第五話 屍の上に
3月2日 17時頃、神奈川県。
「A社の一次面接通ったかなぁ...まあ第一志望じゃないからいいけど」
日の光とネオンライトが入り交じる繁華街の下を、しわ1つないスーツを着た石田があるいていた。就活早期化が進む現代において、4年の春休みに就活をする石田は勤勉そのものだった。
「......にしても就活まじで面倒だな。働く権利を得るためにそこら中を飛び回るなんてバカバカしすぎるわ」
石田が愚痴を吐いているとその時......
ゴゴゴゴゴゴ......
「うぉ!?地震!でかっ」
石田の楽観的反応に反して、その地震の規模と威力は恐ろしく大きかった。
面接前から通知を切っていたスマホが警告の叫びを上げはじめた。
ぐらぐらと震えていた窓ガラス達は次々と崩壊し、道路中をまきびしのように散らばっていく。そしてそのまきびしを踏んだ車は次々とパンクし歩道、建物へと突入、そして燃え上がった。
「やばいこれは本当に死ぬ!!」
石田はGoogleMapで避難所を調べたが、1.8km離れていることを知りさらに焦る。ここは海に近い。津波で流されてしまう可能性を鑑みて石田は近くのオフィスビルに避難することに決めた。
しかし......
ピィーーーーーーー!!!!!!
「ぇ」
ガッ.........
鈍い音に反して、一瞬だけなくなる全身の感覚。視界に移る全てが線のように見え、石田が気づいた頃には既に大の字に倒れていた。
そして覚醒し始める感覚。
「がぁあぁっぁぁぁ!!!痛ぃ痛い痛いぃぃぃぃ!!!!」
想像を絶する痛みに石田は叫ぶことしかできなかった。
「痛い...死ぬ......立てない...!」
この事故で背中をぶつけたことで、石田は背骨を骨折した。
石田は車の事故を見ていたため注意はしていた。しかし、石田の意識を無視するかのように、轢かれた。
まるで誰かに仕組まれたように。
「誰か...誰か......運転手...面接官の人......誰でもいいから...俺を助けてくれよ!!!」
周りでは自分のことで手一杯の者たちが石田のことはまるで意に介さず通過していく。
「俺が...なにしたんだよ。助けろよ!助けろよ!なんで助けないんだよ!!!」
石田の精一杯の怒号も虚しく、気づけば人は消えていた。
「はぁ......何でなんだよ」
声がかすれ何もできない石田が聞いたのはどこか遠くからやってくる轟音とスマホの警報音だけだった。
3月2日 神奈川地震 死者:853名 行方不明者:340名 (3月3日時点)
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―2か月後、病院―
鈴間「もうすぐ退院だね、おめでとう」
母「はじめ、いつもありがとう」
鈴間はプリンの差し入れを手渡す。
骨髄移植の手術は無事成功した。手術費のことはクラウドファンディングと説明し、それ以上は何も言わなかった。
地震の震源地は病院から少し離れていて、鈴間の母が危険にさらされることは無かった。これは不幸中の幸いと言えるだろう。
鈴間「また来るよ。退院したらサイゼでも行こう」
母「うん...はじめ、本当にありがとうね」
母の感謝の言葉に鈴間は顔を赤らめる。
鈴間「気にしないでって!当然のことをしただけなんだしっ......じゃぁ」
鈴間はそう言い放ち病院からそそくさと出た。
「......」
病院を出た途端、鈴間の笑顔は一瞬で消えた。
勘で理解している。あの地震を起こしたのは自分だということを。
しかしその行為を誰にも咎められることなく、むしろ感謝されている現状に鈴間は違和感を感じざるを得なかった。
「僕は......」
あのボタンはいとも容易く金を与えた。使用者本人に何の制約もなく、簡単に。
今後もあのボタンを使うかもしれない。
いや、使う。
このボタンの恐ろしいところはそこに詰まっているからだ。
現在は15日に一度押すだけだが、このままいけば自分の意志に反して今後永久に使い続けるだろう。
「僕はあのボタンを壊す」
だが、そうなる前にボタンを破壊すると鈴間は決意した。彼の意志はまだ漆黒に染まっていなかったのだ。
ここ2ヶ月、鈴間は何度もボタンを壊そうとした。
だが、できなかった。
それはあのボタンが与える恩恵に支配されていたからだろう。
しかし今回は違う。
鈴間の強まる自責の念と正義が、支配を振り切ったのだ。
そうして強い決意を保ち続けたまま、自宅にたどりつけた。
「はぁ、よかった...」
ドアを静かに、重く開ける。
これで鈴間一とボタンとの関係は終わった。
「待ってたよ」
そこにいたのは、浅田茂だった。
次回に続く
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