第1話『イレギュラー』

 日本人の少年・ヒビキは、ふと気が付いた時ロールプレイングゲームに出てくるような迷宮の内部にいた。


 訳も分からないままダンジョンの中をさまよい歩き、モンスターに襲われていた所を幸運にも救われる。

 ヒビキの記憶は他のプレイヤーとは違い一部欠如が見られたが、自身が死んだというその記憶だけは、はっきりと残っていた。


 『彼』――プレイヤー・ミカヅチから、この世界についての説明を受けたあと1週間ほど、ここで生きていくための戦闘の手ほどきを受けた。

 現地人には扱えないハイレベルなスキルと武器術を使いこなし、ある程度戦える力を身に付ける事が出来たと自信をつけた。


 しかし、増長するヒビキに向かいミカヅチは言った。

 街の近くは比較的安全だが、街から離れるに連れて敵も強くなる。決して慢心せず、仲間と共に適正なフィールドで狩りをしろ、と。


 ヒビキがある程度のレベルになったのを見届けた所でミカヅチは仲間と共に街から遠く離れたダンジョン内の調査に出かけた。


 元々、彼らはその予定でいたのだ。

 あの時、ミカヅチ以外の仲間が微妙な表情を見せたのはそのせいだった。


 新人プレイヤー・ヒビキの出現というイレギュラーな事態があったせいで、延び延びになっていたダンジョン奥調査隊の出発が済み、ヒビキはこの世界に来て初めて一人になった。


 だが、遠出さえしなければ、余程運が悪くない限りこの世界で本当に死ぬ事はない……相応の痛みは伴うが。


『本当の死は訪れない』


 その事実が、記憶の欠落したヒビキの不安をいくらか和らげた。


 その後もミカヅチの言いつけ通りにたまに街で、その日その場限りの臨時の野良PTを組んで狩りに出かけた。


 剣と、簡単な回復魔法が使えるヒビキは臨時PTではありがたがられた。

 ヒビキ自身も、少し前の自分と同じような境遇の新人を見かければスキル取得についてアドバイスもしたし、ステータス育成方針の相談にも乗ってあげた。


 ヒビキは、ミカヅチがまた戻ってくるまで最初に訪れた街から動くつもりはなかった。

 臨時PTで組んで一緒にレベル上げをしたプレイヤーがダンジョンの奥を目指し拠点の街を移動するのを尻目に、以前と変わらずに新人プレイヤーがいないか、あまり敵が強くないフィールドを見て回ったいた。


 しかし、ミカヅチと別れてからひと月が経過した頃、ヒビキは突如プレイヤーたちとの交流を極力避けるようになった。

 街中を極力避け、狩りから戻ってすぐにアイテムを売り払い、その売り上げで食料品その他を買い込んで再び迷宮に引きこもった。


 かつてはヒビキと共に迷宮に挑んでいた臨時PTの仲間たちも、初めはそれをいぶかしんだが、やがてヒビキの事など忘れてしまったかのように元の冒険生活に戻っていった。







 ヒビキは、今日もダンジョン内で目覚めた。


 仲間による見張りもなく、モンスターが徘徊する本来ならば危険極まりない場所ではあるが、長年のソロ生活により安全地帯を見つけていた……長年といっても『彼』と別れてまだ2ヶ月ほどだが。


 ダンジョン内には、大小様々な長方形のオブジェが足場として点在している。

 それらは時に、そびえ立つ壁としてプレイヤーの行く手を阻み、また時には階段や飛び石的な足場としてプレイヤーを別の場所へ誘うしるべともなる。


 このオブジェが壁際にある場合、壁とブロックの隙間に人が1人やっと入れるかどうかのスペースが出来ている事がある。


 あまり高度な知能を持たない低級モンスターの場合、横幅のスペースが2人分あれば普通に進入してくるが、1人分のスペースしかなければ直接そこへ入る所を見られなければ一切襲われる事がない。

