自分のペースで2

 四人で遊びに行った日の次の週のこと。

 その日は日曜日で、翌日の学校のために私は早めにお風呂に入って寝る準備をしていた。その時スマホの着信音が鳴って、スマホを開くと菅谷くんの名前が表示されている。

 菅谷くんから電話は四人で遊ぶ前にかかってきたきりで、どこか緊張してしまう。


「川崎さん。急に電話してごめん」

「ううん、大丈夫。何かあった?」

「実は、サッカー部に入ろうか悩んでて……」


 何故か心臓が少し速くなったのが分かった。四人で遊びに行った日から部活の話に敏感になっているのかもしれない。


「いや、悩んでるんじゃないかも。入りたいのに勇気を出しきれないだけ。俺、小学生の頃からずっとサッカー部だったんだけど、この症状のせいで高校は部活を諦めるつもりだったから」


 菅谷くんの声色こわいろはいつも通りで、声だけで菅谷くんの感情を読み取るのは難しかった。


「でも、やっぱり諦めたくないなって」


 私も菅谷くんと同じで病気の症状のせいで部活を諦めた部分もあって。でも菅谷くんとの大きな違いは、菅谷くんはちゃんと前に進もうとしている。

 「周りの人に迷惑をかけたくない」と思って、前に進めない私とは違う。ううん、本当は「周りの人に迷惑をかけたくない」っていう気持ちを言い訳にして、人と関わるのを避けているのかもしれない。

 それでも、菅谷くんを応援出来ないような人間にはなりたくなかった。


「菅谷くんなら大丈夫だよ。応援してる!」


 この気持ちも紛れもない本心だから、どうか伝わってほしかった。


「なんか川崎さんには弱音ばっかり吐いてるね」

「それは私も」

「でも、なんか勇気出たわ」


 菅谷くんが自分から私を頼ってくれることは本当に少なくて。菅谷くんが勇気を出すために私に電話してくれたことが嬉しかった。


「ごめん、こんなことで電話かけて。ありがと」

「ううん、全然」


 菅谷くんと電話が切れた後も、しばらくスマホの真っ暗な画面を見ていた。


 その時、急に症状が顔を出した。



 寂しい。



 私は慌てて、枕元に置かれているぬいぐるみと手を繋いだ。さっきまで菅谷くんと話していたからだろうか。急に一人になって寂しくなったのかもしれない。

 そう思うのに、いつもと違ってぬいぐるみと手を繋いでも中々症状がおさらない。


 なんで。なんで。早く治って。


 先ほどの菅谷くんの言葉が頭をよぎったのが分かった。


「実は、サッカー部に入ろうか悩んでて……」


「やっぱり諦めたくないなって」


 段々と息が苦しくなっていく感じがする。



「置いていかないで」



 気づいたら、そう呟いていた。どれだけ私は最低なんだろう。自分だけ前に進めないのが「寂しい」なんて。置いていかれるのが「寂しい」なんて最低すぎる。だって、自分も前に進めばいい話。進もうとすればいいだけの話。


「怖い、だけ……なんだけどな……」


 そう呟いた自分の声が部屋に響いた気がした。

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