第2話
「あ〜だりぃ。せっかく外見てたのによぉ」
体育館裏は俺がいつも授業をサボる時によく訪れている場所だった。
ここなら誰も来やしないから、一人でのんびりくつろげるのだ。
その日、その人はそこにいた。
「こんなところに人なんて、珍しいね〜もしかして君も、授業をサボったの?」
校章を見る限り、俺と同級のようだったが、顔に見覚えはなかった。
「誰だてめぇ。ここは俺の場所だ。わかったらさっさとうせろ」
その女は、俺の威圧的な口調をサラリとかわして言う。
「そんな釣れないこと言わないでくれよ。わたしだって、君と同じはずだろう?わたしは牧原恵子。気軽にマキって言ってくれて構わないよ」
「名前なんか聞いちゃいねぇ。とっととうせろって言ってんだ」
「うーこわっ。君は諏訪部新平くんでしょ?気軽にシュー君って呼んでもいいかな?」
マキと名乗るこの女には、俺の威嚇は通じないようだ。
俺はマキをどかそうとするのを諦め、仕方なく隣に座る。
「まぁいいや。お前何組だ?俺のとこじゃねぇよな?」
ちなみに俺は3年1組。担任はさっきの口うるさい教師、荒川である。
「わたしは2組だよ〜クラスだとシュー君とは1年の時に同じクラスだったかな。あと、わたしのこと『お前』とかいうのやめてくれないかな?わたしのことはマキって呼んでよ」
なんとしつこい女なんだろう。
別に呼び方ひとつで人との接し方を変えるつもりなんてないし、そんなことをいちいち気にしてたらきりがない。
「別に呼び方なんて気にするようなことでもないだろ。お前はそんなことにもいちいち突っかかんないと生きていけない病気でもあんのか?」
第一俺は頭が良くないので、人の名前を覚えるのは苦手だった。
「ん〜、そうだな〜。わたしはそういう病気なのかもしれない。でもさ、『お前』て言われると、聞き心地悪いじゃない?それだったら、マキとか呼んでもらえた方が、わたしとしては気分がいいかな〜そうじゃないとわたし、死んじゃうかも」
本当に変わった奴だ。
今までにも、俺に関わろうとしてきた人間は何人もいた。
けどそいつらは、そんな呼び方なんて気にしなかった。
まぁ結局、クラスや学校が変わって、今は話す人が特段いるというわけではなかったが…
「ったく。わかったよ、変えりゃいいんやろ?マキ、お前はなんでここにいるんだ?」
俺みたいに、授業が嫌になって不貞腐れた、というわけではないだろう。
マキの雰囲気は、俺が出す雰囲気とは全く逆だったから。
「またお前って言った〜。ま、いっか。ちゃんとマキって言ってくれたから。なんでここにいるのかかぁ〜。わたしにもわかんない。気づいたらここにいた」
記憶の途切れなのだろうか?
もしかしたら、マキは二重人格の持ち主なのかもしれない。
もしもそうなら、俺はなんで声をかけたらいいんだろう。
「マキは……」
俺の深刻そうな顔をしているのが、そんなにもおかしかったのか、マキは急に笑い出した。
「アハハ。ちょっと言ってみただけ。反応が気になっちゃってさ。本当の理由は、多分君と同じなんじゃないのかな?授業がつまらないから。ね?同じだったでしょ?」
おちょくられたのか。俺は抑えていた苛立ちが沸き立ってきて、マキの首を掴む。
「ごめんごめんって。わたしがわるかったわよ。だからこの手放して?お願いっ‼︎」
一体どこまで人をおちょくるつもりなのだろう。
そう思ったけど、これ以上マキを痛め付けても何も意味はないので、放してやった。
マキは少し咳き込んだあと、俺をみて笑った。
「もしかして、わたしが二重人格だと思っちゃった?けど知ってた?二重人格って、ストレス過多が極限までなった時に起きるらしいよ。例えば、幼い頃からの性被害とか、暴力とかね。わたしの体を見てみてよ。今君に首絞められたとこ以外は、あざも怪我もないでしょう?」
そう言って裾を捲り、自分の腕を見せてくるマキ。
そこには、傷ひとつない健康な腕があった。
「うっせぇな。ちょっと思っただけだっつーの。そんな攻めることあるかよ」
どうしてここまで俺のことに鋭いのだろう。
ただ少し思っただけなのにどうしてこいつにはバレてたんだろう。
そんな疑問は、俺が考える前に答えられる。
「まーた悩んでる顔してる。シュー君ったらほんとわかりやすいんだから〜」
全部顔に出ていたのか。
それを指摘する人は俺の周りにはいなかった。
だからかもしれない。俺は、自分が悩んでいる時の顔が、どうなっているのかがわからない。
どういう状態が、「悩んでいる」という状態なのかも。
「シュー君はそんな顔似合わないよぉ?もっとパリッとしてなくちゃ。ほら、ザ・男前っていう雰囲気出してるじゃない」
マキのいう「ザ・男前」というのが何かはわからなかったが、悩んでいるのが俺らしくないというのには納得がいった。
「ったよ。確かに今のは俺らしくねぇ。それをマキに言われるのは癪だがな」
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