第32話 兄弟喧嘩

「久しぶりだな兄貴」


ボスが言った。


兄貴?


警官、殺家ー、その場にいた全員が耳を疑った。


「悪ふざけがすぎたな」


視線と銃口をグレープに向けたまま敷島はボスに答えた。

兄貴と呼ばれて否定しない敷島にボスは笑みを向けた。


「兄貴、久しぶりに兄弟喧嘩でもするか」


ボスの銃は敷島に、敷島の銃はグレープに向けられていた。グレープの銃はばあさんの側頭部にピタリとつけられている。


グレープが楽しそうに笑った。


「兄弟ね。なるほど、どうりで似てるわけだ」


「腹違いだけどな。兄貴のお袋は何で死んだんだっけ?」


ボスの一言が敷島の怒りのドアをノックした。

敷島はグレープに向けていた銃を足元に捨て、冷たい視線をゆっくりとボスに向けた。


「やろうじゃねえか」


敷島は言った。


「兄弟喧嘩を」


敷島は拳を構えファイティングポーズを取った。


ボスも銃を捨てた。


全員の視線が2人に注がれた。

警官隊はグレープに銃口を向けていたが、視線の先はグレープになかった。

グレープも、ばあさんもその他の連中も敷島とボスに注目していた。


「面白くなってきたぜ」


グレープはつぶやいた。


ボスも拳を構えた。

二人は手が届く距離まで近づいた。

先制は敷島だった。

ジャブ、ストレート、フック、ボディブロー、すべてのパンチが弟を捕らえた。素人ではなかった。本物のボクサーの動きだった。

自分からしかけた喧嘩で、ボスは早くもフラフラになった。長年の不摂生が祟り、思うように身体が動かなかった。ときおり大振りのパンチを繰り出すが空を切るばかりだった。


敷島は容赦なく殴り続けた。

ボスの口や鼻から血が流れた。

その血を見ると敷島の殴打はさらに激しさを増した。

幼い頃、二人は共に遊び、笑い合った。

なぜ、こんなことになってしまったのか。

どこで弟は道を間違えたのか。

こうなる前に兄としてできることはなかったか?

弟を殴ることは敷島自身を殴ることでもあった。

殴りながら自責の念は募るばかり、それゆえ殴ることをやめられなかった。

ボスの顔は変形し、血塗れになっていた。

腹違いとは言え兄弟、どことなく自分に似た顔。敷島には血に染まりゆくのが自分の顔に見えてきた。


すでに弟は気を失っていたが、敷島は胸倉をつかみ執拗に殴り続けた。倒れることを許さなかった。

敷島の修羅の如き暴力に誰もが圧倒され、呆然としていた。


やがて我に帰った潜入が背後から敷島を引き離した。


「もういいだろ!」


ボスは床に倒れ込んだ。

腫れた顔は血にまみれ、ぴくりとも動かなかった。


敷島は肩で大きく息をしていた。


「もういいだろう」


潜入はなだめるようにもう一度声をかけた。

敷島の力が抜けた。

憑き物が取れたようだった。

呼吸が落ち着いたのを見計らって、潜入は敷島を放した。ボスの傍らに行き、膝をついて口元に耳を近づけた。呼吸はあった。


「手を挙げろ!」


警官隊の中から声が上がった。

潜入が声の方を振り返るといくつかの銃口が彼に向けられていた。


潜入捜査は極秘の任務、知っているのは敷島と上層部のみだった。

現場の警官たちにとって彼は殺家ーの一員だった。


潜入捜査官=チェリーは両手を挙げて後頭部にまわした。


「撃つな!」


敷島は警官隊に向かって叫んだ。


「彼は警官だ!」


(つづく)

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