第28話 悲しむ権利

 壇上に姿を現したフリートヘルム大公が、皆を静粛せいしゅくにさせる。

 ここライゼンスタイン帝国の皇帝ヘルムート・ライゼンスタイン皇帝の弟君に当たるフリートヘルム大公は、事実上この国のナンバー・ツーだ。


「本日はよくお集まりいただいた、私からも礼を申す。さて、皆も知っての通り現在帝国は南部にて、反乱軍と対峙たいじしておる。戦場で我が軍は優勢に戦っておるが、敵は野山に隠れ散らばって抵抗を続けておる。戦況は悪くは無いが、まもなく季節は冬を迎える。冬には特別な装備も必要となるのだ。そのためここにお集まりの諸兄しょけいにご協力を願いたい。我が軍にお力を貸していただける諸兄ほ、ここで一つ挙手で意思を示していただきたい」

 フリートヘルム大公の朗々ろうろうとした声が響くと、会場のあちこちから賛同の声が上がった。

 

「アッヘンバッハ公爵家、賛同いたす。ご支援させていただこう」

「クリューガー侯爵家、賛同致す!」

「ノイエンドルフ子爵家、賛同致す!」

 夫の声が会場の中から聞こえた。おそらくこれはすでに折り込み済みなのだろう。他の家紋から出資をさせるためのサクラ、と言うことか。

 その後も次々と様々な家門が名乗りを上げた。

 

「マイヤーハイム伯爵家、賛同します!」

 聞き慣れた声が隣で挙がって、『え?』っと思った。

「お、お兄様……」

 実家にそんなお金があると思えないのに、何故そんなことを約束する?


「今、ご賛同の意思を示してくれた家門には、のちほどこちらから伝令を向けさせていただく。ご協力のほどを感謝する」

 フリートヘルム大公が言葉を結ぶと、人々はまたそれぞれの会話の中に戻っていった。

 

「お兄様、どうなさるおつもり?……もう今更、後には引けませんわよ」

「だって、妹が嫁いだ家の主人が『賛同する』って言ってるんだ。縁戚えんせきの僕が知らんぷりできないだろ?」

「それはそうかも知れませんが……何を要求されるか、心配ではないのですか?」

「そんなこと考えてたら、手なんて挙げられないさ……」

 

 そう言えば、聞いていた限り兄の婚約者の実家、エクスラー侯爵家は名乗りを上げなかった。他にも有名な家門で名乗りを上げなかったところがある。事情はそれぞれあるのかも知れないが、こちら側とあちら側で分かり易い線引きができたのかもしれない。

 

「ところで、リーゼロッテはノイエンドルフ家でうまくやっているのかい?」

「うまく……とは、どうゆう意味ですの?」

「……お前を、金で売るような形で嫁にやってしまったが……心配していなかったわけじゃないんだ……」

「皆様、とても良くしてくださっております。心配はご無用ですわ、お兄様」

「そうか、それなら良かった……」

 兄が心配してくれていたとは思いもしなかったが、一応はお互い世界中でたった二人きりの兄妹きょうだいなのだ。リーゼロッテはほんの少し、心が暖かくなった。

 兄は兄でいろいろ大変だったに違いない。爵位を取りあげられぬよう奔走ほんそうし、様々な伝手つてに借りを作り、妹の面倒を見た。その結果が悪名高き『死の商人』に妹を嫁がせることだったとしても、誰が兄を責められようか。


 それから間もなく夫がリーゼロッテの元に戻って来た。

「今日の用は済んだから、帰るぞ」

「はい、旦那様」

「エッ、もう帰るの?」

 兄が驚いたように言う。

兄君あにぎみ、リーゼロッテを見守っていただき感謝する」

 エアハルトが兄に短く礼を言うと、兄は礼を言われたことにびっくりしたまま固まった。

「せっかくの妻と過ごせる時間を無駄にするつもりはない。行くぞ、リーゼロッテ」

「はい」

 後ろで『親戚同士もう少しゆっくり話を……』とか言う兄の言葉が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

 リーゼロッテは夫の腕に掴まりながら、そっと顔を見上げる。

 私の夫はなんと頼もしい夫なのだろう。初めての夫婦での夜会、こうやって毎日を重ね、ノイエンドルフ夫妻として揺るぎのない関係になっていく……それが、とても嬉しくて晴れやかな気持ちになった。


 出口で従者が馬車を回してくるのを待っていると、後ろから声がした。

「これは、ノイエンドルフ子爵殿、お早い帰りですな」

 声をの方を振る返ると、立っていたのはジークムント・エクスラー侯爵と奥方だった。

「エクスラー侯爵殿こそ、お早いお帰りではないですか? ああ、ご令嬢の件、大変ご心痛のこととお察し致します。一刻も早くお戻りになることを心より祈っております」

「……貴公きこうは、随分とうまくやっておるようだな……だが、若造わかぞう、あまり派手に立ち回らぬことだな」

 エクスラー侯爵の鋭い目つきが、一段と剣呑けんのんな光を放つ。

 

