【短編】骨の執着、異世界まで及ぶ
三木 べじ子
骨の執着、異世界まで及ぶ
車の騒音も、人の話し声も足音も、空のほとんどを覆いつくす大量のビルも、何もない。
背中に感じるのは土の柔らかさ、鼻に香るのは草木の匂い、視界に広がるのは青空で、端っこの方に木々の緑が見える。
ついさっきの記憶を思い返してみる。
初めての彼氏ができて、初のデートに向かっている途中。
歩道橋の上を歩いているときに後ろから刺されたんだっけ。
人に刺されたと思ったら、異世界に移動していたらしい。
「『うそぉ…」』
重なる声。
後ろからした声に、同じ境遇の人間がいた!と嬉しくなり、勢いよく振り返った。
しかし、そこに人はいない。
では声の主はどこにいるのか?
『あ、ここだよ!こーこ!』
より下の方。目線を下げた先にいた、いや、あったのは、
「骨…?」
『え、骨?』
人骨の集まり。
しばらくの沈黙の後。
「『えぇ~~~???!!!」』
人間と骨は同時に叫んだのだった。
待って、と思わず止めてしまう。
「ど、どうしてご自身で驚いてるんですか…?」
『いや人間だし!自分の体が突然骨になってたら普通驚くくね?!』
確かに、と思うが、つい腰が引ける。
人骨は単純に怖い。こっちを見る目ん玉のない頭蓋骨が怖すぎる。
座り込んだまま、ずり、ずり、と後退る。
『ちょ、ちょい待って!逃げないで!こっちだって急にこんなとこに、こんな姿で居て、超ビビってんだから!無害だよ!ほら!骨だから動けないし!』
「そ、そうですね…。」
骨は元あった場所から、少しも動いた様子はない。
血も肉もない状態では動けないのは当然か。
恐る恐る近づく。骨は安心したように息を吐いた。
『とりま自己紹介からしない?』
「そ、そうですね!えと、私は奥谷てまり、です!よ、よろしくお願いします…?えと、あなたは…?」
『堀之内ねいろ!え、てまりっち、もしかして高二?タメ?』
「て、てまりっち?!えと、はい、高校二年生、ですが…」
『まじ?!当たったんですけど!超ウケる~。そんなら敬語なし!あだ名で呼んで~!』
随分軽いなと思いながら、テマリは「は、はじめまして。よろしく…」と礼をする。
しかしあだ名…?
今までの人生を思い返しても、人にあだ名をつけるほど仲良くなったことが無いテマリは首を傾げる。
(あだ名って、どうやって付ければ…?ねいろちゃん、はそのままであだ名じゃないし…。ね、ねいろっち…とか?いや、それはてまりっちのパクリだから、駄目かも…。うぅ、他にあだ名って、どんなのがあるの…?!)