 慎重派のミカヅチからは教わっていない、ヒビキの危険なオリジナルサバイバル術だった。


 しかし当然ながら、この手は強いモンスターや頭の良い上級モンスターにはまったく通じない。

 だが、低級モンスターや、あまり積極的に人に襲い掛からない、所謂いわゆるノンアクティブのモンスターならば安全にやり過ごす事が出来る。


 構造上の不要な部分、デッドスペースが安全圏あんちになるという皮肉にヒビキは起き掛けに一人吹き出して笑った。


 肩と足に棺に押し込められたような圧迫感を感じつつ、意識が覚醒するまで待ち天井をしばし見つめる……。


(毎朝、何度見ても同じ。石の天井だ……どうやったって壊せないから石じゃないかも知れないけどさ)


 ……と、何やら人の気配を感じる。

 目を閉じ感覚を研ぎ澄ませると、すぐ近く……おそらく2~3部屋先の辺りから戦闘音が聞こえて来た。


(新人プレイヤーが襲われているならば助けに入る。もしもそれなりに鍛えたプレイヤーなら……それはその時次第だな)


 迅速に行動を決めたヒビキは、両腕をダンジョンの壁につかえて身をよじるようにしてすばやく起き上がり、人間1人がようやく通れる裏路地ほどの狭いスペースの溝の下をひた走る、適当な所で手足を突っ張り、上へと這い上がった。

 大きくジャンプし、足場となっているブロックを飛び石のように渡って大幅にショートカットする。


 戦闘音の聞こえた部屋までは、ものの1分もかからずに到着した。

 そして物陰に身を潜めて室内の様子をうかがう。


「そっち行ったぞ、追い込めっ、逃がすな!」

「くそったれが! 俺たちが何したって言うんだよっ」 


 室内を見ると、どうやらプレイヤーとモンスターが戦っているわけではない。

 これはプレイヤーがプレイヤーを殺すPKプレイヤー・キルだ。


 どうやら10人前後の集団と30人ほどの集団の争いとなっているようだが、人数が多いはずの陣営が押されていた。


「BOT狩り……か」


 プレイヤーには大きく2つの派閥があった。


 1つは、BOTer狩り《不正者狩り》のグループ。


 BOTとはロボットの略らしく、オンラインゲームで自動でキャラクターを動かす不正ツール、との事だ。


 一部の高ランクプレイヤーが、戦闘能力の劣る低ランクプレイヤーを不正を行っていた者と断じBOT狩りと称してその命を狙っていた。


 2つめは、低ランカー《Fランカー》のグループ。


 彼らの中には過去にネットゲームで不正を行った事は認めるが、それで命を狙われるのはおかしいと主張する者がいた。


 ヒビキもそう思っていた。不正自体は忌むべき事だが、それで命まで取ろうという気にはならない。


 そしてその2つのグループどちらにも属さないヒビキのようなソリストや、前の世界での知り合いとPTを組んでいる者たち。

 プレイヤー間の殺し合いを良しとせず、この世界の謎を解き明かそうという者たちだ。


 『彼』――ミカヅチがいたらこの状況をどう思うだろうか?


 調査隊が戻らない……調査に失敗したというプレイヤー共通の認識が人々の心を荒ませているのか。


 等級ランクがピラミッド構造になっている以上、低ランクプレイヤーの方が、高ランクのプレイヤーよりも圧倒的に数が多い。

 そして低ランクのプレイヤーは一度殺してもその場で3度まで復活するし、高ランクは逆にいったん近くの街まで戻されてそこで復活すると言われていた。


 『低ランクプレイヤーはその場で復活する』


 この事が、今まではプレイヤー同士の殺し合いをある程度抑制して来た。

 しかし、最近になって新人プレイヤーがこの世界に大量に流入してくるに連れて争いも頻発し、結果として殺し合いに発展するような大きな衝突がプレイヤー間で起こっていた。


 その場で復活するFランカーたちを確実に殺すため、BOT狩りの者たちも大人数で徒党を組んで戦う、ゆえに多数対多数の泥沼の殺し合いに発展する事が多かった。


 今回はどうやらBOT狩りの陣営が優勢のようで、Fランカーたちは次々に命を落とし、復活出来なくなり完全に死亡・消滅した者がすでに8名ほど、人数が激減した以上、結果は決まったようなものだった。


(……チッ!)