「そう言えば今回エクスラー殿は、大公様にご協力を申し出られなかったようでしたが……席を外されておられたのですか?」

 エクスラー侯爵はその言葉に一旦口を引き結んだが、少しのののち言いわけのように続けた。

「……生憎あいにくと、その時は娘の捜索のことで他の諸侯と話しておってな……」

「そうでしたか、それは間が悪かったということですね」


 ガラガラとノイエンドルフ家の馬車が前に止まった。

「それでは侯爵殿、これにてお先に失礼つかまつります」

 エアハルトは、リーゼロッテの手を取ると馬車に乗せ、後から自分も乗り込んだ。リーゼロッテをシートに座らせ、テキパキとベルトを留め着けていく。


 シートに留め付けられながら、リーゼロッテが尋ねた。

「旦那様、エクスラー侯爵様と何があったのです?」

「……お前は、何も知らなくていい……」

 ドッカとシートに腰をかけるとエアハルトが言った。

 

「そんな……旦那様、私にも教えてください。私、旦那様のことをもっと知りたいのです!」

「……知ってどうする?」

「……知ってどうするかは、私の問題です。私にも、あなたの苦しみを分けて欲しいのです!」

 夫の顔が驚いたような表情から、苦い顔になった。


「お前には、幸せでいて欲しいんだ。何も、過ぎ去ったことを突ついて悲しむ必要はない……」

「エアハルト様、私の心に浮かぶ喜びも悲しみも、それは私のものです。私にもあなたの悲しみを知って、悲しむ権利をいただけませんか?」

 

 エアハルトは、グッと言葉を呑み込んで目線を下げ、絞り出すように言った。

「…………ツェーザルに話を聞いたのか……?」

「……はい、私が無理にお聞きしました」


 夫の顔色が怒気を含んだけわしい表情に変わった。

「……お前に、お前に何の権利があると言うんだ?……悲しむ権利? 笑わせるなっ! お前に俺の何がわかると言うんだ……」


「だ、旦那様……」

「もういい、黙れ!」


 そこから先、エアハルトはじっと黙ったまま目を伏せた。

 ノイエンドルフ家に着くと、リーゼロッテだけが降ろされて、馬車はまた出て行った。


 玄関に出迎えた家令のクラウスが不思議そうな顔をした。

「お帰りなさいませ、奥様。……旦那様は、お帰りではなかったのですね?」

「ただいま、クラウス。……旦那様は私を下ろすなり、どこかへ行かれたわ……」

 上の階からエルが駆け降りて来た。

「奥様、お早いお帰りで……えっ、旦那様とご一緒では?」

 リーゼロッテは黙ったまま、自室への階段を登る。

 


 馬車の中でエアハルトはじっと考えていた。

(あいつは、リーゼロッテは何であんなことを言うんだ……全く理解できない。また脚本のネタにでもするつもりか?)


 エアハルトの胸の内をドロドロとしたものが渦巻いていて落ち着かない。

(あいつは何も知らなくていいんだ。俺のこの苦しみを、誰かに分かって欲しいとも思わない……)

 

 馬車は帝都の外れに向かって走っていた。

 こんな時、思い浮かぶのはあの女のところだ。リーゼロッテはまた悲しむかもしれないが……

 馬車は夜の街を走り抜けて、小さな隠れ家へと滑り込んで行く。


 突然のエアハルトの来訪に小さな家は騒がしくなった。

「エアハルト様、ようこそいらっしゃいました」

 こんな急な来訪にも、マヌエラは顔色ひとつ変えない。さすがだ、長年娼館主を任されていただけのことはある。

 

「悪いな、急に。一晩世話になるぞ」

 その言葉にマヌエラはニッコリする。

「ええ、一晩と言わず、ゆっくりなさってくださいな」

 エアハルトのコートを受け取りながら、余裕の表情だ。エアハルトとの付き合いはもう十年になる。慣れたものだ。


「今日は女たちは、仕事か?」

「ええ、三人とも仕事で出ております」

「そうか、商売繁盛だな」

「もう一人か二人、いてもいいくらいですわ」

「それは、お前の見る目にかなった者がいれば、構わんぞ。ただ、いろいろ調べさせはするがな」

「ええ、承知しております」

 

「ところで、あの男の様子はどうだ?」

「はい、あちらも順調に回復しておりますわ。そろそろ、どこかへやってもよろしいかと。……うちの女の子たちが気に入ってしまって。深い仲になられても困るので」

「そうだな……近いうちに移すか」

 エアハルトは壁に隠されたドアを開けると、地下への階段を降りた。

 以前鉄格子がはまっていた地下室を、今は居住できる空間に改装してある。

 明かりに照らされて、長い金髪の優男やさおとこが顔を上げた。


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