頭が沸騰するほど悩みまくるテマリ。
骨は耐えられずに笑いだす。
『ちょいちょい、悩みすぎ~!あだ名とか適当でいいじゃん!なんでそんな悩んでんの~!まじウケるんですけど!』
「うぅ、ご、ごめんなさい…。」
再度笑いながら、「別にいいよ」と今度は骨が考える。
カタカタと震える骨の音を聞いて、くるみはぽつりと呟く。
「ほ、ほね子ちゃん、とかどうかな…?」
『ほね子?』
流石に馬鹿にしていると思われたかもと、テマリは焦る。
しかし骨は怒ることなく、テマリの青ざめた顔を見て噴き出した。
『いいじゃん、ほね子!苗字と名前の頭文字取ったらまさに今の状態だし!でもなんで、ほね、だけじゃなくて、ほね子?』
「えと、か、かわいいかな、って…思いまして…」
反応がなくなる骨。やっぱり気に食わなかったのだろうか、不機嫌にさせてしまっただろうか、可愛いなんて失礼だっただろうか、頭でグルグル考えては表情を変えるてまり。
『…うん!可愛い!めっちゃいいじゃん、ほね子!ありがとっ、あだ名考えてくれて!』
「っ~~~~うん!」
明るい骨の返事。
「とりあえずどっか街行こー」と言われ、人里を目指すことにする。
骨はどうやら自分では動けないようで、テマリは自分の上着に骨を包んでいく。
「…ほね子ちゃん、なんか骨太だね…」
『そぉ?牛乳毎日飲んでたし、こんなもんじゃね?』
二の腕だろうか?持ち上げた骨は、テマリの二の腕より数センチ長い。テマリの身長は150そこらだ。もしかしたら骨は、元々身長170、いや180センチくらいあるかもしれない。
骨同士を重ねていく中で痛くないか訪ねるとちょっとくすぐったいくらいで痛みはないらしい。
骨であることを受け入れていることにテマリは凄いなと思ったが、
『え、待って。骨ってことは、声帯ないよね?この声どこから出てんだろ…。こわっ。』
そこは怖いんだ、と笑ってしまった。
流石に収まりきらず、所々はみ出た骨はそのままに、胸に抱えて歩き出す。
『街目指すのはまぁ良いとして、てまりっちはその後どうしたい?暮らす?旅する?』
「…私は、やっぱり、元の世界に帰りたい…。家族や友達、に、会いたい…」
『…うん、おっけ。そしたら、街に着いたらどうやったら元の世界に戻れるか、方法を探そ!大丈夫、てまりっちは一人じゃないんだし!』
骨にも家族や友人がいて、寂しくて会いたいだろうに、さっき会ったばかりのテマリを気にかけてくれる。その優しさに、涙が出た。
『それはそれとして、異世界とか超楽しみなんですけど~』
苦手な陽キャやギャルの気配を感じてしまうが、優しい骨の言葉にてまりは友達になれるかもしれない、と心を弾ませた。
しかし倒れていた場所から少し歩いたところで、二人、正しくは一人と骨は再び足を止めることになる。
二人の前には、鍛えられた筋肉と、傷だらけの顔や体。
「おいおいおいおい。こんなところにこんな可愛いお嬢ちゃんがいたぞぉ」
「碌な荷物も何も持たずに、なぜこんな辺鄙な森の中にそれも一人でいるんだぁ?」
「一体ここで何してるのか、おしえてもらいてぇなぁ!?」
「ひぃ!!!」
巨体を揺らしながら質問してくる男たちが立ち塞がっていた。
腰に掲げられた剣が鳴り、てまりはあまりの怖さに腕の中の骨を強く抱きしめて震えることしかできない。
「オレたちゃ怖いもんじゃねぇよ?ただちょっと聞きたいだけだ。お嬢ちゃんが、一体全体何者なのかってなぁ!」
「ひぃ~~!!!!」
いよいよ涙がこぼれだす。
腕の中に抱えていた上着から、骨が一本落ちた。
「あ?んだこれ?」
男が骨を拾おうと屈む。慌てて、テマリも手を伸ばしたら上着から残りの骨が滑り落ちてしまう。
男たちの顔から血の気が引く。
なんでこんなところに人骨?いやそれ以前に、なんでこの子が人骨を持っている?
