第4章 立ちはだかる壁と小さな絶望

第10話 「男性スタッフの増加 別の事務所の誘いと動揺」

 リハーサル会場は、どこか体育館を思わせる広いフロアだった。

鏡張りの壁と簡易ステージがあり、真中しおりは他のメンバーと一緒に軽くストレッチをしている。

音響ブースのあたりを見ると、今日はいつもより男性スタッフの数が多い気がした。 スピーカーの調整をしている男性がこちらに目を向けると、しおりは思わず肩をすくめてしまう。

「大丈夫だよ、私が近くにいるから」

そう声をかけてくれたのはリナというメンバーで、いつも元気いっぱいの女の子だ。 彼女がにこやかに「男の人が増えると落ち着かないんだよね?」と訊いてくるので、しおりは小さくうなずく。


 女性ばかりのときは、しおりはダンスに集中できるし、可愛い子に囲まれて少し浮かれ気分にもなれる。

だが、男性が増えると途端に萎縮して体がこわばってしまうのは、なかなか改善できない。

しかも今日のように「リハーサル映像を撮るから」とカメラを構えられると、いっそう緊張してしまう。

そんな様子を見かねた葉月まどかは、「しおりさん、無理しないで。 私がスタッフに話をつけて、撮影の位置を変えてもらうから」と小走りでカメラマンの方へ向かってくれる。

彼女の行動力にはいつも助けられるが、自分が足を引っ張っているのではと感じて気が重くなる。


「でも、ここでめげちゃダメだ」と心の中で繰り返し、しおりは準備体操に集中しようとする。

するとそこへ、どこか見知らぬ男性ディレクターがやってきた。

「ねえ、君がウワサの新メンバー? もっとこっちに来て、振り付けをもう一度見せてもらえるかな」

彼の声は大きくて堂々としており、しおりは思わず後ずさりしそうになる。

しかし、可愛いメンバーが応援する視線があることを思い出すと逃げられない。

恐る恐る「は、はい」と返事をし、指定された位置まで歩いていく。


「お手柔らかに…」と小さくつぶやきながら音を合わせると、いつものダンスはとても出し切れない。

頭の奥にある「男性が怖い」という気持ちが災いしてか、肝心のリズムが乱れがちだ。

カメラがこっちを向くと、さらに動きがぎこちなくなるのがわかる。

「すごく固いじゃない、どうしたの?」とリナが心配して小声で聞いてくるので、しおりは情けなさを胸に抱えつつ小さく肩をすくめるしかない。


 さらに追い打ちをかけるように、まどかのスマホに着信が入る。

彼女が「…はい、そうですか」と暗い顔をして戻ってきたとき、しおりは「どうしたの?」と尋ねる。

まどかは口を結んでから、「別のアイドル事務所が、しおりさんに興味を持ってるって話があるみたい。 “男性スタッフゼロ”のユニットを売りにする計画があるらしいよ…」と打ち明ける。

それを聞いたしおりは一瞬胸が浮き立つが、同時に「でも、まどかちゃんの企画を裏切ることになるかもしれない」と思うと、どうにも複雑な気持ちになる。

まどかの表情は沈んでいて、しおりは自分のせいで彼女を困らせてしまっているように感じた。


「私が男性苦手だから、こんな面倒をかけてるんだろうか…」という思いが渦巻く。 可愛い女の子と踊る夢はあるけれど、現実にはいろんな大人の事情が横たわっているらしい。

その夜、しおりはスタジオを後にしながら、「簡単にはいかないんだな」と肩を落とす。

まどかの悲しそうな横顔を思い出しながら、前を歩くリナの笑顔が少し眩しく感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る