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彼女がいなくなった。外出したのち、彼女が帰ってこなくなった。一日、二日、三日。無慈悲に日がどんどんと経っていき、私の中で膨大な不安感、焦燥感が芽吹いていった。そしてそれは、最終的に私の心に大きく根付いた。心臓の鼓動がおさまることを知らずに高いBPMを打ち続けていた。汗がだらだらと流れ、視界が頻繁に不明瞭になった。私は私の混乱を収めたくて、早く帰って来てくれと何度も叫び出したくなった。一度叫び出してみた。しかし、嗚咽に近い叫びは宙を空回りして何もせずに消えていった。意味を為さなかった。
彼女がいなくなってから四日目、私は我慢の限界に達し、彼女を探しに街へ出た。駅や彼女と歩いた商店街、公園、住宅地からデパートメントまで、探せるところはしらみつぶしに探した。仕舞には彼女の通った大学や彼女の職場まで探しにいった。しかしどこを探したとて見つけられなかった。出会った当初はあんなに簡単に会えたのに、今は彼女の髪一つ二度と会えないような気がした。それは私をより焦らせ、汗で地面をべったりと濡らした。
探し始めてから四日目、彼女がいなくなってから八日目になった時のことだった。半ば諦めながら、それでも「まだだ」と思いながら街を歩いていた時、なんと彼女の姿を見つけたのだ。見つけた途端に、息が止まり、その後に荒い呼吸が始まった。涙が滲み、視界がより不明瞭になった。身体が熱を帯び始め、汗が噴き出しはじめ、じとじととした生温く、気持ち悪い感覚になった。だが見つけられたという喜びが、その不快感を全部吹き飛ばした。
私は全身の力を振り絞って、彼女のもとへと走る。腕を不格好に振り、思いっきり地面を蹴って、彼女のもとへと走る。嬉しさと安堵が心を満たしながら、彼女のもとへと走る。ポケットに入っているものが当たって痛いけれど、走り続ける。そして追いつく。彼女が振り返るのが見える。私が息の苦しさに我慢ならず下を向きながら大きく叫ぶ。「良かった……!」同時に通行人の視線を感じる。しかし私は、そんなの気にせずただただ安堵しているのだった。
そして、その後に彼女の声がする。
しかしその声は、耳に入るなり私の気分をまた少しずつ落としていった。声は、困惑に満ちた不確かなものだったのだ。その上、それは彼女の声ではなかった。低めの、私の知らない声だった。
「えっと……、どちらさまでしょうか?」
私の中で安堵が消え失せ、焦りが再発する。そして私はおそるおそる視線をその女の顔へと向ける。するとそこには、とても彼女とは思えない、不格好な相好があった。
私は、下唇を噛みながらただただ沈黙した。すると女は不審がって「何なのこの人……」と気持ち悪そうに言った。だが別に構わなかった。私はもう何も言えなかった。どうしようもない、やり場のない気持ちだけが私の中に渦を巻いていたのだった。だからもう、大人しく帰ろうと思っていた。しかし、その次に聞こえた声から、私の中で何かが燃え上がり始めた。
「とりあえず、行こうか」
男の声だった。目線をそちらに向けると、余裕そうな雰囲気のある、きちんとした身なりの男が見えた。白いシャツはアイロンされ、青いジーパンをぴしっと着ている。「病気のある人なんだよ」そして、私がそちらを見ているというのに男は、私のほうなど少したりとも向かず、女に向かってそう言った。すると女は「ええそうね」と言い、軽蔑的な目で私を一瞥し行こうとした。二人の感じから、おそらく恋人同士なのだろうと私は思った。
私は後ろから彼らの背後を見ていた。一方、眺めていた通行人たちは歩き出していた。
「……ッチ」
それからすぐだった。私と男女の間に三メートルほどの間隔ができた頃。無意識的に、私は気づけばそのように動いていた。
私は、女を殴った。一発、二発。力を込めて、女の後頭部を殴りつけた。女は後頭部から血を垂れ流し、そのまま地面によろめいた。アスファルトに、女の血が滴り落ちている。
「どうして、どうして!」私は心の動きのままに、まるで子供のように大声で怒鳴った。そして、女に三発目を入れようとした。力が右腕にこもっていく。座り込む女の赤く滲んだ後頭部に焦点を合わせる。
すると「やめろ!」と左側から声がした。と同時、私の視界は急転し、身体に強烈な痛みが走った。そして、どすっ、という鈍い音の後に、私は自分が地面にねじ伏せられているのを感じた。「離せよ!」そう私は大声ではり叫ぶ。しかし力はどんどん強まる。その時、視界に白いシャツが映った。それで、私はあの男に抑えられていることに気が付いた。するとまた強い怒りが私の中で巻き起こり、男の下で私は必死に呻きながら暴れた。
必死に私を抑え込めている男が、こちらを見ている衆に叫ぶ。「警察と救急、誰か呼んでくれ」すると微動だにしなかった衆の中の一部が、それぞれ動き始めたようだった。足音が、アスファルトを伝って感じられた。
私を抑えるのに加担する者が現れ、より強力な力で私はねじ伏せられた。強烈な痛みの中で私は呻き声しか上げられず、腕を動かして抵抗することすら困難だった。しかし諦めるわけにはいかなかった。諦めたくなかった。ここにいる奴ら全員を傷つけたかった。
十分後、駆け付けた警官により私は現行犯逮捕された。
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