第3話 変身なしの二人と大賢者《カイラス》
空間転移の結果。
景色が一瞬で、うらぶれた木造家屋の室内に切りかわる。
ここは俺たちが根城にしている店舗兼住宅の一軒家。
木造2階建て/築35年/敷金10万円/礼金なし/家賃は格安の5万円。
練馬区の石神井駅から歩いて10分……。
昭和だから安いんじゃなくって、これは異常に安い。
今はもうバブル景気に入ってるから、不動産関係の値段は沸騰してるはずなのに。
しかも、これは商用の物件。
商用物件は、ふつうの人がアパートなんかを借りるのとは違う。
アパートなら敷礼で家賃2ヵ月、前家賃が1ヵ月、不動産屋に仲介手数料として1ヵ月程度。合計で4ヵ月分。
家賃が2万円なら、手元に8万円あれば入居できる。
でも商用物件は、まず保証金みたいなのが百万円以上も必要になる。
これにアパートと同じような諸費用がかかり、しかも家賃も店舗兼住宅なら、相場は20万円前後するはずだ。
なのに、めちゃめちゃ安い!
そう……。
安いのには、それなりの理由がある。
なんとここは、ご多分にもれず、最恐の心霊スポットだったのだー(棒)。
しかも事故物件。
これまで10人近くが亡くなってるらしい。
狂暴な悪霊が昼夜を問わず出没して、どんな入居者も1ヵ月持たない。
無理して住んでいると、頭がおかしくなって自殺するか、周囲を巻きぞえにして大惨事に……。
もし今、大島〇るさんの事故物件みたいなサイトがあれば、特大炎上マークでポイントされそうな場所なのだ。
80年代といえば、心霊とかスピリチュアルとかUFOとか新興宗教とか、ともかく不思議大好きなテレビ番組がこれでもかと放送されてた。しかも娯楽ものじゃなくマジもんとして。
だから心霊物件ってなると、誰も借りる者がいない……。
でも無問題。こっちには無敵聖女がいる。
だから入居直後、リンが聖女のスキル『浄化』で、悪霊の大軍を根こそぎ殲滅しちゃった。
その後は何事もなく暮らせてる。
1階は、3人が共同でつかう汎用事務所。
他には従業員が仮眠か休憩するためと思われる6畳の部屋が2つと、10畳ほどの倉庫と車庫がある。小さなキッチンとトイレも備わってる。
2階の住宅スペース(間取りは4DKで共同のバス/トイレ/キッチン付)には、1室ずつ自分たちの部屋を確保した(残る1室は空き部屋のまま)。
男2人に女1人で、バス/トイレ/キッチンは共同。
令和育ちのリンは最後まで嫌がってたけど……。
手持ちの資金が少ない俺たちに選択の余地はなかった(俺も令和育ちだけど、もともといい加減だから気にしてない)。
『きさまら、時間が掛かりすぎだ!』
事務所に到着した瞬間。
壁に設置されてる箱型スピーカーから、甲高いキンキン声が聞こえてきた。
カイラス・バースデン……大賢者の声だ。
いつ聞いても、瞬間的に側頭部が痛くなる。
ストレス溜まりまくる。
「ねえ、出迎えぐらいしても良かない? こっちは雨に濡れて散々なんだから!」
反射的に文句を言うリン。
カイラスは、こっちの声を指向性マイクで拾ってる。
それを見越しての当てつけだ。
この時代、スマホなんてシャレたもんはない。
俺たちって、いわば外回りの営業じゃん?
だから本心を言うと、事務所で携帯電話を支給して欲しい。
今も携帯電話ならある。
ただし『ショルダーホン』って呼ばれてる、ゴッツイ肩掛け型。
値段も目ん玉飛び出るほど高い。
だから携帯電話を使えるのは、ごくごく限られたエリート層だけ。
現実には、若者に限らず普通の会社の営業マンなんかも、もっぱら『ポケットベル(ポケベル)』を使ってる。
ところが、だ。
3人が所属している有限会社『ミラージュ』じゃ、ポケベルすら支給してくれない。
ミラージュの社長兼オーナーは、設立資金を出したカイラスってことになってる。
でもってカイラスは、異世界で大賢者をしてた頃から、飛びっきりの守銭奴だった。
当然、ポケベルを支給してくれって頼んでも聞いてくれない。
ちなみに……。
俺の個人事務所『上条よろず探偵社』は、組織的にはミラージュの社内部門ってことになってる。
だってこの時代、会社を設立するってなると多額の資金が必要なんだ。
有限会社でさえ300万円、株式会社ともなると1000万円かかる。
令和だと『1円』で株式会社を設立できたんだから、昭和もいろいろ大変である。
『濡れた身体なんぞ、変身を解けば勝手に乾くだろう?』
「……そりゃ、そうだけどねー」
そう言いながらもリン。
――シュイイイーン!