男たちがゆっくりと地面に落ちた骨から顔を上げたところには、頭蓋骨が。
『お前たちの骨の髄までしゃぶってやろうかぁ!!!!』
「「「うぎゃぁーーーーーーー!すんませんでしたーーーー!!!」」」
男たちの悲鳴が近くの山に木霊して、響き渡った。
場には啜り泣く声。
あの後男たちは土下座をしてなぜか命乞いを始めた。
「魔女様、それも死体を操る高位のお方だったとは知らず、とんでもねぇ無礼を!」
「ゆるしてくだせぇ!」
「なんでも言うこと聞くんで!」
「「「この通りです!」」」
突然態度が百八十度変わった男たちにテマリが目を白黒させている間に、骨はどんどん話を進めていき、街への道と、テマリの上着の代わりになる袋まで貰っていた。
『あ、あともう1個聞きたいんだけど、』
「「「はい何なりと!」」」
『そーゆーのいいから。お願い事を何でも叶えてくれるーみたいな道具、知らない?』
それなら、と男たちが話し出したのは、“願いの杯“というもの。
なんでも所有者の願いをなんでも3つ叶えてくれる魔法の杯らしい。
今は西側諸国のどこかにあるようで、そこまでかかる日数と必要物資、途中に宿や街があるかを確認していく。
『おけ、十分かな。ありがとー。』
「いえ、魔女様のお力に慣れたのなら幸いっす!」
「良い旅を!」
「お体にお気をつけて!」
骨に頬を叩かれ目を覚ましたテマリは、骨のコミュ力に尊敬を抱きながら、男たちへお辞儀して歩き始める。新しく貰った袋は十分な大きさで、しっかりと骨を全て包むことができた。
良かったね、と笑うと、優しい声でそれなと返される。
願い事を叶える杯があるなら、それで元の世界に戻れるかもしれない。
早速手にした希望を胸に、街へ足を向けた。
そんな二人の背中を見送り、男たちは肩を落とす。
「まさか魔女様だったとは…。命が無事で良かったぜぇ。」
「しかしここら辺のはずなんだがなぁ。いねぇなぁ。まぁ、うちの魔法使い様も随分お年を召してっから、外れるこたぁ仕方ねぇよ。」
「どこにいんだろうな、異世界からの聖女様。」
「ごたごた言ってねぇでさっさと探すぞ!」
男たちから教えてもらった通り、街は元居た場所から2日ほどで到着することができた。
必要な食料や資源、また西側諸国への地図などを入手し、二人はすぐに旅に出る。
昔から人付き合いが苦手で友人が1人しかいないテマリだったが、この世界の人たちはとても優しい。
もしかしたら苦手だと避けていただけで、元の世界の周りの同級生や近所の人たちも優しかったのかもしれない。そう思うとなんだか情けなくて、悔しい。
なにより、骨の存在はテマリにとって一番の心の支えだった。
いくら優しくても見知らぬ土地。
不安、恐怖。しかし同郷の骨と一緒にいることで、それらが和らぐ。
骨はよく話し、またテマリの話をよく聞いてくれた。
それが普通の友達のようで、友達と海外旅行に来ている気分だな、とテマリは思った。
とある街。
お店でちょっと早めの昼食を取る。
骨は食べることができない。その代わりにテマリが食レポをすることになっている。
拙い感想も、骨は楽しそうに聞いてくれる。
「そういえば、あの噂知ってる?」
「知ってる知ってる。聖女様のことだろ?」
口に含んでいた野菜を咀嚼して飲み込み、後ろの席の会話につい耳が向く。
すでにこの世界にやってきてから一か月が経った。
旅をする中でよく聞くのが、“聖女様”という人物のことである。
「まだ見つからないのかい?もう一か月だろう?」
「国を挙げて探しているみたいだけど…。お一人でご無事かしらねぇ?」
一か月も行方不明となった聖女様。
こうして街の人が心配するくらいだ、凄い人なのだろう。
もし一人でいるなら、きっと怖くて泣いているはずだ。
「早く見つかってほしいね、聖女様。」
『……それな~』
骨に話しかけるのも、大きな独り言をいうのも目立つため、こそこそと耳打ちする。
店の料理に舌鼓を打つテマリは、後ろの席での次の話題に強く惹きつけられた。
そして現在。
街から外れた高台。立ち上る湯気、硫黄の匂い。
「ほ、ほんとうに、」
『温泉じゃーん!』
ごつごつの岩場に囲まれた自然の温泉がそこにあった。
昼間後ろの席で話されていた、不作の話。その原因が、何やら温かく変な匂いがする水にあると。
