第22話 宣戦布告

警察の衣を被った殺し屋が歩いていた。

制服を奪ったはいいものの、それを着て歩き回るのがこれほど目立ち、不自由であることをグレープは想像していなかった。


警察官は一人で歩き回ったりはしない。大抵パトカーやバイクや自転車に乗っているものだ。


新たな服を手に入れなければならい。

しかし、制服姿の警察官が服屋で物色していたら不審者でしかない。

そもそも金がない。

万引きするしかない。

万引きがバレて警察を呼ばれたら洒落にならない。

従って新しい服を購入して着替えるという選択肢は除外しなければならない。


目立たぬように裏道を選んで歩いた。

住宅地に入りこんだ。

昼間の住宅地は静かだった。

ときどき杖をついた年寄りとすれ違う程度だった。警官グレープに、ご苦労様でーすと声をかける年寄りもいた。

グレープは善良な警官になったつもりで会釈を返した。


しばらく歩き続けると近所の子供たちが集まるような小さな公園が見えてきた。

そう言えば、しばらくトイレに行ってなかった。

公衆トイレに寄ろうと公園に向かった。

その公園はこの住宅地同様、人気がなかった。あまり整備の行き届いていない、さびれた公園だった。

入り口に一台の車が止まっていた。

ガラスにスモークのかかったベンツだった。

グレープには見覚えがあった。


運転席の窓ガラスから横目で中を覗いた。

無人だった。

今度は額をつけ車内をじっくり観察した。

缶コーヒーがドリンクホルダーに、雑誌と煙草が助手席に置いてあった。

グレープは運転席のドアに手をかけた。

鍵がかかっていなかった。

グレープは車を盗むことにした。


と、突然、尻に衝撃が走った。


「何してんだコラ」


これまでの人生で背後から尻を蹴られるほど、油断したことはなかった。

つまりは、これほどの屈辱を味わったことはなかった。


グレープはひとまず無言で屈辱を飲み込んだ。

ガラス窓に映る声の主を見た。

ベリー3兄弟のひとり、ブルーベリー(以下BB)だった。

振り返る警察官。

BBの顔に驚きの表情が張り付いた。


「グレープじゃねえか!」


BBは中学生のときにシンナー中毒になり歯も脳みそも溶けてしまった。ベリー3兄弟中、最も馬鹿でそれゆえに何をしでかすか分からない危険人物だった。   


「ここは駐車禁止だ」


「お前、なんだその格好!? パクられたんじゃなかったのか?」


「あいにく俺は警官だ」


「てことはお前が警察の犬だ打たなか? 」


「罰金を払ってもらおう」


「ヘッ、ちょうどいい。ボスにお前を始末するように言われてんだ。犬の始末と一石二鳥ってわけだ」


BBはスーツの内側に手を伸ばした。


「アチャッ!」


グレープのハイキックがBBの顎をとらえた。その速さは師ブルース・リーを超えていた。

足元がフラつきながらもBBは忍ばせた銃を掴んだ。


グレープはワンステップで BBとの距離を詰めた。

BBの腕を掴んでねじり上げた。

銃が握られていた。


パン!


銃声が上がった。

銃弾はしかし、あらぬ方向に飛んでいった。

BBの闇雲な抵抗はグレープの怒りを増長したに過ぎなかった。


「アチャー!」


掛け声と共にねじり上げた腕を回転させた。

メリッ。

折れた腕は握力を失った。

銃が地面に落ちた。


「ひいいいっ」


痛みと恐れから BBは殺し屋らしからぬ悲鳴を上げた。

殺し屋の間でグレープの強さは伝説だった。

つまりはその強さを目の当たりにした者はいなかった。

とにかく強いと伝えられていただけだった。

今、 BBは伝説を体感した。

そして、腕と心をへし折られた。


「アチョッ!」


掌底が BBの顎を見舞った。

BBは気絶し、足元から崩れ落ちた。


「ホウゥー」


グレープは呼吸を整えるため、長く息を履いた。

横たわるBBの両足を抱え、公衆トイレに引きずっていった。


5分後–


トイレから出てきたとき、グレープとBBが入れ替わっていた。つまり、BBの服をグレープが、警官の制服をBBが身に着けていた。

警官は相変わらず気を失っていた。


グレープはBBをベンツのトランクに放り込み、運転席に乗り込んだ。


車内はハンドルも握れないほどの暑さだった。エンジンを始動させ、窓を開け、エアコンをつけた。


助手席にあった煙草を吸った。

久しぶりだった。

グレープが嫌厭する銘柄だったが美味かった。

空腹は最高の美食なのだろう。

窓の外に向かって煙を吐くと、風向きで顔にかかった。

煙が目にしみた。

グレープは目を閉じた。

瞼の裏にボスの顔が浮かんだ。


やはりボスは俺を殺ろうとしてる。


まあ、当然だ。

サツに面が割れた殺し屋なんて使い物にならない。かと言って足を洗わせるにはあまりにも「殺家ーサッカー」を知りすぎている。


殺れるもんなら殺ってみろ


俺は「殺家ー」イチの殺し屋グレープだ。

俺が本気を出せば、一人で組織を壊滅させるのも不可能じゃない。


グレープは窓の外に吸殻を捨てた。

ギアを入れ、アクセルを踏んだ。


宣戦布告だ


静まり返った住宅地に急発進の音が鳴り響いた。


(つづく)

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