即興小説集

はっこ

「怖い」

どすん。


と音を立てて、鞄が落ちた。

まるで人が1人倒れたみたいに。

ため息、なんてものは最近出なくなった、のような物を口から排出し、それを拾った。

これから我は学び屋に向かう。

楽しみと退屈の巣窟に。

こんな気分になるのは、もう慣れっこだ。


「怖い」

そんな言葉を繰り返すのも、慣れっこだ。

いつもそう。

カラフルとモノクロの世界を交互に繰り返している我はどう思われているのか、なんて想像を巡らせるのも諦めた。


「怖い」

歩く。電車に乗る。駅を抜ける。校門をくぐる。教室の戸を引く。

曲がり角から包丁を持った人が飛び出してくるのではないか。スマホの画面に映る自分の顔が歪んでいるのではないか。誰かに舌打ちされるのではないか。門の影から車が出てくるのではないか。誰かと衝突してしまうのではないか。

半分そうなって、半分は私の杞憂に終わる。

ていうか、全部そうならないでほしい。

そうなるのが、


「怖い」

塾のトイレにいても。帰宅の道を通っていても。

誰かが盗撮しているのではないか。後ろから襲われるのではないか。

ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。


「怖い」

我は今日も、何の罪もない鞄にも恐怖の矛先を向け、死ぬこともまだまだ非常に恐れている。

鞄の落ちる音が、人と重なっているように思えるなんて、

まるで我が人を突き落としているようじゃないか。

ふと気づく。我は今まで、否、今も、いったいどれだけの優しい人をあんな風に親中で疑って突き倒しているのかと。

上っ面では、そんなことしたくないくせして。


ははっ


そんな笑いが口から排出され、慌てて辺りを見渡す。

幸か。

不幸か。

私を気にしている人は一人も居なかった。


また、鞄が机から落下して行く。


どすん。


今のは誰が倒れたんだろう。

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