第6話 歌舞伎町は油断できない!



「探索。条件、歌舞伎町の公衆電話」


 目の前に、俺しか見えない空間表示が浮かぶ。

 この条件で探索魔法を使うと、歌舞伎町全体のマップが表示される。


 歌舞伎町全体の精密な3D地図だ。

 そこに赤い点滅するマーカーがある。


 でもこれじゃ曖昧すぎて、彩香を見つけられない。

 なので条件を絞りこむ。


「条件追加。彩香の痕跡が残るもの」


 彩香については、アパートで本人の持ち物なんかを渡されてる。


 持ち物には、それぞれ特有の魔力痕跡が染みついてる。

 これは人だけでなく動物全般に当てはまるから、職業持ちの俺たちには一発で判別できるってわけ。


 だから、しっかり追跡できる。

 って、俺って警察犬か?


 ――ピコン!


『発見。歌舞伎町の新宿コマ劇場前広場』


 該当する公衆電話が八つほど表示される。


 まだ範囲が広すぎる。

 たぶん彩香が近くを通りすぎたんだろう。


 さらに条件を厳しくする。


「受話器に直接接触痕のある電話機」


『広場西側にある映画館の隅にある赤電話』


 ようやくたどり着いた。


 ちなみに『新宿コマ劇場前広場』って、令和だと『シネマシティ広場』って呼ばれてたりする。


 ここは別名『トー横広場』とも。

 いわゆる『トー横キッズ』たちがたむろする治安の悪い場所だ。


 けどそれは、昭和でもあまり変わらない。


 ただし集まってくる小中学生は少なく、もっぱら若くても高校生止まり。

 ほとんどがディスコやゲーセンが目的の大学生や成人男性ばっか。


 夜に群れる者の大半が男だ。


 それでも20歳以下は未成年だから、飲酒や煙草が違法であることには変わりない。


 令和だと、夜でも女の子が大量に街頭へ溢れてた。


 けど昭和の夜は、見かけても歌舞伎町で働いてる女性ばかり。

 素人の女の子が道を歩いてる姿なんてほとんどない。


 いても複数人数で、しかも早々に目的地のディスコとかに入ってしまう。


 だから街路じゃ姿が見えなくて当然。


 それはなぜか?

 昭和の歌舞伎町は、令和じゃ信じられないくらい『危ない場所』って認識だから。


 暴力団対策法(暴対法)施行前だから、この時代の暴力団はやりたい放題してる。


 そして歌舞伎町って言えば、名うての暴力団同士がしのぎを削る大激戦地。


 だから、たとえ援助交際目的の女子中高生でも、目的なしには夜の街路に出ない。


「転移」


 一瞬で景色が変わり、もう見知った歌舞伎町……。

 新宿コマ劇場前広場だ。


 用心して隠蔽魔法をかけてるけど。

 さすがに、広場のド真ん中に転移するのは目だちすぎる。


 だから広場の北西につながる暗い路地裏を指定した。


「あらお兄さん。遊んでかない?」


 いきなり野太い声がした。


 そいういや、この路地裏。

 オカマのが出没するとこだった。


 オカマの男性フェロモンに対する鋭い感覚は、隠蔽魔法でも隠せないらしい。


 あわてて手を振って拒絶。


 その足で公衆電話のある場所まで走る。

 御姉様は追いかけてこなかった。


「ふう~。まったく歌舞伎町は油断できんなー」


 額に噴き出た汗をコートの袖で拭う。


 昭和世界に来て丸1年。

 それなりに慣れたって思ってたのに、まだダメダメだねー。


 その後、空間データの探査を行なう。

 これは指定した空間に残されてる、過去の魔力痕を収集できる魔法だ。


 さらに……。

 ひと工夫して、時間を現在まで変移させる。


 結果が出た。


上織彩香かみおりあやか。上織京子の一人娘。46分前、現在地点に一時滞在。そののち、柄の悪い若者10名ほどに拉致され連れ去られた。現在位置は新宿西大久保公園』


 探査すると同時に地図が表示される。


 いまいる場所から、北に数百メートルほど行ったところにある小さな公園。


 そこでマーキングが点滅してる。


 ここで残存MP量をチェック。


 ここまで変身なしで、転移魔法をふくむ複数の魔法を使ってる。

 だから、かなりMPを消費しているはず。


 結果確認。

 あと数回くらいの転移なら大丈夫……。


「転移」


 ふたたび視野が切りかわる。

 今度は新宿西大久保公園の北入口に出現した。


 入口付近に、複数の改造バイクや改造四輪車が停められてる。

 すでに陽はどっぷりと暮れ、公園内は街灯の下以外、ぼんやりとしか見えない。


 目を凝らす。

 すると暗がりの中に、10人くらいの暴走族がたむろしている。


 そして、そこに生えてる木の根元に、彩香らしい人影が座り込んでいた。


 ところで……。

 暴走族って、令和じゃ絶滅寸前の珍獣扱いだった。


 でもこの時代は、まだ東京のあちこちで派閥を作って暴れまくっている。


 警察も根性入れて取り締まってるけど、土台、暴走族の勢いが凄すぎる。

 ここにいる連中も、まるで公園を自分たち専用かって思ってるみたい。


 たぶん歌舞伎町のディスコとかで遊んでたら、途方にくれていた彩香を見つけたに違いない。それで調子に乗って、なにやら『悪いこと』を思いついたんだろう。


 夜の歌舞伎町で15歳の少女が1人。

 誰もが援助交際目的って思う。


 そして一部の暴走族は、家出した少女をたぶらかし、金を稼ぐ道具にしている。


 彩香もいいカモって思われ、連れ去られたようだ。


 このままじゃ危ない。


 暴走族の常套手段は、まず女の子を覚醒剤やシンナー漬けにして、無理矢理にでも抵抗できない身体にする。


 その上で売春とか風俗営業をさせて金を巻きあげる。


 使えなくなったら、関係のある暴力団に引き渡す。

 だからそうなる前に助けださないと、中毒になってからじゃ遅い。


 もっとも……。

 やってることは、令和の半グレとあんまり変わらない。


 でも昭和の頃は、半グレって暴力団と敵対してることが多かった。


 でもって暴走族のほうが、裏で暴力団と絡んでる(というより暴力団の下部組織っていったほうが正しい)。


 だから暴走族のほうがタチが悪いんだ。


「ふーん」


 いちおう品定めしてみる。


 暴走族といっても、しょせんはタダの人間。

 変身しなくても、強化魔法と加速魔法だけで楽勝だ。


 必要な魔法を身体にかける。

 直後、暴走族の群れにむかって走りだした。


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