第31話

 カスティード国、北の海岸にてサファイアドラゴンより聖石『大海のサファイア』を譲り受けたアルディア。

 その日の夜……。


 ―――カスティード宮殿・バルコニー

 修行である仕事を終え、シャワーを浴び、夜風にあたるためバルコニーに出たアルディア。

 この日は珍しく雪が降っておらず、燃えるように赤い満月がはっきりと空に映っていた。

 そんな夜空に向け、アルディアはサファイアドラゴンより譲り受けた聖石サファイアを高く掲げた。

「聖石、サファイア……」

 藍色の宝石は赤い月の明かりを受け、青く輝いていた。

 アルディアは、そんな青く輝く宝石を見つめながら、改めて昼間の出来事を思い返していた。

 アルディアが聖石サファイアを見つめていると、どこからともなく美しい歌声が聞こえてきた。

 突然聞こえてきた歌声に、アルディアはハッとし、手に持っていたサファイアから視線を移しあたりを見渡した。

 すると、アルディアの居た場所から少し離れたところに、夜空に顔を向け歌っていたエクレールの姿があった。

 エクレールの美しい歌声に釣られたアルディアは、手に持ったサファイアをしまい、ゆっくりとエクレールの下へと近寄る。

 アルディアがエクレールの下に着いた時、丁度エクレールの歌も歌い終わったのか、エクレールも一息をついた。そして、自身の下へやって来たアルディアに気がついた。

「あら、アルディア」

「エクレール様。ごめんなさい、綺麗な歌声が聞こえたので……」

 アルディアは一礼をし、エクレールにそう言う。

 エクレールはフフフ、と笑いながら、

「いいのよ。勝手に歌ってただけだもの」

 とアルディアにそう言った。

「すいません。でも、とっても綺麗な歌声でした」

「そう? ありがとう」

 アルディアの言葉に、にこりと笑い、エクレールはそう返した。

「でも、初めて聞いた歌でしたけど……。なんて歌なんですか?」

 アルディアはエクレールに、エクレールが歌っていた歌について尋ねる。

「さっきの歌? あれは『月のうた』っていう歌よ」

「月の詩?」

「ええ。カスティードの王族にだけ伝わる歌……。私も母様から、子守歌代わりに聞いて覚えた歌」

 エクレールはそう言うと、少し目を細め、赤く燃える月に目を向ける。

 そんなエクレールの様子を見て、

「エクレール様……」

 と、アルディアはただ、エクレールの名前を呟いた。

「ごめんなさい。少し、幼い頃を思い出してしまいました」

「いえ」

「……貴女やマリーは、四柱帝に家族を奪われたのですよね。私の父様と母様は、四柱帝が現れる前に、病で天に召してしまいました」

「そう、なんですね……」

「どういう形であれ、大切な者を失うのは、心が裂ける程、辛いものですよね」

「……」

 エクレールの話に、どう返してよいかわからず、アルディアはただ、その場で俯いていた。

 そんなアルディアの姿を見たエクレールは、

「ごめんなさいね。こんな話をして」

 とアルディアにそう言った。

「いえ……」

 エクレールの言葉に、少し返事に困った様子でアルディアはそう返した。

 そんなアルディアの様子を見たエクレールは、

「少し話題を変えましょうか。この月の詩、実はカスティード建国の時から王族にのみ伝えられてきたそうですよ」

 と、月の詩に関する話題を切り出した。

「建国の時から、ですか」

 アルディアはエクレールに尋ねる。

「ええ。初代カスティードの王族が歌っていた歌みたいで、それからずっと、ずっと、王族にのみ伝わっていった歌なんですよ」

「そうなんですね……」

 エクレールから受けた月の詩の歴史が、あまりに壮大なものであり、アルディアはただただ驚くばかりであった。

「……ところでアルディア。もう少ししたら、東の大陸に戻るのですよね?」

「はい、そうですね」

「東の大陸には、貴女の仇である四柱帝『妖帝ラファエル』が居る場所」

 エクレールがそう言うと、アルディアは表情を曇らせ、少し俯いた。

「……ですが、今の貴女でしたら大丈夫でしょう。それに、貴女には頼もしい仲間も居る」

