30話 これが勇者の力


 魔大陸の熱く乾燥した大地に、竜人族の少年がうつ伏せに倒れている。

 切り裂かれた胸から心臓の脈動に合わせて大量の出血が見て取れる。

 アインは敵がほぼ死に体であることを確認し、次いで同じく瀕死の重傷を負っている飛竜の方を見やる。

 片翼を切り裂かれた飛竜はもはや飛竜とは言えず、魔力切れの図体の大きいただの蜥蜴と化していた。

 そして、最後に愚かにも魔族に味方し、敵対した己の娘に視線をやった。

 

「お父様……」


 自らのメイドを抱きながら、いまだにこの父に向けて殺気を放っている。

 なぜ勇者の血から、それも自分の子からこのような愚物が生まれたのか。

 母体が悪かったのか。ルドルフとティニアを生んだ母は白貴族(エルフ)の血が混じった雑種だった。やはり純血の人間でないと正しい勇者は生まれないのか。

 美醜と血筋だけで女を選んでいた、過去の自分を殴りつけてやりたい衝動に駆られる。


「もうお前の顔も見たくない。今すぐに殺してやる。お前は異端者として、魔女として、人間の汚点としてソラリスの歴史に刻まられるだろう」

「再度お願いします。私はどうなっても構いません。でも、サラは! サラだけは!」

「お前を庇う者も同じく異端者である! ともに死ね!」


 アインの大剣を持つ右腕に力が込められた。大量の血管が浮かび上がり、そのままの勢いで振り下ろされたらクレーターが出来るほどの威力になるだろう。


「くっ!」


 ティニアの金髪が翻り、砂粒が風に舞って収束し、やがて一本の大きな球となった。 

 相変わらず体は一切動かさず、意思だけで魔法を行使している。

 とんでもない才能、異能と言ってもよいものだった。

 殺すには惜しい、ふとアインの殺気に緩みが出来た。もうティニアには大魔法を放つだけの魔力がない。このまま捕らえるだけでよいのでは、という情けが生まれる。   

 しかしそれも一瞬のこと。

 王の決定は覆らない。

 一度殺すと決したからには殺さねばならない。

 それが王の言葉の重みであった。


「———」


 しかし、剣を振り下ろす直前に、ティニアの目から意識が消失したのが見えた。放出される寸前の魔法が消え去り、あたりを覆っていた砂煙が一瞬で晴れる。


「ふっ、なんと詰まらん幕切れよな」


 アインがそう鼻で笑った瞬間だった。


「———っぬぅ!?」


 遠方背後より矢が放たれた。大きな黒々とした鋭い刃、矢というより槍というほうが正解であろう長物だった。

 艶やかな漆黒の煌めきと、周囲の魔力を切り裂く性質から、黒鋼で作られた最高級の一品だということが判る。

 それも同時に五本。

 勇者だろうが魔王だろうが当たり所が悪ければ即死させるような攻撃力を秘めていた。

 さらに左右のモンスターの死骸の中から、覆面の男達が現れ、高位の炎と風属性の合体魔法が放たれた。炎の渦が目の前に現れ、灼熱の竜巻がアインを飲み込もうと急接近してくる。

 絶対絶命の窮地にアインは何一つ慌てない。

 慌てる必要が全くなかった。

 なぜならば、『こう』なることは最初から分かっていたからだ。


「やれやれ。やっと馬脚を露したな、ルドルフ!」


 ソラリス王の射るような視線が、その第一王子の怯えた目を捕らえた。

 遥か後方からこちらを恐るおそる覗う臆病な男の姿が見える。

 ルドルフが自身を邪魔に思っていることくらい把握していた。

 40を過ぎても未だ第一王子のまま。

 老いても権力を手放さない父に嫌気が刺すのも理解できる。

 さらに、アインは勇者の子孫として、ソラリス王国———人類大陸を統べる帝国から派生した陽の昇る国の王には絶対的な強さを求めていた。

 ルドルフには商才はあっても、武才はなかった。

 今は失墜したが数年前より同腹の妹であるティニアの名声が高まり、己の地位が脅かされるようになってきた。また、孫にあたるが、第二王子の息子で、まだ5歳になったばかりのゴドフロワが弱いながらも雷雲を呼ぶことが出来るのが判明した。

