微熱とぬるま湯

中道 舞夜

第1話 手の届く距離とクリスマス

りさは36歳。フリーランスのWebデザイナーとして一人暮らしのマンションで気ままな生活を送っていた。仕事はフルリモートで納期さえ守れば、時間の都合はつけやすい。


デザインの専門学校卒業後、広告代理店に勤務し29歳の時に独立をした。

最初の2-3年は広告代理店の時の下請けなどが多く、収益をあげるため手広く展開しようと様々な案件を請け負った。しかし、単価が低い物ばかりで労働時間は労働基準法があったらすぐに厳重注意になるくらい仕事中心の生活になったいた。

そのおかげか徐々に前の職場以外の受注も獲得できるようになり、独立して7年目になる今は安定した収入を稼げるようになった。



窓から差し込む陽光を眺めながら、アレクサにジャズをかけてもらう。仕事に集中したいときは歌詞のないジャズやクラシックの方が集中できてアイデアがよく出てくる。ひらめいた時におもむろにパソコンを開き作業する。そのひらめきは夜中のこともあれば昼過ぎなど時間はまばらで集中すると数時間作業しっぱなしの時もあった。

そんな不規則な生活だが、りさはこの生活に充実感で満たされていてフリーランスとして働くことが自分には向いていると思った。



そんなりさにも、数年前から緩やかなリズムで安心を与えてくれる男性がいた。

名前はしんご。システムエンジニアとして都内で働いている彼とは共通の友人を通じて知り合った。


フルリモートのフリーランスWEBデザイナーとシステムエンジニア。

職業柄かりさもしんごも周りと協力し合って賑やかに話しながら仕事をするよりも自分のペースで黙々と作業をする方が好んでいた。


そのためか、初めて会った時からどこか波長の合う感覚があった。気を使わなくて、とても楽なのだ。無理に話題を探す必要もないし、沈黙が気まずいと感じることもない。

まるで、昔からの友達のような自然体でいられる相手だった。そんな心地よさがりさにとって新鮮だった。


それから、りさとしんごは頻繁に会うようになった。

最初は、近所のカフェでコーヒーを飲む程度だったけれど、次第にりさの家で映画を観たり、休日は昼間から来て、夕食も一緒に食べるようになった。


クリスマスもりさの家でデパートの地下で買ってきてくれたチキンとスパークリングワインを開けて過ごした。

「24日空いてる?一緒にチキンでも食べて過ごさない?」

照れ隠しで送ってきたのかと思ったが、そうではなかった。

当日、特に服装や髪型に気合を入れているわけでもプレゼントを用意した雰囲気もない初めて出会った時と変わらないラフなスタイルでビジネスリュックを背負ったしんごがやってきた。もしかしたら…と少し期待もしていたが、しんごの普段と変わらない様子に『恋人に進展するために意を決して誘ったわけではなく、ただ一人で過ごすのもつまらないので予定が空いていそうな私を誘ったんだ』と解釈した。


しんごが買ってきたチキンを温めなおし、スパークリングワインで乾杯する。りさは近所のスーパーにあったクリスマスパーティー用のオードブルを用意し、出来合いのものを静かに食べあった。

違ったのは、その日の夜に身体の関係も生まれたこと。

食後に洗い物を終えてリビングに戻ると、ベッドの下に敷いてあるラグの上であぐらをかきながらテレビを見るしんごの隣に座った。まだ1Kに住んでいた頃でベッドに座るのは遠慮したのだろう。少し落ち着かなそうに座るしんごの隣に行くと膝と腕が微かに触れ合った。


クリスマスの夜、同じ部屋に手を伸ばせば触れられる距離に異性がいる。そんなシチュエーションが絡み合ったのか、お互いに相手の方を向き見つめあう形になった。

そしてどちらともなく手を伸ばし、唇を重ねた。やがて、その手は服の中に入りゆっくりと体温を感じる場所を触りながら一枚、一枚脱がしていく。部屋の中とはいえ、指先は冷たい。その冷たさを温めるかのように服の中で熱を感じながら暖を取る。

二人は自分以外の存在を確かめ合うように静かに手と指を伸ばしながら、さらに深い場所へと踏み入っていた。こうして恋人たちが盛り上がるクリスマスの夜、雰囲気と探求心に満ちた二人は一つになった。




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