4.現実は変わらない

 ゲームからログアウトすると機械が開く。とりあえず、水分をとってごはんを食べよう。どうせ、食卓に俺の分なんて用意されていないから厨房に行って適当にあるものを食べるのだ。

 今日は、何が残っているかな。お肉が残ってるといいな。昨日、一昨日ってお肉食べれてないから、お肉があれば最高なんだけどな。そういえば。MoAは食事機能もいいことで有名なんだっけ?もしかしたら、MoAだったら甘いものも食べられるかな?数えられるくらいしかないから楽しみの一つにしておこう。目的もなくゲームをするよりかはいいことだろうしね。

 食堂には案の定片付けなどをする見習いくらいしかいなかったからこっそりとお盆にのっている俺あての料理を見つけて運ぶ。声をかけたところで厨房の人たちは無視をするからなにも言わなくなった。でも、料理長がいる時だけはお肉とかもらえるからその時は感謝をその場で述べている。それ以外は、付箋で「美味しかったです。ごちそうさまでした」って書いて食器を洗っておいている。どんな状況でも感謝の心を忘れちゃダメだって母さんは言っていたと思うから。記憶はもうほとんどないから多分でそうしてるだけだけど。


「いただきます」


 厨房の一角。誰もいない場所に椅子が置かれていて、そこで食事をしている。俺が食事をしているときは誰かが来たことがないから殆ど使われることがない場所なのだろう。だから、安心して食事をするのだ。

 今回は、スープとパンだった。最近、白米はお昼におにぎりで食べているからパンだと少しうれしい。それに、スープにも少しだけにはなるかもしれないけれどお肉が入っていた。なら、料理長がどこかにいるのだろう。後で、お礼を言って帰ろう。それから、シャワーを浴びてMoAの続きをしよう。

 そんなことを考えていたら視界の端に料理長が見えた。食事中に席を立つことは端ない行為だけど、帰ってしまうかもしれなくてどうしようもなく席を立った。


「あ、あの、料理長。お肉、ありがとうございます。今日もおいしいです」

「……」


 視線だけ向けられてそのあと直ぐに逸らされてしまう。それも、いつものことだ。でも、視線がもらえるだけ贅沢なことなのだからこれでいいのだ。望みすぎて悲しい思いするのだけは嫌だから。ならいっそ、期待しないようにするのだ。


「ごちそうさまでした」


 食事の挨拶だけは忘れないようにしている。食器を洗い場に持っていって軽く濯ぐ。そのあとは、食洗器に入れておく。まだ、他の家族が食事しているだろうから回さないでそのままにしておく。

 誰にも会わないように浴室に向かう。誰かに会ったところでもう、仕事は落ち着き始めているため仕事を言い渡されることはないけれど憂さ晴らしに暴力がくるかもしれない。そんな目にあいたくないから、人に会わないようにこっそりと浴室に向かっていく。


 浴室には誰にも会うことなく無事にたどり着けた。浴室は、広くて、湯船も大きいのだが怪我をしているとしみるから湯船につかった記憶はそんなにないのだ。それこそ、小さいころは溺れるかもしれないからとすぐに禁止された。使用人が俺に時間を割くことも、両親が俺に時間を割くこともないから結果として幼少期に湯船に入ったことはなかった。それから、小学校に上がってプールの授業を受けて初めて浴槽に入ることができたのだ。

 それまで、一回も入ろうとしなかったのかと聞かれれば一回もなかったって答えられる。入りたいってまだなにも知らなかったときに頼んだら、「今度な」と言われて放置された。それ以降、うらやましくてもその今度がくることを待っていたのだ。

 結局1回もきてくれることはなかったのだが。記憶がある限りだと、俺の本当の母親と入ったことはない。だから、お風呂は自分で入っているのだ。初めはどれがなにかなんてわからなかったし、しっかりと洗えてなんかいなかっただろう。

 それで、義母さんには汚いと罵られたこともたくさんある。その結果、1週間に2回使用人が俺を洗う日ができたのだ。そこで、洗い方を覚えた。洗うときも石鹸が目に入って痛い思いもしたな。いい思い出なんか言えない苦い思い出でしかないものだ。


「のぼせる前にあがろう」


 お風呂を上がったら、MoAの続きをやろう。攻略サイトとか見て攻略をしてもいいけれど、1回きりなのだから完全初見の初心者感丸出しでもいいから自分の力でやり遂げたいや。そうすれば、達成感とか得られるかな?

 それに、MoAなら湯船につかってリラックスするという感覚が得られるかもしれない。チュートリアルをクリアしたら試してみよう。

 MoAはなんて言ったて、第二の旅行先として挙げられるようになってるんだからきっと温泉とかいうものもあるんだろう。楽しみだな。


 そんなことを考えながら、部屋に帰る。部屋はそこそこの大きさではあるものの、MoAの機械が部屋の4分の1を埋める。部屋に今以上の物はおけないだろうな、なんて思いながら座り、閉じるボタンを押せば、上に開いていた半楕円系の機械が下りてきて俺の視界は暗くなる。


「起動」

『おはようございます、シオン。MoAの起動を開始します。いってらっしゃい」

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