 アインの死後勝手に転がり込んでくると思っていた王位が危うくなってきた。

 それどころか、相続の際不和の原因となるであろうルドルフは、人知れずどこかで消されかねなかった。

 第一王子が己に刃を向けるかもしれない動機はいくらでもあった。

 アインは1年前からルドルフが腕利きの者を雇っていたことを知っていた。大臣であるボエモンに命じて調査させた結果、金儲けだけは上手いルドルフが、多額の金を積んで帝国本国の強者を自分の身の回りに侍らせていることが分かった。それだけでは、魔大陸で戦場に立つ己の護衛に雇ったのかと思ったが、カチュア平原の大戦でも彼らを使うことなく、自分の手元にずっと温存していた。

 隙あれば背後からアインを討つ———暗殺者と化した傭兵が虎視眈々とこちらを狙っている殺意がじわじわと伝わってきていたのだ。

 自分が生き延びるために父であろうと勇者の長男であろうと殺す。

 それは認めよう。

 意外な強者であった竜人族の餓鬼を助け、己の手駒にし、使い捨ての道具にする手腕も見事だ。

 しかし———。


「この期に及んで己は姿を見せず、戦は他人任せか! そういうところが、卑怯さが、卑屈さが、俺を嫌悪させているとなぜ理解できん! 俺が次代の王に求めるのは、戦の才ではない! 人の上に立つ気概と資質よ! お前に王の才は一切ない! 期待外れだ、己も死ねルドルフ!」


 アインは矢の一本を、既に傷だらけの左腕を犠牲にして受け止めた。

 長々とした物干し竿のような黒い矢は、簡単に肉と骨を貫き、血しぶきを撒き散らせる。そして残り数舜、遅れて到着した4本の矢を避け、左右から襲い掛かってくる魔法兵をその巨大な魔法ごと斬って払い、首と胴を分離させた。

 彼らも亡き勇者の仲間であった英雄達の子孫なのだろう。斬った魔法の威力は相殺されることなく、アインの肌を焼き切り裂いた。

 致命傷ではないが、相当なダメージが屈強な肉体に襲い掛かってくる。

 回復魔法を行使させずにこの傷を癒すには相当な年月が必要であろう。

 魔族の掃討にかかる時間が、己の貴重な生が削られることに、凄まじい怒りが押し寄せてくる。


「ルドルフぅうううう!!」


 アインの激昂ぶりが遠目から判断できたのか、ルドルフ自身は背中を見せて一目散に逃げ始めた。四方から襲いかかってくる魔物に対処し戸惑うソラリス本陣の兵達に、矢と魔法を放つように命じる。


「う、うわぁああああ! 撃て、撃つんだ! 父上ごと蜥蜴どもを皆殺しにするんだ! 何をしている、第一王子である私が命令しているんだ! 放て、放てぇ!」


 ルドルフに金を渡されている極少数の兵から矢が飛ばされた。しかし、大半の兵は彼の命令を無視する。当然だ。アインこそがソラリス王であり、英雄達を束ねる現在の勇者なのだから。


「はやく、早く殺せぇ! 死にかけの老人相手に何をしている!」


 やはりルドルフには戦の才が絶望的にないのか。

 死に体と揶揄してくるが、たかが左腕一本潰れたくらいで、あとは大した傷でもない。血が出て肉が千切れたくらいで大袈裟すぎる。

 これだから死線を超えたことのない軟弱な男は嫌いなのだ。


「かあああああああ!」

 

 アインは残り僅かとなった魔力を行使して、右腕から雷撃を複数本生み出し放った。小さな雷鳥となって飛来する雷は、今も貴重な黒鋼の矢で狙撃を続ける暗殺者を焼き払っていく。

 彼らは四方に逃げるが関係ない。

 雷鳥には目がついており、避けても方向を変え追尾してくれるのだ。

 やがて、アインを襲う猛攻が収まりはじめ、老人のまわりにはクルーゴやティニア、戦闘不能となった暗殺者の山で覆い尽くされた。

 

「見たか、これが勇者の力ぞ!」


 完全勝利といったところか。

 手痛い傷は負ったが、己を邪魔する輩はこれで全て排除できた。

 ルドルフは本陣にてアインの近衛に捕獲され、首に剣を突き付けられている。

 

 あとは———。


「未だ死に切れんと見えるその小僧にとどめを刺すだけ、か」


 アインの面倒そうな視線の先には、倒れ伏したままだが、こちらを射殺さんほどの戦意に燃える竜人族の少年の姿があった。

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