第25話 試射と傭兵


 三人で並んで奥の廊下を進むと、やや暗い照明の広い試射室があった。

 すでに、何人かが試射を行っている。銃を発射する音が連続で鳴り響いていて、ツェーザルが説明する声が聞き取りづらい。

「彼らはここで訓練を積んでいる傭兵です。訓練と試射を兼ねています」

 ツェーザルはそう言うと、台の上に並べてある銃の中から比較的小ぶりのものを手に取った。

「撃ってみますか?」

「良いのですか?」

 リーゼロッテは思わず身を乗り出した。まさか、実物に触らせてもらって、使わせてもらえるとは。

 

「奥様……」

 エルが別の革手袋を差し出した。

「硝煙の匂いがついてしまいますので、どうぞこちらをお使いください」

 黒い山羊革のしなやかな手袋だ。リーゼロッテはそれをめると、銃の持ち方を教わる。

「右手でここを持って……そうです。腕を伸ばして……そうそう、真っ直ぐに構えます。左手はこうえて……」

「こうですか?」

「なかなか、すじがいいですよ」

 リーゼロッテは銃を握って、部屋の向こうに下がっている標的に向かって構えた。

「そうです、それが構えです。では一旦下ろして。弾を込めましょう」

 ツェーザルは銃を預かると、銃座から弾倉だんそうを引き抜いた。銃弾じゅうだんがしまわれた引き出しから弾を選び出すと、弾倉に弾をこめていく。

「この銃には8発、たまが込められます」

 弾を込めた弾倉をジャキリと銃座に装填そうてんする。

「ロックを外します」

 カチリと安全装置が外された。

「いいですか、先ほどのように構えてから引き金に指を掛けます」

「……はい」

「では、あの的を真っ直ぐに狙って」

「はい……」

「撃って」

 ゆっくりと引き金を引く。

 バンッ、と音が鳴り銃身の上のトグルが跳ね上がった。

「キャッ!」

 弾が飛び出す反動でトグルが上部に飛び出す構造に驚いて、思わず声が出てしまった。撃った弾は狙った的をかすめることもなく、背景の暗い壁に消えた。

 

「おっと、これは先に申し上げておけば良かったですな。驚かせてしまった」

 そう言いながら、ツェーザル殿は少しだけ悪戯いたずらな笑顔を見せた。

 ひょってしてこの銃を初めて撃つ者は、皆こうして揶揄からかわれているのかもしれない、と思った。

「エルケ、お前の初訓練を思い出すな……」

「叔父上、もうその話はいい加減忘れてください」

 エルが少しバツの悪そうな顔を見せた。初訓練の時に一体何があったのだろう? ぜひ聞いてみたい。

「お前も久々に撃ってみろ。腕がなまっているのではないか?」

「そ、そんなことは……わかりました。それでは奥様、少しお下がりください」

 

 エルは銃を取ると、呼吸を整えて真っ直ぐに的に向かって撃った。

 バンッ、バンッ、バンッ……バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、と立て続けに撃つ。丸い的に的確に穴が空いた。どれも中心からわずかに外れただけで、円の中心を撃ち抜いている。

「すごいわ、エル……」

 見直してしまった。

「いいえ、ノイエンドルフの者はこれくらいできなければ……あ、護衛ごえいとしては、と言う意味です」


 試射室を出て、廊下の奥に進むとやや登り坂で、明るい場所に出た。

「ここからは傭兵の訓練施設や、食堂、風呂などがあります。そろそろ腹が減りましたかな? 昼飯にしましょう」


(食堂やお風呂まであるんだ……)

 どれほどの大きさの施設なのか、本当に見当もつかない。

 しかも、その施設の頂点に君臨くんりんしているのが、自分の夫のエアハルトなのだ。

 これほどの施設、人員、取引……夫の肩に掛かる重責じゅうせきはどれほどなのだろう……

 リーゼロッテはそんなことを考えて、いかに自分が小さな存在なのかと、気が遠くなった。


 半地下の上部から差し込む外の光が、広い食堂に差し込んでいる。

 厨房と食堂は胸の高さの壁で仕切られ、その上部はカウンターになっていて、たくさんの大皿に乗ったボリュームのある料理が並んでいる。

 飲み物もスープや果実水もあり、食後のお茶用のティーポットまで並べられている。


「さて、男どもが来る前に腹ごしらえをしてしまいましょう。そちらのトレイを取って、皿にお好きなものをお取りください」

 ツェーザル殿に促されると、エルがトレイを持って来てくれて、それぞれのお皿に好きなものを載せていく。

 テーブル席に座って、三人で食事をっていると、ガヤガヤとした声が部屋の向こうから聞こえて来た。

 奥の両開きのドアが開き、ドヤドヤと体躯たいくの立派な男たちが入って来た。


「お、女がいる!」

「何だと、女?」

 リーゼロッテとエルを見た男たちが色めき立つ。

「こら、お前たち。何やってる? 入り口で止まったら後がつかえるだろうが!」

「ですが、教官。女がいるんです!」

「女? ああ、そうだった。お前たち静かにしろ。今紹介してやる」

 その言葉の主が前に出て来た。


「ツェーザル殿、おででしたか……そちらが、奥方様ですかな?」

「クリストハルト殿、ご無沙汰しております。エルケでございます」

 エルが声をかけた。

「エルか、久しいな。元気そうだな、屋敷では退屈しているのではないか?」

「そんなことはございません。奥様のおかげで飽きることもなく過ごさせていただいております」

「エル、そちらが……」

「はい、エアハルト様の奥方さま、リーゼロッテ様でございます」

 エルに紹介されて、リーゼロッテはクリストハルトの方に向き直った。

「お初にお目に掛かります。私、妻のリーゼロッテでございます。夫がいつもお世話になっております」

 誰かに似ている……栗色の少しクセのある髪、面差しがエアハルトにいつもピッタリついている護衛のギルベルトにそっくりだ。

 親子……ではないか? 年がそれほど離れていない……と言うことは、兄弟か何かか?

 

「皆の者、聞いたか? こちらの方が、我らがエアハルト様の奥方様だ! 礼儀には気をつけろ。奥方様、申し遅れました、私クリストハルト・ノイエンドルフと申す者。傭兵部門を任されております」

 

(ノイエンドルフ直系……やはり……)

「もしかして、クリストハルト様はギルベルト様の兄君でいらっしゃるのかしら?」

「ええ、その通りです。なかなか兄弟といえど、お互い忙しくて……お食事が終わりましたら、こちらの場所もご案内しましょう」

「はい、ありがとうございます」

 リーゼロッテはお礼を言うと、にっこりと微笑んだ。

 周りの屈強のな男たちがざわつく。無理も無い、男だけの訓練施設に放り込まれて、女の姿を見るのも久しぶりなのだ。まして、リーゼロッテのような貴族の婦人を見る機会など、皆無かいむに等しい。


「むさ苦しい連中ばかりで申し訳ございませんな。気はいい奴らなのです」

「とんでもございません、私が皆さんの場所にお邪魔させていただいているのです」

 それにしても、一挙手一投足をじっと見られていてはさすがに食べずらい。

「……早めに済まして、先に参りましょうか」

 エルが囁いた。

「そうね、落ち着いてお茶を飲むのは帰ってからね」

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