さっき見た白銀のきらめきが、リンの全身を包んでいく。
その中でリンが、瞬間的に
すぐ別の衣装に切りかわる。
うむ、何度見ても飽きない。
俺、まだ若いのに、りっぱなおっさんである。
「あはぁ……」
もうそこには、雨宮凛子が立ってる。
おさげ三つ編みにした黒のストレートヘア。
あの燃えるような赤毛はどこいった!
萌え絵入りの自作Tシャツにジーパン。
長く垂れた前髪の下に、丸めの大きなプラスチック製眼鏡をかけてる。
靴はくたびれたスニーカー。これが変身していない時のリンだ。
「れ……蓮也もはやく、解除しようよ……」
ぼけーっと見ていた俺に、おどおどとした小声が掛けられる。
これ、雨宮凛子の時の生声。
変身中の高飛車なリンとは、とても同一人物とは思えない。
素の雨宮は、中身こそドス黒腐女子だけど、見た目は内気でダサい女の子なのだ。
「ほいなっ、と」
一瞬だけ青い光が輝く。
青は俺の基調色。
だから異世界じゃ、『青の大魔導師』って二つ名がついてた。
リンの白銀色もそう。
ただしリンの二つ名は、『
これでもう、変身は解除された。
俺の変身および解除は、裸体をさらすような醜態は見せない。
なんでかって言うと、『貴様のハダカなんぞ見たくもない!』って大賢者に言われたから。
「ボク、蓮也の素の格好、好きじゃない」
内気なくせに、さっそく辛辣なご意見。
雨宮凛子の時は、なんとボクっ子。
変身後のゴシックロマン溢れる美少女リンが、どうしたらここまで野暮ったくなれるのか、逆の意味で女の子って不思議やね。
ちなみに好みじゃないって言われた俺。
やや癖のある黒髪が、目を覆うくらい垂れ下がってる。
見た目には『ややイケメン』って言ってくれる子もいるけど。
雨宮ともども、陰キャイメージが先行するから台無し。
上半身はチェック柄の綿カッターシャツ。
その上に米軍放出品の、深緑色のフード付きコンバット・コートを着てる。
下はシワシワの綿パンに、ぼろぼろの運動靴。
なんせ金がない。
どう見ても、イケてない……。
「そう言うなよ。変身後のほうがイケメンなのは認めるけどさ。でも、素もそんなに悪くないだろ?」
「素のほうはスケベ顔だからイヤ!」
これを言われると痛い。
そうでなくても、かなり陰キャの雰囲気なのだ。
ちなみに『イケメン』も『陰キャ』も、この時代の言葉じゃないらしい(by叡智君)。
ちょい2枚目だけど根暗って言えば通じるか。なかなか難しい。
ともかくカイラスからは、変身してない時は目だたないよう気をつけろって言われている。
変身後の『派手でカッコイイ?』俺たちが目立てば目立つほど、素の姿は、どこか底辺じみた不格好の2人に擬態するしかない。
これが昭和を生き抜く必勝法って、俺たちが考え抜いた末の結論だった。
『おい、さっさと2階に来いって!』
またスピーカーから声がした。
いつも高飛車で鼻につく言い方をする。
だけど甘んじるしかない。
カイラスは、俺のスポンサーだもんな。
ただし雨宮凛子は、そうでもない。
この1年、それなりの収入がある。
近所のゲーム会社『アートランド』から、ゲームキャラのイラストや2Dドット絵を受注したりして、これがけっこうな収入になるんだ。
で、そこの奥様。ちょっと聞いてくださいよー。
雨宮って、令和の頃から『薄い本』の作者として、一部界隈では有名だったんですってー。
俺も1階の事務所で探偵業を始めたんだけど、いまもってカイラスのツテ以外で仕事が来たことがない。まったく情けないかぎり……。
つまり俺だけ稼ぎが少ない。
そのせいでカイラスに、いろいろ愚痴を言われてるってわけ。
「行くか……」
なんか、とっても疲れたような気がする。
もちろん、それは気のせい。
大魔導師の魔力は、勇者パーティーの中でも飛びぬけて膨大だ。
それは地球に来ても変わらず、魔力が続くかぎり疲労はほとんど感じない。
たとえ本当に疲れても、すぐ回復魔法で元気になれる。
ただし減った魔力の回復には、それなりの時間が必要だ。
異世界じゃ一晩で完全に回復できたけど、地球じゃ4日もかかる。
だから、なるべく魔力を消耗しないように気をつけないといけない。
俺は気のせいで疲れた身体を引きずり、大賢者の待つ2階への階段を上がりはじめた。
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