中年傭兵と呪い食い妖精

四つ目

第1話、プロローグ

「何で、何でなの! 何で出来ないのよ!」


 扉の向こうから若い女性の金切り声が聞こえ、思わず大きな溜息が漏れた。


 溜め息の理由は女性だけではなく、ほぼ確実に無残な死体が在る事も原因だ。

 血液や臓物特有の匂いが漏れている。

 最早嗅ぎ慣れてしまった匂いではあるが、気分が悪くなるのは未だ変わらない。


「全くもって度し難い。愚か者が」

「姫様、素の口調が出ていますよ」

「ご令嬢相手にはちゃんと『王女様』を演じる。部下の前ぐらいは許せ。では行くぞ。はぁ」


 苦言を呈す騎士に応えてからもう一度溜息を吐き、扉を開けて中に入る。


「っ、誰⁉ 誰も入れない様にって言ったでしょう! 殺されたいの⁉」

「……想像はついていましたが、酷い惨状ですね」


 中に居た血塗れの女の発言を意図的に無視し、明かりをかざして部屋の中を見回す。


 やはり死体が幾つも転がっていた。酷い損壊の死体が多い。

 余程苦痛を与えて殺されたのだろう。

 彼女の持つ短剣によって、無残な最期を迎えた死体達だ。本当に度し難い。


「兵士、いえ、王国騎士⁉ あ、アンタ、何物なのよ!」


 突入して来た存在を認識し、驚愕を誤魔化す様に私へと叫ぶ女。

 私を守る様に立っている事で、従えているのが私だと判断したんだろう。

 狂気の惨状の割に、多少物は見えている様だ。


 狂気の行為とは言っても、正気の中の狂気だからだろう。

 それは自身の目的の為、冷酷に事を成す狂気の目。

 自身の行為が表に出れば裁かれる、と理解した上での凶行だ。


「王国騎士を従え、こんな所に来る小娘となれば、一人しか居ないと思われますが」


 とはいえこの状況で私が誰か、等と問う辺り認識が甘いと言うしかないが。


「っ、王女、殿下……!」


 私が誰かを理解し、目が更に見開かれる。私が彼女を咎めに来たと理解して。


 見た目は聞こえていた声の通りの若いご令嬢。

 だが若いが故の暴挙、と言うには少々やり過ぎだ。

 彼女はやってはいけない事をやってしまったが故に、私が来る事になってしまった。


 彼女はある物を作ろうと、その為に何人も、何人も何人も苦しめて惨殺した。


「近づくな! コイツを殺すわよ!」

「うぐっ……!」


 まだ生きている人間が居たか。だが内臓が引きずり出され、更に臓物が裂かれている。


「人質にした所で、その方はもう長くないと思われますが」

「煩い! そこを退け! 道を開けろ! 私は、私はアイツを殺すまで、アイツだけじゃない! アイツの家も、子供も、何もかも壊してやるまで止まれないのよ!」

「やはり怨恨、ですか」


 彼女は格上の貴族に婚約を破棄され、その際に自身が傷物であるという噂をばら撒かれた。

 その恨みを晴らす為、自分を捨てた男を破滅させる為に、こんな暴挙をしている。

 捨てた男は別の女と結婚し、今では子供も居るそうだ。同じ女として同情はする、が。


「呪いの道具なんて、そう簡単に出来ませんよ。大人しく武器を捨てなさい。貴女の行動次第で、貴女の家も罪に問われる。今なら貴女だけの話で済みます」


 格上に下手な事は出来ず、だが彼女も貴族の令嬢。

 泣き寝入りは矜持が許さなかったのだろう。


 結果この様な暴挙に出て、更には彼女の親までもが協力をした。

 聞きかじった『呪い』を製造しようと、罪なき人間を苦しめて殺し続けた。

 出来上がった呪いで相手の男を、家を、壊してしまおうと。だがそれは余りに愚行だ。


「恨みを果たす為に、貴女はそれ以下の事をしているのですよ」

「う、煩い! 貴女には解らないわ! 王族に生まれた貴女に、捨てられる女の気持ちなんて!」

「そうですね。解りません」


 確かに私は王族で、どちらかと言えば選ぶ側だ。


 だが所詮女の王族など、政治の駒になるのが常。