 ヒビキは内心で舌打ちした。


(こんな事してる場合かよっ)


 いきなりこんな訳の分からない世界に来て、なんで人間同士で争わないといけないんだ。


 ヒビキの予想通り、人数差をも凌駕する戦闘能力差は如何ともしがたくFランカーの5人は抵抗する事をやめて投降をしたようだ。

 Fランカー側で生き残ったのは6人、その内の1人はなぜか現地人NPCのようだった。


 Fランカー側は手持ちの武器を床に投げ捨てた後、両手を頭の後ろで組んでひざまずき、完全に降伏の意思を示している……が。


(……投降した所で奴らが見逃すか?)


 武器を無くしたFランカーに対して、BOT狩りの連中は殴る蹴るの暴行を加え始めた。

 散々痛めつけた後は、どうせ命も取るつもりなのだろう。


「やめろよっ!」


 その時、突然、現地人の少女が叫んだ。


(……あいつ)


「もういいだろ! 武器も持ってないやつ相手に卑怯だろっ」

「なんだぁ? てめえ、NPCの分際で人間様に指図する気か」


 無抵抗で暴行を受けるFランカーを見ていられなくなったのか、彼らの前に立った現地人の少女がBOT狩りのプレイヤーを制止する。


「NPCのくせに生意気なんだよ。どうせお前も後で殺されるんだ。黙って待ってろ」


 それでも、少女は毅然とした表情でBOT狩りの男をにらみ付ける。


(……ふふっ!)


 この状況で、ヒビキは不謹慎にも吹き出してしまった。

 少女の勇気と、見ているしかなかった自分の不甲斐なさ、そしてBOT狩りの男のいかにもな小悪党ぶりに。


「……チッ、そんなに死にたいならお前から殺してやるよ!」


 BOT狩りの男が少女を殺そうと腰の得物に手をかけた瞬間、ヒビキは物陰から飛び出した。

 男の蛮刀が振り下ろされる刹那。


 ヒビキは、もの凄いスピードで横から少女の前に割って入り、抜き放った剣の腹で蛮刀の一撃を受け止めた。


「だいじょうぶか?」


 半身になって攻撃を止めた体勢のまま振り返り、少女に向かって問う。

 少女は状況が飲み込めないといった様子で目をぱちくりさせている。


 その超人的なスピードと、不十分な体勢でも余裕を持って片手で攻撃を受け止めたヒビキに対して、BOT狩りの連中は驚きあわてふためく。


「なっ、なんだてめえ!」

「……不正者と断じた者を殺すのは、まあ百歩譲っていいとしても現地人は無関係だろう」


 ヒビキは片手で保持した剣を軽く払い、蛮刀を持ったプレイヤーを押しのける。

 それだけで男はよろよろと後ずさりしてへたり込んでしまう。とんでもない力量差だった。


 動揺するその場の者たち。BOT狩りのリーダーはそれを抑えようとしたのか、前に進み出てヒビキに言う。

 リーダーは、真紅の髪色の槍使いだった。


「君は知らないのか? その少女はルーターで有名なんだ」


 荒々しい髪色に似合わない冷静な口調にヒビキは困惑するが、少なくとも下っ端の男よりは話の通じそうな男に説得を試みる。


「ルーター?」


 ヒビキにも聞き覚えがある言葉だ。

 以前雑談の中で、ミカヅチから聞いた事があった。


 ルーターとは自身に取得権利のないアイテムをかすめ取る者の事らしい。

 他のプレイヤーが敵を倒し、地面にドロップしたアイテムを横取りしてルートする、故にルーター。


『ボスなんかだとレア拾うのを妨害するとか日常茶飯事だったんだよ~。あー今気が付いたけど、だからこの世界ってレアはドロップしないで直接手に入るようになっているのか』


