のざらし

ひぐらし ちまよったか

いなご

 どくろの、ぼっかり空いたふたつの眼孔がんこうを、白いお月さんがとおり過ぎらぁ。

 速いなぁ、うん、はやい。今夜も、あっと言う間に向こうの森へ隠れっちまう。


 おい、がいこつ。


 うん? なんだ、いなご。


 お前さん、また月を追っかけてるのか? ヒマな奴だね。


 そういうアンタだって俺の頭蓋ずがいによじ登って、お月見してるじゃねぇか? ひまじん。


 いやオレは、こう見えていそがしい。昼間だって、あちこち跳び回っては、うまい葉っぱを捜しちゃ食べた。ちょっと疲れたから、とまってはねを休ませてるだけさ。本当の所、時間がもったいねぇ。


 そうかアンタの命、ひと夏だけか。たったひと夏じゃ、あっという間だね。


 そうでもないぜ? ひと夏って簡単に言うが、オレにとっちゃあ一生だ。毎日が濃いっていうか、やらなきゃいけねぇ仕事が山ほど有る。だから、いそがしいのさ。


 へぇ? 俺はとくにする事もない『のざらし』だからな。ひがな一日、変わり映えのない同じ景色を見て、ぽけっと暮らしてる。ひと夏なんて、あっという間だね。


 時間を余してる、お前さんにゃ解からねぇよ。


 いそがしいアンタにゃ理解できねぇか。あぁあ、アンタがせめてカブトムシだったら、どくろを、ちょいと押してもらって、ちがう景色を見るんだがなぁ。


 そんな草臥くたびれなんて、する気はねぇよ。ヒマじゃねえんだオレは。もう行くぜ? 明日にそなえて『翅つくろい』さ。気になるメスとデートなんでな。じゃぁな。



 やれやれ、せわしない。

 俺も生きてた頃にゃ、あんな感じ、だったかね? もう、忘れちまったなぁ。

 のざらしになって何年だ? この先、雨かぜが俺を『土くれ』に変えるまで、あと幾年、おんなじ景色を眺めりゃいい?

 時間がもったいねぇ……だなんて、とてもじゃないが、言えねぇよ。

 やる事もない毎日なんてな、あっという間に過ぎちまうのが、いちばんさ。


 お? そろそろ、夜が明けるな。


 まったく、やれやれ、だぜ。



 〇 〇 〇



 また月見かよ? おい、どくろ。


 またか? ヒマな、いなごだな。


 めいっぱい跳んで、ひと休みさ。


 アンタ、デートは、どうだった?


 ああ。まあ初日にしては、まずまず、かな。いちにち、ふつかで、どうこうなる話じゃねェ。じっくり、とな。


 なんだ? 時間が惜しいんじゃ、なかったのか?


 ちゃかすなよ、馬鹿どくろ。こればかりは相手がいることだ。俺ひとりじゃ走れねぇ。


 そうかい? ところでよ、いなご。アンタにひとつ、たのみが有る。


 なんだ?


 俺の眼孔から草がいっぽん、とび出してきやがった。こいつを喰って、くれねえか?


 は? 草、喰えってか?


 コイツがじゃまで、お月さんがよく見えねぇ。


 なんだよ? ちがう景色が見たいって、言ってなかったか?


 ちゃかすな、馬鹿いなご。


 へっ……おうよ。喰えってんなら遠慮なく。まずい草なら、承知しねぇぞ……って、おい! こいつぁ『ぺんぺん』じゃねぇか、ありがてぇ!


 うまいのか?


 ああ、仲間はどいつも見向きしねぇが、俺は『グルマン』だからな。ハート形の実をアゴにはさんだ『しゃくしゃく』が、たまらねぇ。


 なにがグルマンだよ、こじゃれやがって。お? アンタ、かじるの早いな。もう、いつもの星空だ。アンタが悪食あくじきで助かったぜ。


 ――なぁ、どくろ?


 なんだ? いなご。


 ――さんざん喰っちまっといて、いまさらだが……この、ぺんぺん……お前さんの『むくろ』から、出てきたヤツか?


 ? まあ、そうだろうな。頭蓋の底に積もった土くれだから、もともとは俺の脳みそじゃねぇか?


 うへぇ、そういうことは、はやく言え!


 なんだ? うまくなかったか?


 いや、味はいつものぺんぺんと同じだが、何となく、よ。


 グルマンの、こだわり?


 ちげぇよ! お前さんが……いやな気分に、ならねぇかと……よ。


 馬鹿だね、この、いなごは。とっくの昔に土くれになった、むくろになんか未練はねぇ。


 へぇ? 惜しくない?。


 惜しいもんか。ばか。


 ふうん……なら、いいや……はいっ、お御馳走ごっそさん、よっ!


 まったく、食いしん坊な馬鹿いなご、だ。




 ――なあ、どくろ? お前さん、なんで原っぱで、おっんだ?



 うん? さて? な……もう、わすれた、な。



 ――のうみそ土くれになって、バカになったのか?


 うるせぇ、このばか! もう帰れ!


 おう、またなっ! どくろ。

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