 私の方が恵まれている、等と言われるのは腹立たしい物がある。

 せめて平民の訴えなら素直に聞けるが、金を持つ貴族の娘に言われても一切響かない。


「っ、お父様はどうしたの! ここに来るにはお父様の許可が要る筈よ!」


 彼女は私の冷たい目に怯えたのか、今更ながら父の事を探し始めた。


「今私がここに居る、それが答えでは足りませんか」

「っ、お父様を、殺したの……⁉」

「違いますよ。この様な行為を認めた者など、出来れば処刑してやりたくはありますがね」


 娘可愛さと敵憎しとはいえ、この様な事をする娘を許容するとは。全くどちらも度し難い。

 故に止めるには彼女よりも先に、彼女の父親への対処が必要だった。

 騎士だけを派遣すると門前払いされる可能性も考え、私が自ら選択を迫りに来る必要が。


 家を潰すか、娘を見捨てるか、どちらか選べと。

 そして私がここに居るのがその答えだ。


「貴女の御父上の協力はもう得られません。諦めなさい」


 もし彼女の父親に拒否されていたら、本当に貴族の家を一つ潰す事になる。

 そうなると国に混乱や問題が起きかねない。

 自分としては家ごとすっぱり切り捨てたいが、話はそう簡単に行かない。


 全くもって面倒臭い。罪人をただ罪人として切り捨てられないとは。


「……ああ、そう。お父様は私を捨てたのね。お父様まで捨てたのね」


 だからこそ出来れば穏便に済ませるぞと、そう思っての発言だった。

 だが彼女は人質にした人間を捨て、両手で短剣の刃を自分の胸に向ける。

 捕まるぐらいなら死ぬつもりか。


「捕らえろ!」


 即座に騎士へ指示を出し————躊躇の無い令嬢が自分の胸を刺して抉る方が早かった。


「ぐっ……あか……し、しね、ぜ、ぜんぶ……滅びろ……くち、はて……」


 血を吐き、苦しみながら、最後まで呪詛を吐いて、死んで行った。


「……はぁ。本当に、やってられんな。結局犯人は自死か」


 呪いの道具を作ろうとした所で、簡単に出来はしない。

 作り方を何処で知ったのか解らないが、その為に出た犠牲者はどれだけやら。

 そこそこ早めに気が付いた事で被害を抑えられた、と思う方が自分の心には優しい————。


「がっ、うぐあ……ひ、め、にげ……」

「姫様下がって!」


 令嬢の死体に近づいた騎士が苦しみ始め、同行させた呪いの専門家、解呪師の女性が私の襟首を引く。

 ぐえっと潰れたカエルの様な声を漏らしながら、勢い良く背中から倒れた。物凄く痛い。


「他の方も下がって! アレは、出来上がってしまってます! 最後の彼女の命と呪詛で完成してしまっています! 今すぐ全員部屋から出て! 早く!」


 解呪師の指示に従って無事な騎士達が下がり、私を回収して部屋から脱出。

 強か背中を打った私はゲホゲホと咳き込み、安全な位置に下がった所で一息ついた。


「……どうやら効果範囲はそこまで大きくない様です。幸い、と言って良いのか解りませんが」

「ケホッ。最悪だろう。呪いが出来上がったんだぞ、サラ」


 解呪師としての冷静な言葉を発する部下、サラに対し思わずそんな風に返してしまった。


 呪いの作り方を知った所で、その通りにやった所で、呪いが出来上がるとは限らない。

 むしろ何も出来ない事の方が多い。けれど『出来ない』訳ではない。

 それこそ、今目の前で起こった様に。


 本来はそうならない為に、万が一が起きない様に対処に来た。ならこの結果は散々だ。


「……元から酷い匂いだったが、もっと酷い匂いが漂って来たな……腐臭か、これは」


 開きっぱなしの扉の向こうを見ると、部屋の中に明かりが残っていた。

 どうやら襟首を引かれた際に落としてしまった様だ。ただそのおかげで中の様子が見える。

 短剣を中心に、肉が腐って異臭を放つ光景が。


 明かりや石の床には反応が無い辺り、生き物を腐らせるのがアレの効果か?


