第12話
「はぁ……どうしてこうなった……。」
僕は王宮の訓練場で、木剣を片手に座り込んでいた。
昨日、ガルヴァン将軍との試合(という名の一方的な追いかけっこ)で、なぜか「戦士の勘がある」と認められてしまった僕は、正式に王宮での鍛錬を受けることになってしまった。
「おい、休んでる暇はないぞ!」
そう言って近づいてきたのは、王国騎士団の副団長、ガイルだった。
「お前には、まず基礎体力を鍛えてもらう。まずは腕立て伏せ100回からだ。」
「ひゃ、100回!? いきなりそんな……。」
「騎士を目指すなら当然のことだろう?」
「僕は騎士なんて目指してません!!!」
必死に抗議するが、ガイルは意に介さず、ニヤリと笑う。
「まぁ、昨日の試合を見て確信したよ。お前、鍛えれば絶対に強くなるタイプだな。」
「だから、あれは誤解だって……!」
「誤解かどうかなんて関係ない。重要なのは、お前に"素質"があるかどうかだ。」
(だから、その素質とやらがないんですってば!!)
僕は涙目になりながら腕立て伏せを開始することになった。
◆
「はぁ、はぁ……もう無理……。」
腕が限界を迎え、地面に崩れ落ちる。
「思ったより根性がないな。」
ガイルが呆れたように腕を組んでいる。
「これじゃ、王女の護衛はおろか、自分の身を守るのも難しいぞ?」
「だから、僕は護衛なんて……。」
「騎士としてやっていく以上、それくらいの覚悟は必要だろう?」
「え、僕ってもう騎士扱いなんですか!?」
驚いて聞くと、ガイルは当然だと言わんばかりに頷いた。
「王命だしな。お前は王女殿下の護衛兼指南役として、正式に鍛錬を積むことになっている。」
「聞いてないんですけど!?」
「昨日の謁見の場で決まったことだろう。」
(あの時の話、そんな重要な決定事項だったの!?)
頭を抱える僕を見て、ガイルは肩をすくめた。
「まぁ、今はまだ素人同然だが……鍛えればそれなりにはなるだろう。」
「僕にそんな自信ないです……。」
「だったら、他の訓練生たちと競争してみるか?」
「え?」
ガイルが顎をしゃくる方を見ると、そこには何人かの騎士見習いたちが訓練をしていた。
その中の一人が、こちらに気づき、まっすぐに歩いてくる。
◆
「あなたが噂のレオン殿ですね?」
そう言って近づいてきたのは、鮮やかな赤い髪をポニーテールに結った女性騎士だった。
「私はフィオナ・ブライト。王国騎士団の新人ですが、早く一人前の騎士になれるよう鍛錬を積んでいます。」
「フィオナ……さん?」
「よろしくお願いします!」
フィオナは真っ直ぐな瞳で僕を見つめ、力強く手を差し出してきた。
「レオン様、よろしければ訓練のお手合わせをお願いできませんか?」
「ええっ!? 僕、そんな実力ないんですけど!?」
「だからこそです! 強くなるには実戦経験が一番だと教わりました!」
(うぅ……騎士見習いって、みんなこんなに前向きなの……?)
フィオナの真剣な眼差しに気圧され、断りづらくなってしまった。
「じゃ、じゃあ……軽くお願いします……。」
「はい!」
フィオナは嬉しそうに微笑むと、木剣を構えた。
◆
「う、うわぁぁぁぁ!!?」
訓練開始直後、僕は全力で逃げ回っていた。
フィオナの動きは鋭く、しかも手加減をする気がまったくない!
「待って待って! 僕まだ戦い方知らないんですって!」
「それならなおさら、体で覚えてください!」
(いや、それってどう考えても僕がボコられる展開ですよね!?)
必死に回避する僕を、周囲の騎士たちは不思議そうに見ている。
「なんだ? あいつ……また避けてる……?」
「昨日の試合と同じだな。」
「まさか、才能が……?」
(だから誤解だって!!!)
しかし、そんなことを言っている間に、フィオナの攻撃がついに僕の肩に当たる。
「ぐっ……!」
「やりました!」
フィオナが満足げに木剣を引く。
「まだまだ未熟ですが、レオン様の動きはとても鋭かったです!」
「そ、そう……?」
「ぜひまたお手合わせお願いします!」
元気よく言われ、僕はぐったりと肩を落とした。
(また誤解が広がった気がする……。)
◆
その日の夜、僕は疲れ切った体を引きずりながら、自室に戻っていた。
「はぁ……もう無理……。」
ベッドに倒れ込もうとした、その時。
「――レオン様、ごきげんよう。」
ドアの前には、黒いローブを纏ったイリスが立っていた。
「え……イリス? 何の用?」
「ふふ……。"大賢者の生まれ変わり"と噂されるあなたの能力を、もう少し調査しようと思いまして。」
「いやいや、もうやめて!? 僕、本当にただの村人なんだから!!」
「……それは、どうかしら?」
イリスの瞳が妖しく光る。
「あなたの魔力、本当に"測定不能"のままでしたのよ?」
「えええええ!? また変なこと言われたぁぁぁ!!?」
こうして、僕の平穏な日々はまた遠のいていくのだった――。
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