あなたの骨に私はなりたい

イオリ⚖️

第1話

 開きかけた唇を、何度も噛み締める。


**・****・****・****・****・**


 昔、鳥籠の鳥を放してしまったことがある。


 真っ白で細かな光が散るような、綺麗な翼に魅せられて、近くで見たいと不用意に入口を開けたのが原因だった。白い鳥は羽をばたつかせたかと思うと、止まり木からぴょんと飛び立って自由を謳歌した。気持ち良さげに両の翼を広げ、伸びやかな青空を切り裂くように羽ばたいていく。


 不注意で鳥を逃したことに泣く私を、侍女たちはあれやこれやと慰めた。すぐに探しに行ってきますと城を飛び出した侍女が連れてきたのは、真新しい別の白い鳥だった。


 新たに迎えた鳥が天寿をまっとうし、私の長い髪が綺麗に結い上げられ始めた頃、大地が揺らいだ。

 国のあちこちで反乱が起き、圧政と重税を強いる君主に武器を振り上げた。


 内乱の炎は瞬く間に国土全域に燃え広がり、熱風が城を焦がした。長年の臣下たちにも見捨てられ、逃げ道を絶たれた王は断頭台で屈辱を浴びるくらいならと毒をあおって死に絶えた。後を追おうとした王妃は寸前で捕えられ、辺鄙な修道院で永年の幽閉という名の追放。王位継承権を持つ幼い王子2人は睡眠薬で熟睡中に命を絶たれた。国王一家を忍ばせる痕跡は跡形もなくなった。


 私を除いて。


 主君の専制に不満を持つ貴族と民衆を煽動し、王冠を簒奪さんだつした男は、国王の甥だった。私の従兄。穏やかで優しい、昔から何を考えているか分からなかった人。生まれた順番が後だっただけで、優秀な才能に恵まれているのにと嘆かれた、王の弟そっくりな男。


 見た目も中身も王弟そのものだった彼を、王は冷遇した。彼はそれでもにこにことしていた。変な奴だと不気味がられていた。

 幼い頃は優秀だとみられてもまだ子供だったので、私とも分け隔てなく遊んだ。でも王弟が早世し、彼も賢く勇ましく長じるにつれ、私たちの距離は遠くなり……会わなくなった。


 久しぶりに会った場所は、荒れ果てて高価な調度品や絵画が根こそぎ剥ぎ取られたあとの、ハリボテみたいな城の一室。両親から「何があっても出てはいけないよ」と閉じ込められた、私の私室で。彼は私を見るなり息を呑み、剣を捨て、抱き上げた。


 あの瞬間、私は彼の手に堕ちた。



 城の所有者が替わり、新たに生まれ変わった城の豪奢な主寝室で、私はいつものように腰かけている。寝台の中央、膝を崩して。


 いつものように奥の扉が叩かれる。灯る燭台を掲げて侍女が入室し、あの男の影が忍び込む。


 扉が閉まれば、2人きり。


 足音を殺して近づいて。寝台のすみがキシリときしむ。肌で感じる、すぐ傍の生々しいぬくもり。


 にじり寄って、私の頬を硬い手が滑る。


 触れ合いは続かず、ずしりと重い、冷たい金属が私の首を取り巻いた。耳たぶ、腕、手首。色んなところが冷えて、私と同じ体温に染まる。

 毎夜こうして、彼は私を着飾る。宝物庫から取り出した王家代々の貴重な装身具もあれば、他国からわざわざ買い付けたものまで。頼んでもないのにつけて、己の出来栄えに満足そうに笑む。


 感情を忘れた私は、無表情で無抵抗に受け入れる。そんな私を彼は寂しげに見つめて、また明日と額に口付けて去っていく。


 私を壊す度胸もない男。

 いっそ組み伏せて何もかも奪い上げてくれたら、心は晴れたはずなのに。


 暴君で愚王だとしても、私にとっては大らかな父親だった。母も。弟たちなんてほんの子供だった。なのに「火種を消すため」との理由で殺されたのだ。修道院に一生閉じ込める手立てもあったはずなのに、根絶やしにした。


 母の許でともに過ごしたい、できないなら殺してを泣き叫ぶ私のことは、無視して。


 あなたが欲しいのだと彼は切に訴えた。幼少期、国王にうとんじられていた自分をまっすぐに見てくれたあなたが恋しいのだと。


 そんな幼い理由を持ち出されても困る。罰だと言ってくれた方が楽だった。暗愚の王の娘に生まれ、何も知らずに甘やかされて生きてきたお前への罰なのだと。


 手も身体も顔も血で汚したくせに、そんな真っ白な想いをぶつけないで。

 手も身体も顔も優しくて温かくて、憎くて殺したい思いが震える。


 血にまみれているのはどちらだろう。

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