第5話

「ほらこれ。マキのだろ?」


俺は机の上に男から取り上げた財布を投げた。


「ありがとう。いなくなっちゃったと思ったら、ほんといいタイミングで来てくれたね。わたし、感動しちゃった」


「ごめん」


遅くなって。


俺の最後の声は周りの音にかき消され、マキには聞こえていなかっただろう。


「じゃ、あの人たちがいるとこに行こうか」


それ俺のセリフ、と言おうとしたけど、マキは荷物を持って教室を出て行ってしまった。


慌ててマキを追いかけ、荷物を取り上げる。


「ちょっと〜?何するのよ」


「荷物持ってやるから普通に歩け」


やたらと距離が近いマキを手で押しやると、彼女は文句を言いながらも、俺の横を歩いてくれた。


「あのさ、さっきのやつなんだったんだ?」


階段を降りている時に俺は何気ない風を装いながら男に金を奪われそうになっていたことについてマキに質問してみる。


「あ〜あの人?一応、幼馴染っていうかんじになるのかな。昔はあんな人じゃなかったんだけどね。いつからか、わたしは彼の言いなりになってた。ほんと、最近は度が過ぎている気がして、ちょっと迷惑してたんだ。シュー君が来てくれて助かったよ。ありがとね」


幼馴染だったのか。


幼馴染なら、親同士も仲がいいのだろう。


マキが親にそのことを伝えれば済むはずなのに、どうしてそんなことをしなかったのだろうか?


「親に相談とかしなかったのか?」


俺の質問に、マキは俯いてしまった。


何かまずいことを言ってしまったかと思い、必死に何か言葉を考えるが、焦っているからか、何も言葉は出てこなかった。


「ごめん。答えたくないならそれでいいんだ」


絞り出したような声は、しっかりとマキに届いていただろうか?


マキは力無く笑うと、俺に肩を寄せてきた。


近すぎだ、と言おうとしたが、今マキの心を傷つけた俺が言う資格などないだろうと思い、踏みとどまる。


「わたしの…わたしのお母さんはね……」


泣いているのか、マキの方は震えており、それを必死に抑えているようだった。


「お、おい。そんな無理して答えなくてもいい。俺が悪かったから。な?」


わざわざ言いたくないことを言わせるほど、俺は鬼じゃない。


言いたくないのならば、俺はそれでもいい。


そんなことを伝えようとしたのだけど、彼女は構わずに喋り続ける。


「いいの。わたしが聴いてもらいたいだけだから。お母さんは、わたしが1年の夏に交通事故で亡くなってしまったの。そこからよ。彼がわたしに対して当たりが強くなったのは。お父さんは仕事でろくに家に帰ってこれない。家ではいつもわたし一人。このお弁当もわたしが毎日作ってるのよ」


彼女はそれっきり黙ってしまった。


「教えてくれてありがとう。さ、あいつらのとこに行く前に、とりあえずその顔洗おうか。マキの顔、ぐちゃぐちゃだよ。せっかく可愛いのに、勿体無いじゃん。それ以前に、この状態であいつらのとこ行くと、俺がどつかれる」


最後の冗談に、マキは力無さそうに笑うと、グラウンドの水道へと走っていく。


バシャバシャと水を顔に打ち付ける音が聞こえ、ポケットの中のハンカチをスッと取り出す。


次に走ってきた時には、マキはいつもの調子に戻っていた。

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