 それが一番の理由ではないのだろうか。まるで自分だけの家のように、ミルは勝手に決めていく。ただ二人でこんなに広い家にいても、持て余してしまうのも事実だ。僕は賛成の意を示す。


「そうだね。出来れば一緒がいいのですが」


「なんと、そう仰ると思いまして、すでに自室に荷物は運んでおきました」


「自室とは……」


「ええ、二階の右奥ですけど、不都合がありましたでしょうか」


 また面白い人が身の回りに増えた。案内されるまま僕たちは家に入る。玄関のから入ってすぐに、二階に続く階段があり、向かって左側は食事を取る部屋。その奥に調理場があった。右側には応接室。階段の奥にはお風呂があった。寝室は二階にあるという。ミルが選んだ部屋と右奥の部屋を除いた中から、自分の部屋を決めた。


 自室に荷物と金を下ろし、椅子に掛ける。必要な家具は概ね揃っていた。


「おまえの部屋はどんなだ」


 せっかく一息ついていたのに。突然扉を開け、中に入ってきたミルの対応をしようと、腰を上げた。


「なんだ、同じか。つまらないな」


 勝手にがっかりして出ていく。本当に賑やかな人だ。僕はそのままベッドに倒れ込む。他人の部屋に入る時は、扉を軽く叩いて確認してからだと教えておいた方がいいのかもしれないが、今はいいや。僕は少し休むことにした。



 食事の準備が出来たと伝えられ、食堂に向かう。ターナさんの作った昼食の味はこれまで食べた食べ物の中で一番美味しかった。その後いくらかの金を持ち、一人で街に出た。


 書店を探して商業区画を歩きまわる。広い通りで辺りを見渡すが、それらしいお店は無い。路地を抜け、反対側の通りへ向かうことにした。雑貨屋の隣にある細い道へ入る。日の光が遮られた、薄暗い道。中ほどまで進むと、一人の青年が地べたに座り込んでいた。


