カクヨム版 もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう

プロローグ もう彼女でいいじゃないですか

「もう、彼女でいいじゃないですか。どうかわたくしをジョエル様の婚約者候補から外してください……」


第二王子ジョエルの婚約者(仮)である辺境伯令嬢アリスン・ウォルトナーはその日、ジョエルの兄でありこの国の王太子でもあるフレドリックにそう懇願した。


長年婚約者(仮)のジョエルを支え続けてきたアリスンだが、彼女は己の引き際を悟り、フレドリックにその意思を伝えたのだ。


このままでは、ジョエルの王子としての評価が地に堕ちてしまう。


このままでは、アリスンの心が壊れてしまう。


そうなる前に婚約者候補のすげ替えを行った方がいいのだ。


だが王太子フレドリックは飄々としてアリスンにこう言った。


「ジョエルにはアリスン、キミが必要なんだよ?それはキミが一番よくわかってると思うんだけどなぁ」


「ジョエル様に……ジョエル殿下に必要なのはもうわたくしではありませんわ。今後のことを鑑みても、これからはわたくしではなくユーリ様が……聖女癒しの乙女様が殿下をお支えするべきなのです」


「アリスン、キミはジョエルを見限るの?」


「……見限るだなんて……」


「やだなぁ〜そんな思い詰めた表情をしないでよ。大好きな甘いものでも食べて、気楽にしてなよ」


いつもと変わらず軽い口調でそう言ったフレドリックは結局アリスンの願いを聞き入れず、のらりくらりと当たり障りのない会話で躱し続けた。そして、「執務があるから」と去って行ったのだった。


残されたアリスンはひとりつぶやく。


「……見限られるのはわたしの方だわ」


そして窓の外へと視線を向ける。

広々とした王族専用の運動スペース。

そこで自身の専属護衛である近衛騎士たちと楽しそうに剣を交わすジョエルの姿があった。


かつての彼からは想像もつかない活力が溢れたその姿に、アリスンは心からの安堵とそして一抹の寂しさを感じた。


そうやって闊達に動くジョエルの姿を窓越しに目で追っていると、ふいにジョエルがある方向へと視線を向けて声をかけた。

それに応え、いそいそと駆け寄る愛らしい聖女。

そしてジョエルが差し出した手をぎゅっと握り、自身の胸元へと引き寄せた。

ジョエルの手を押し頂き、彼女は目を閉じて祈りを捧げている。

それはまるで、二人だけの聖なる儀式のようで、周りにいる騎士たちも誰も立ち入ることも出来ずにただ眺めていた。


アリスンはゆっくりと窓辺から離れた。

見たくない光景から逃げ出すように、その場から立ち去る。

千々に乱れる感情を抱え歩きながらアリスンは思う。


──もうわたしはここには必要ない。

ジョエル様に必要なのはわたしではない。

閉ざされていた道が開かれた彼に必要なのは……これからジョエル様を支えてゆくのはわたしではなく、癒しの乙女であるユーリ様なのだから。


だから、


「もう彼女でいいじゃないですか」


アリスンはまたひとつ、そうつぶやいてその場を後にする。



そしてその日、アリスンは強行に出た。


婚約者候補辞退の意思を記した手紙を残し、

十三の歳から過ごした馴染み深い王宮から姿を消したのであった。

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