「彼女の『全て滅べ』という願いが最後の後押しになり、形になった結果かもしれませんね。石に効果が無い様にも見えますが、単純に石が腐り果てるには時間が要るだけかもしれません」


 疑問に答える様に、サラが解呪師として呪いを冷静に分析し、中に入る準備を整えている。

 明らかに近づくだけで死ぬ、実際に騎士が一人死んでいる場所に向かう準備を。


「……サラ、今すぐ封じられそうか?」

「解りませんが、やるだけやってみます。念の為、もう少し下がっていて下さいね」


 サラは穏やかに笑って答える。それが自分の仕事なのだからと。

 そしてその言葉には、万が一があった場合はすぐ応援を呼ぶ様にという意味が含まれている。


 解呪師は呪いに対処する者達の役職だが、無事平穏に対処出来る訳ではない。

 才能の無い者には呪いが『見えない』から、見える者が解呪師として命を懸けているだけ。

 彼女には呪いを感じ取る才能があり、だが呪いが効かない訳じゃない。死ぬ時は当然死ぬ。


「……頼む。だが無理はするな。一日に部下が二人も死ぬのは御免だ」


 そして彼女は解呪師で、誰よりも真っ先に死地に足を踏み入れるのが役目。

 だから私は行けと言うしかない。言わなければいけない。それが私の役目だからだ。


「はい。姫様は安全な場所で待機していて下さいね」


 それでも彼女は穏やかに笑い、むしろ私を気遣う言葉を告げて死地へ向かう。

 声音は穏やかでも、その手は震えている。私はその震えに気が付かないふりをして頷き返す。


「……はぁ」


 解呪師が……サラが呪いを封じに向かう背中を見送り、深く深く溜め息を吐く。

 また死者が出た。また部下が死んだ。本当にこの仕事は嫌になる。

 一体何人死なせれば良いんだ。


「……本当に碌でもない。何故この世界に『呪い』なんて物が存在するのか。神が本当に居るなら、今すぐこんな物消し去れと言いたいものだ。全く腹立たしい」


 部下の死体の回収も今すぐ出来ず、最悪見捨てる必要すらある。

 一度や二度ではないこの現実を体感する度、私こそが世界を呪いたくなる。何て皮肉だ。


「しかし困ったな。もし封じられない物の場合、隔離には面倒な場所だし……封じられたとしても今は動かせる人間が居ない。運べるなら解呪の里に運びたいが……どうしたものか」


 今回の令嬢と同じ様な事をする人間が他にも居て、今はそちらにも人員を割いている。

 何故問題が起きる時は一気に起きるのか。頼むから順番に起きて欲しい。手が足りない。

 ……外部の人間を使うか。だが使える人間が居るだろうか。居て欲しいものだが。


「傭兵組合に相談かな」


 先代組合長が死んでから疎遠になっていたが、これは良い機会だろう。

 今の組合長は自ら運んで死ぬ事の無い人だと良いのだが。

 長が突然死ぬと周りは困るのに。全く。


 そもそも私は、私に縁の無いと思われる運び屋が欲しい、と言っていたのにな。


「本当に誰も彼も、簡単に死んで行きやがる……」


 だからこそ運び屋が欲しい。失敗して死んだとしても、私の心の痛まない運び屋が。

 信用出来る部下にやらせたとしても、失敗する時は失敗する。

 なら外部に委託して運ばせても同じ事だ。


 大事な部下を死なせるぐらいなら、知らない人間が死ぬ方が、良い。

 私を非情と言う人間が居るなら好きに言えば良い。自分でもそんな事は解っている。

 死に行く者に申し訳ない気持ちは有るが、高額報酬を受ける以上は正当な取引だ。


 頼むから、恨まないでくれよ……いや、そこまでは流石に勝手過ぎるか。

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