これに温泉を思い出したテマリは、誰かの助けになるかもしれない、という考えと同時に、久しぶりに温泉に入りたいという邪な思いを申し訳ないと思いつつ、調査に申し出たのである。
「っ~~~~~!気持ちいい…!」
肩までお湯に浸かることがこの世界に来てからは全くないので、久しぶりの温かさに体は溶けるようだ。
『骨身に染みる~!さいっこー!』
頭蓋骨だけテマリが抱え、他の骨はテマリの膝の上に。
乗り切らなかったものは岩場に置いている。
上を見れば満天の星が広がっていて、とても綺麗で、家族や友人のことを思い出した。
「…私、私ね、元の世界で、刺されて、急にこんな世界に連れてこられて、ほんとどうしようかなって、思っていたの。家族や友達にすごく会いたいって気持ちは、今も変わらないんだけどね。でも、この世界に来て、旅して、見たことない物たくさん見て、いろんな人と話して、それって、この世界に来なきゃ得られないことだったと思うんだ。それは全部、全部、ほね子ちゃんがいてくれたからだよ。ほね子ちゃんがいなかったら、きっと今頃、私路頭に迷って餓死していたと思うし。一緒にいてくれて、本当にありがとう、ほね子ちゃん。」
『……こちらこそ、だよ。一緒にいてくれてありがと。てまりっち。』
「えへへ。ねぇ、ほね子ちゃん。ほね子ちゃんは、お願い事、何する?」
『ん?んー、たっくさんあるけど、やっぱり骨じゃなくて人間の姿になりたいかなぁ。お腹空かないのは良いけど、てまりっちが食べてんの見てたらマジ食べたいってなるし!食レポも超上手だしさ~』
「え、え、ご、ごめんなさい…!」
『なんで謝んの!マジウケる!』
温泉から上がり、身体を拭き、骨も吹いていく。
骨が人間になるのを想像をしたことが無かったテマリは、高身長の美女を思い浮かべる。あとギャルということも忘れてはならない。
想像をして、なんだか楽しみになった。
「えと、早く人間に戻れたらいいね!私、人間のほね子ちゃんに会うの、楽しみ…!そして、元の世界に帰って、家族や友達に会いたいね!」
『…彼氏にも、会いたい?』
「え、えっと…。えへへ、うん、早く会いたい、かなぁ」
『…そっか。そうだよね~!やっぱり、愛しい彼ピには早く会いたいよね~!…会えたら、いいね』
頷きながら、骨に彼氏のことを話したっけ?と首を傾げたが、『早く帰ろー』の声に急いで準備を始めた。
西側諸国到着後、願いの杯を見つけるのに時間はそうかからなかった。
街の人に訪ねればすぐに在処を教えてくれたからだ。
しかし、願いの杯には守護者がいるらしく、気を付けるようにと言われ、テマリはビクビクと怯えながら骨とともに向かったのだが。
「ぅがぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
「え、ご、ごめんなさい!!」
言われた洞窟の奥に、聞いていた通りの守護者がいた。
テマリたちを見るや攻撃してきた守護者だが、攻撃はテマリに当たる前に弾かれ、「は、話を聞いてください!」と飛び出したテマリがずっこけて、守護者に触れると、バチバチバチッと守護者の体に電気が走って苦しみだし、その様子に非は自分にあるとテマリは謝罪を繰り返していた。
『阿鼻叫喚マジウケる~』
テマリがずっこけたことにより地面に投げ出された骨は、その光景を見て一人無い腹を抱えて笑った。
守護者を倒した者が願いを叶える権利を得るとのことで、ほどなく、テマリたちは願いの杯を無事手に入れることができた。。
「しかしそれ、願い事三つも叶えられんよ」
「え、そうなんですか?!」
守護者は見た目気だるげなおじさんなのだが、実際は人語を話せる人外なのだそう。
生まれた時からこの杯を守るためだけに生きているらしい。
「正しくは、願い事を叶えるその願いの杯が、三つあるんだ。他の二つは世界のどっかに散らばっとって、同じく守護者が守っとる。多分、一つは南、もう一つは東にあるはずだ」
そんな、と項垂れるテマリ。
せっかくここまで二か月かけてやってきたのに、もっと時間がかかるというのか。
加えて、この杯を守る守護者にとって、杯はとても大切なもののはず。
使って願いの杯が消えてしまったら、守護者も消えてしまうのだろうか。