「そう、ですね! 今の私には、ザフィさん(ザフィーアの事)が、ルーちゃん(ルービィの事)が、エスメ君がいます!」

 アルディアは元気よく、エクレールにそう答えた。

 そんなアルディアの様子を見たエクレールはフフフ、と笑うと、

「それは心強いですね。ですが、貴女はまだ子供。本当に辛くなったら私も頼ってくださいね? 私は、このカスティード国は、貴女の味方ですから」

 と言葉をかけた。

 エクレールの言葉に、アルディアは

「ありがとうございます!」

 と元気よくお礼を言った。

 そんなアルディアを見て、エクレールはまたしてもフフフ、と笑うと

「どういたしまして」

 と答えた。そして、

「私はもう少し夜風にあたっていますが、貴女はどうしますか?」

 と尋ねた。

「はい、ご一緒します!」

 アルディアが元気よくそう答えた。

 そして二人は、赤く燃える満月の下、エクレールの美しい歌声と共に、夜の時間を過ごしていったのであった。


 ―――しばらくの日が経った後

 アルディアが目を覚ましてから、一月ほど経った時であった。

 しばしの休養と、準備を済ませたアルディア達は、東の大陸へ戻るため、カスティードの国から旅立とうとしていた。


 ―――カスティード宮殿・入口

「皆様、お世話になりました」

 ザフィーアはそういうと、カスティード宮殿入口に並ぶエクレール達にお礼を言った。

「いえ、お礼を言うのは私たちです。四柱帝ガブリエルを倒していただき、本当にありがとうございました」

 エクレールはカスティード国を代表し、アルディア達にお礼を言った。

「東の大陸に戻る為の船の手配は既に済ませてあります。貴方たちはそのまま、ホイップシティを目指していただければ大丈夫です」

「ガトー様、お心遣いありがとうございます」

 船の手配についてガトーから説明を受けると、ザフィーアはお礼を言った。

 そして、ザフィーアがガトーにお礼を言うと、

「みんな~、ホントーにありがと~!」

「お世話になりました」

「ありがとうございます!」

 と、ルービィ、エスメラルダ、アルディアは口々にお礼を言ったのであった。

「こちらこそ、本当にありがとうございました」

「アルディア、これからも無理しない程度に励んでくださいね」

「アルディア! 元気でね!」

 アルディア達の言葉に、ガトーが、シュトレンが、マリーが、そしてカスティードの者たちが次々と見送りの言葉を贈った。

 各々からの言葉を一通り受け取った後、

「では、行って参ります」

 ザフィーアが一同を代表してそう言い、旅立とうとした。

 するとその時、

「アルディア!」

 突然、エクレールがアルディアの名前を呼ぶ。

 エクレールの声に反応し、振り向くアルディア。

 すると、エクレールがアルディアに駆け寄り、ひしっ、とアルディアを抱きしめた。

「エクレール様!?」

 突然抱きしめてきたエクレールに驚くアルディア。

「アルディア、どうか元気で。無理だけは、しないでくださいね?」

「エクレール様……」

 エクレールの言葉に、思わずエクレールのドレスの背中部分を掴んでしまうアルディア。

 だが、少しした後、エクレールのドレスから手を離すと、

「ありがとうございます。四柱帝を倒したら、また、ここに戻ってきます!」

 と、元気よく言葉を返した。

 アルディアの言葉を聞いたエクレールは、抱きしめていたアルディアを離すと、

「わかりました。待っていますよ」

 と優しく微笑みかけたのであった。

「ありがとう! では改めて、行ってきます!」

 アルディアがそういうと、一同は東の大陸に向かうため、改めて歩き始めた。

 そんな一同に、エクレール達は姿が見えなくなるまで手を振り、旅立つアルディア達を見送ったのであった。


「彼女は、『聖女ソフィア』なのでしょうかね」

 アルディア達の姿が見えなくなった頃、ガトーはエクレールにそう尋ねる。

「わかりません。ただ……」

「ただ?」

聖女そうでない方が、彼女にとっては幸せなのかもしれません」

「……かもしれ、ませんな」

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