「こんな所で何をしているの」


「何かしているように見えるのか」


 彼は顔も上げずに答えた。僕は言葉に詰まる。


「哀れみなら足りている。構わず行ってくれ」


「僕に何か出来ることはあるかな」


「あるとすれば、街で浮浪者を見かけたら無視することだ」


 彼は立ち上がりその場を去ろうとする。背丈は同じくらいだが、体は僕よりも細かった。


「リクス、街の掲示板でいいものを見たぞ」


 路地の奥から一人の男性が彼に駆け寄ってきた。僕を見て不思議そうな顔をする。


「この人は」


「知らん。で、いいものってなんだよ」


「新しい騎士団の団員募集の試験があるらしい。受けてみようぜ。給金も良さそうだったぞ」


「馬鹿か。俺達みたいな身分の分からない浮浪者が受けられるわけないだろ。そういうのは王国民に限るって文言が省略されてんのさ」


「はあ、そういうもんなのか」


 男は肩を落とした。僕はすぐに言葉を返す。


「受けることは可能だと思うよ」


「なんでお前がそんな事分かるんだよ」


「そんな文言を省略しているなんて聞いていないし。そもそも僕の騎士団だからね」


 二人は驚きの表情を浮かべる。


「お前みたいなやつが騎士団長だと」


「僕も驚いているんだ。やりませんなんて言える状況じゃなかったし」


「生まれ持ったものがある人間は羨ましいな」


「そんなものは無いよ。僕はもともと浮浪者みたいなものだったし。あるとすれば運くらいじゃないかな」


「運か。俺には無かったな。住んでいた村は領地争いに巻き込まれ、家も家族も失い、帝国領から逃げるようにこの街に来た。今じゃその日暮らしのただの浮浪者だ」


「受かるかどうかは運じゃなくて能力次第だ。それと、これは運が良かったと思って受け取ってくれないか」


 僕は持って来た金を彼に渡した。受け取ることを渋る彼の姿に、隣の男性が代わりに受け取った。


「それでは遠慮なく」


「おいケプラ」


「じゃあ、知り合いが居ればその人たちにも伝えておいてよ。またね」


 僕はそう言うと、路地を抜けた。抜けた先に目当ての書店があったが、持ち合わせが無い。値段だけでも確認しようと、僕は書店に入った。


「いらっしゃいませ」


「物事を書き記すための冊子はありますか」


「こちらです」


 案内された棚に目的の品を見つける。値段はそんなに高くはなかった。戻って金を取ってこよう。また来ることを伝え、店を出た。


 色々なところを見ておきたくて、しばらく街を歩き回る。


 日も傾き始めた頃、一度自宅に戻ると、調理場の方から音が聞えてくる。食欲をそそるいい香りに、ターナさんが食事の準備をしていることがわかる。そういえば食材を買うための金を渡していない。僕は自室に向かい、いくらかの金を手にすると、ターナさんのもとに向かった。


「ターナさん。家のことに使う金を渡しておきますね。これで調理や洗濯に必要な道具を買ってください」


「ありがとうございます。そう仰ると思いましてすでに道具は揃えさせていただきました」


「それは、仕事が早いですね」


 金を渡し、僕は再度書店へ行く為、部屋を出ようと扉を開けた。


「どちらへ行かれるのですか」


「書き記しておきたいことがあって、そのための冊子を買いに行ってきます」


「そう仰ると思いまして」


 何故か調理場の奥から、ちょうどいい冊子が出てきた。彼女は神の力でも持っているのだろうか。それを受け取ると、僕は自室に戻った。


 しばらくすると、夕食の準備が出来たことを知らされた。階段を下り、食堂へ向かう。扉を開け、中に入ると机の上に豪華な食事が並べられていた。


「夕食も美味しそうですね」


「なあ、早く食べようぜ」


 待ちきれない様子でミルが急かす。椅子に掛けると、三人で食事を始めた。随分と賑やかになったものだ。ターナさんは僕が食べ始めたことを確認してから、自分のご飯を口に運んだ。


 食事を終えると、僕は彼女から受け取った冊子を開く。外出している間に届いていた騎士団の詳細を確認する。小規模の部隊で数は三十から五十名。まずは三十名を揃えることから考えよう。編成は任せるとあるが、どうするのが良いか。悩んだ末、ミルにも意見を求めることにした。


「部隊の編成なんだけど、試験の前に決めておいた方がいいと思うんだ。これまで見てきた騎士団は、盾隊や弓隊で構成されていたけど」


「そうだな、おれは大きな盾は持てないし、均等に分けたらどうだ」


 ミルがそう言うと、後片付けをしていたターナさんが口を開く。


「小規模の騎士団で役割を分散すると、他の騎士団との連携が取り難くなります。部隊の編成は揃えた方がよろしいかと」


 王城で働いていると軍についても詳しくなるのかな。僕は感心する。


「なるほど。となればミルの得意な歩兵隊を作ることにしようか」


「馬が使える人間も欲しいな。まあ別に変な意味は無いぞ」


「分かっているよ。伝令や斥候に必要になるだろうからね。それも評価項目に追加しておこう。だがまずは近接戦に強い部隊を目指した人選をしようか。判断は頼みましたよ、ミル歩兵隊長」


「単編成なら、指揮はおまえが執った方がいいんじゃないか。セキ騎士団長」


「確かに。それもそうだね」


 僕は話し合ったことをまとめ、冊子に記す。


「そういえば、ミルは帝国領ってどのあたりか分かる」


「いいや」


「そういうのにも詳しくなっていた方がいいよね。明日にでも地図を買っておこうか」


「そう仰ると思いまして」


 ターナさんが世界地図を持ち出してきた。一体いつの間に。僕たちは地図を覗き込む。帝国領はここから北北東に進んだ先にあった。およそ地図の端と端。王国領とはわずかに接している程度で、その多くはランセイス連合国と接していた。


「例えばミルが帝国領から、今いる場所まで来いって放り出されたらどう」


「きついな。行商に紛れたりすれば、いやその前に心が折れそうだ」


 同意見だった。あまりに離れたこの場所までたどり着いたリクスという男に、僕は素直に驚いた。


 自室に戻り、試験の内容を考える。体力や剣の腕、あとは馬術。一通り必要項目を書き記すと、ベッドに倒れ込んだ。そういえばラグナ草原に向かってから、まともに眠るのは久しぶりだ。溜まった疲労を癒すため、僕は眠りについた。


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