テマリの心配に守護者は笑った。
「いや心配せんでも大丈夫!その杯は魔力が溜まればまた使えるから!しかし、溜まるのに百年はかかるから、すぐすぐ使えないがな」
テマリは骨を見る。
骨には表情はないのに、優しく微笑んでいるように見えた。
『てまりっちの好きにしていーよ』
「でも…」
『だいじょーぶ!なんとかなるっしょ!』
ずっと、骨の明るさに、優しさに、助けられてきた。
覚悟を決めて、テマリは願いの杯を高く掲げた。
「っお、お願いします!どうか、どうか、ほね子ちゃんを、元の姿に戻してください!」
『てまりっち?!そんな、だって、元の世界に戻りたいって…!』
「いいの!ほね子ちゃんが一緒じゃなきゃ、意味ない!」
『てまりっち…!』
テマリが掲げる願いの杯から、光りが溢れる。
光は骨に集まって、骨を包み込んでいく。
目も開けていられないほど強まった光が、収まっていく。
テマリが目を開ける前に、強く抱きしめられた。
「ありがとう、ありがとう、てまりっち…!マジ嬉しい…!」
「ううん!ほね子ちゃんが無事で、私も、すっごくうれし……ん?」
抱きしめ返そうとして、違和感に気づく。
慌てて距離を取ってみれば、そこには高身長の美女、ではなく、高身長の
どうしたの?と首を傾げる美男に、テマリは「な、な、な、」と声が出ない。
「え、えと、ほね子、ちゃん…?」
「うん!ほね子!いやマジ、てまりっちが姿戻してくれるって選択してくれた時は骨だったのにマジ泣きそうだったわ~!」
この話し方、確かにほね子で間違いはない。
つまり、自分はずっと、男性を抱えて、男性とご飯を食べて、寝て、お風呂に一緒に入っていた、と、そういうことで。
ずっと女性だと思っていただけに、衝撃が大きすぎて脳がショートする。
「ひぃぃ…………」
「ちょ、てまりっち?!大丈夫?!」
逞しい腕に抱えられ気絶するテマリ。
骨、改めネイロは「マジウケる!」と笑みを零した。
願いの杯は、願いをする前は杯に溜まっていたものは無くなっている。これからまた百年かけて、魔力を溜めていくのだろう。
意識は戻ったものの腰が抜けて歩けないテマリをネイロが横抱きにする。
赤面しながら下ろして欲しいと懇願するも、全く聞き入れてはもらえず、逆に面白がられた。
「お前、異世界からの転移者だったのか」
「えと、はい、そうです…。今までにも、私たちみたいな人、見たことありますか…?」
「あるぞ。奴らも願いの杯を奪いに来ようとした者たちだったがな。話を聞くに、死んだときのままの姿でこちらに転移するらしい。死んだ瞬間の痛みなどはないらしいのだが、傷や折れた骨などはそのままであるようだ」
テマリには背中に刺し傷が残っているということだろうか。
守護者に別れを告げ、洞窟を出る。
ネイロは全身が骨となっていた。彼は一体どうやって死んだのかがテマリは気になった。
「てまりっち?てまりっち?」
「?………ひぃえ!ち、ちかい、です!」
考え事をしてネイロが顔を覗き込んでいることに気づいておらず、思いっきり仰け反る。
テマリはいい加減下ろしてもらう。なんだか顔が見れずにいると、クスンと音が聞こえた。
驚き顔を上げれば、ネイロの目から涙が流れているではないか。
「ぅう、てまりっち、ごめんね。男だって隠してて…もうこんな嘘つきクズ野郎なんか、顔も見たくないし、一緒にいるのだって気持ち悪くて吐くよね…。ごめん、でも、てまりっちにほんとのこと言って、嫌われたくなかっただけなの…」
「そ、そんなこと…」
「ううん、ほんとにごめん…。でもこれだけは信じて。今まで言った言葉に、嘘はこれっぽっちもないってこと。ほんとに、ほんとに、マジでてまりっちと一緒に旅ができて、骨だとしても、超楽しかった。この思い出があれば、これから一人になったとしても、大丈夫。…今までほんとにごめんね。ありがとう。もう、二度と、てまりっちには近づかないって、約束、するから…」
離れていこうとするネイロの手を、テマリは慌ててつなぎとめる。
「い、嫌です!わ、私、ほね子ちゃんのお陰で、ここまで来れたの…。ほね子ちゃんが男の子なの、確かに驚いたけど、でもでも、そ、それで、この二か月のことが無しになんかならない!っ、私、ほね子ちゃんがいてくれないと、寂しいよ…!