 無類のゲーム好きである『彼』の無邪気なセリフがよみがえる。


 ヒビキ自身も詳しい事は知らなかったが、本来ドロップアイテムというのはモンスターを倒した際にその場に落ちる、ゆえにドロップアイテムと呼ばれていたのだという。


 しかしネットゲームのマナーの悪さはすさまじく、ボスを狙うプレイヤー同士で、敵に回復を行う・バリアで敵を守るなどの戦闘中の妨害やMPK、討伐成功後ドロップアイテムの横にワープゲートを置いてルート権の妨害などの迷惑行為が頻発した。


 そのため、レアなアイテムは戦功を挙げたプレイヤーのアイテム欄に直接送られるようになった経緯があるらしい。


 ゲーム的なこの世界においてもそれは同じで、レアなアイテムは直接手に入り、回復アイテムなどの消耗品はその場にドロップする。

 この少女はそのクズアイテムを拾い集めていたのだろう。


「だからBOTerの手伝いなんかしていたんだろう、れっきとした犯罪者だ」


 リーダーの男の言葉に、ヒビキは自身のうかつな発言を悔い、苦い顔をした。

 先ほどの自分の言葉を額面通りに取れば少女を見逃せとは言えない。


 ヒビキは目を閉じしばらく考えた後、


「じゃあ、この場はオレの命ライフ1つで見逃してくれ」


 リーダーは驚いて、


「どういう事だ?」


「俺はあと1回しか生き返る事が出来ない。オレのライフ1つとこの子の命を引き替えに助けてやってくれ」


 ざわめくその場。

 いくら『1日に3回まで生き返るから』と言っても死にはとてつもない苦痛と恐怖がともなう。


「オレがこいつの罪の代わりに1回死ぬ、それでチャラにしてやってくれ」


 と、右手の手刀で首切りのジェスチャーをする。


「はっ……ハッタリだ! 出来るわけねーよ」

「アンタ、名前は?」


 下っ端が騒ぐが、ヒビキは気にせずにリーダーに訊いた。


「俺か? 俺はティケットだ」

「そうか、ティケット……約束だぜ?」


 言い終わると、赤くするどい光を発したヒビキは柄と剣先を保持した自らの剣でギロチンのように自身の首を切り落とし絶命。


 見るからに高レベルのヒビキが、かなりのHP総量であるはずなのに、一撃で自死できるほどの超攻撃力を有していた事にBOT狩りたちは戦慄する。


 Fランカーたちもそれは同じだ。

 命を救われた少女もただ状況を見守っているしかなかった。


 すると、しばらくの後、首が地に落ちたヒビキの全身が明滅しその場で復活した。


「……あんたFランカーなのか? でも、その強さは一体?」


 ティケットは恐る恐るたずねるが、


「……約束だぜ?」


 ヒビキは短くそう呟くのみだった。



 ヒビキというイレギュラーの登場で数の優位は怪しくなった。

 それを理解したBOT狩りたちはしぶしぶながらも帰って行き、残ったFランカーたちもこの場は命を救われる。


「本当に助けてくれてありがとう、礼を言うよ」


 Fランカーたちのリーダー、青い髪の弓使い・レイグウッドはヒビキにあれから何度も感謝の言葉を紡つむいだ。


「礼ならこいつに言えよ」


 ヒビキは、現地人の少女を指差して言った。


「俺は正直お前らが殺されそうになっても見殺しにするつもりだったしな」


 冗談か本気か分からないヒビキの言葉に、レイグウッドたちFランカーは苦笑いして帰っていった。


「さて、とそろそろ行くか」


 ヒビキはFランカーがBOT狩りとは別方向の街へ向かうのを見届けた後、この場からようやく立ち去ろうとする。


「ほら、お前も」


 言って、少女に皮袋に入ったいくばくかのお金を手渡す。


「……え? え?」

「もう悪さすんなよ」

 驚いて声も出せないっといった様子の少女を残してヒビキはまた迷宮に消えていった。

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