「てまりっち…!」
感極まったネイロは、テマリを抱きしめる。強い抱擁は苦しいが、それだけ彼の気持ちがこもっている証拠だと思った。
「ありがと!ほんとに、ほんとにうれしい…!てまりっちが許してくれるなら、俺、そばに居ても良い?」
「う、うん!」
「ありがとう!俺、これからもっと頑張る!てまりっちに嘘ついてた分、てまりっちが快適に暮らせるように、そして元の世界に戻れるように、俺、頑張るね!」
「わ、私も、ほね子ちゃんだけに任せないように、頑張る、ね!」
やはり、姿が変わっても、ほね子ちゃんはほね子ちゃんのままだ、とテマリは笑みを浮かべる。
抱擁を解かれた先で、美男が素敵な笑顔でこちらを見てくるのには、しばらく、いや、もしかしたらずっと慣れないかもしれないけれど。
次の杯を探すために、ネイロは地図を広げた。
「南はここで、東はここねー。んー、これだと、南の方が近い感じ?」
「そ、だね…。うん、南が、近そう」
「じゃ、南にけってーい!」
「あ、えと、ネイロ、君…?」
「ん?あぁ、ほね子のままでいいよー。その方がてまりっちも呼びやすいっしょ?俺もてまりっちのままだしさー」
「えと、じゃぁ、ほね子ちゃん…。改めて、よろしくね」
「マジよろしく~!」
次の杯がある南に向かって、二人は歩き出した。
洞窟から、二人の一部始終を見ていた守護者。
彼は目撃してしまった。
テマリを抱きしめるネイロの顔が、恍惚とした顔を浮かべているのを。
守護者は知っている。
あれは、異常者の顔だ。
触らぬ神に祟りなし、と見なかったことにして、守護者は百年くらい昼寝でもするかと洞窟へ戻っていった。
とある王城にて。
「まだ聖女は見つからんのか!」
「もうしわけねぇ…。指示通り、森中探し回ったんですが、異世界からの聖女様は一向に見つからなかったっす…」
聖女召喚の指揮を執っていた王子は、一向に聖女が見つからないことに焦っていた。
もちろん目の前にいる武骨な男、兵士が悪いわけではないと分かっているのだが、もう二か月が経っている。焦らずにはいられなかった。
「はぁ…。なぜか聖女様の召喚が遅れるのに加えて、召喚座標まで狂うなど…。しかもなぜか、聖女様を召喚するのに二人分の魔力を要することになるとは…。一体どうなっているのだ…?」
謎は深まるばかり。しかし時間はもうない。
「魔王はすでにこの世界に落とされた。今もどこかで成長しているに違いない。奴を倒すには、聖女様のお力が必要不可欠だ。すでに移動されていることも配慮し、探索範囲を広げろ!」
「「「はっ!」」」
兵士を見送り、執務室の椅子に深く腰掛ける。
世界の危機はもうすぐそこだ。
早く聖女が見つかることを王子はただ願った。
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